「近代建築は壮観な視界をもたらしますが、冷却に多大なエネルギーを必要とします」ドリスは語りかける。ここでは、90万ビューを超える Doris Kim のTED講演を訳し、サーモバイメタルという皮膚のように環境に応じて動く金属について理解する。
要約
近代建築は床から天井までの窓で壮観な視界をもたらします。しかし、冷却に多大なエネルギーを必要とします。ドリス・キム・サンはサーモバイメタルという皮膚のように環境に応じて動くスマートマテリアルに取り組んでいます。これは日除けとなり自動的に換気してくれる素材なのです。
Doris Kim Sung is a biology student turned architect interested in thermo-bimetals, smart materials that respond dynamically to temperature change.
1 私は車に乗ると必ず窓を開けずにはいられない子どもだった
私は車に乗ると必ず 窓を開けずにはいられない子どもでした。どんなに暑くても 息苦しくても 臭くても 父はエアコンをつけてくれませんでした。エンジンがオーバーヒートするからダメだと言うのです。覚えている方もいるでしょう。当時の車は オーバーヒートする事が よくありました。でもそれはエネルギーの浪費を 制限していたのです。状況は変わり今の車は大陸を横断の運転で エアコンをつけっぱなしにしても オーバーヒートすることはありません。使いたい放題に使えるのです。
2 エアコンがなかった時代の建物には厚い壁があった
これって良いことなのでしょうか?建物に関しても同様のことが言えます。かつてエアコンがなかった時代建物には厚い壁がありました。厚い壁には断熱効果があり室内を夏季には涼しく 冬季には暖かく保ちます。小さな窓も上手くできていました。室内外の熱の移動を 制限していたのです。1930年代板ガラスや圧延鋼板の発明 大量生産技術により 私たちは床から天井までの窓と遮る物のない視界を手に入れました。引き換えに 太陽に温められた室内を冷やすために 私達はすっかりエアコンに依存するようになりました。刻々とビルは高く大きくなり技術もさらに進化し 空調システムは巨大なものになりました。それらは大量のエネルギーを必要としています。大気中に大量の熱を放出し ご存じのとおりヒートアイランド現象を引き起こします。都市部において 都会が 近接する郊外部より暖かくなる現象のことです。しかし他にも問題があります。停電すると 窓が開けられないので 私たちはビルに居られなくなり エアコンのシステムが再起動するまでビルは使えません。さらに悪いことに ネット・ゼロ・エネルギー・ビルを目指していますが 空調の効率化だけでは不十分です。何か他の手段が必要ですが現在 行き詰まりの状態です。
3 ビルの表面は皮膚に似たものであるべきではないか
そこでどんな対策を講じられるか? 私たち自ら掘った穴からどうしたら抜け出せるでしょう? 生物学的に見るとどうでしょう。実は私は建築に関わる前に生物学を専攻していました。ヒトの肌は体温を自然に調節する機能を持つ 素晴しい器官です。肌は体を守る最初の砦なのです。そのために肌の毛穴や 汗腺などは 協調して絶えず効率的に働きます。ビルの表面は 皮膚に非常に似たものであるべきではないでしょうか。そうすれば 壁は場所に応じてより動的に かつ敏感に変化できるのです。
4 スマートマテリアルとスマート・サーモ・バイメタルの研究
これが私の研究につながります。私が最初に提案したことは数多くの異なる素材を調査することです。最近研究しているのはスマートマテリアルと スマート・サーモ・バイメタルです。まずこれを「スマート(賢い)」と称するのは 外部からの制御やエネルギーが一切不要で これが建築に重要な変化をもたらすのです。これは二種の異なる金属を貼り合せたシートで 見ると表裏で光り方が違いますね。それぞれの面が 二種の異なる熱膨張率を持つため 温められると一方の面が他方の面より早く膨張し 結果的に湾曲するのです。初期の試作品ではこれらの表面が 温度に応じてどのように湾曲し 換気に応用できるか観察しました。また他の試作品ではこの素材の短冊状のものを 何本も使い 温まった時に 表面がより歪曲するように設計しました。これはマテリアル&アプリケーション・ギャラリーに展示されています。すぐ近くのシルバーレイクで8月まで展示しているので 是非 御覧下さい。タイトルは「Bloom」その表面は全て サーモバイメタルで作っています。それによりこの覆いは 二つの機能を持っています。一つ目は 日傘の機能。太陽が表面に当たる部分では太陽光の透過を防ぎます。また他の場所は風通しを良くする役目を担い 内部の熱され閉じ込められた空気は 必要に応じ外部へと移動するのです。
5 それぞれの金属片は配置される場所や太陽の角度、湾曲率に合うよう一枚一枚を正確に調整できる
これは低速度撮影したビデオで 太陽の当たる場所と影の移動に従い それぞれの薄片が動くのがわかります。実は 現代のデジタル技術を駆使し 1万4千枚の金属片から作られています。金属片は一つとして同じものはなく全て異なります。素晴らしいことにそれぞれの金属片は 配置される場所や太陽の角度 湾曲率に合うよう 一枚一枚を正確に調整できるのです。
6 将来は建物にカーテン、雨戸、ブラインドなどは不要になる
この様なコンセプト検証実験は 将来的に実際に建築へ導入する際 大きな意味を持ちます。例えば この家は 中国の宅地開発業者のもので 4階建のガラスの家なんです。視界が妨げられないようガラスのままですが これをサーモバイメタルで包み込みました。家全体を覆うスクリーンで 太陽の動きに合わせて開閉するのです。加えてスクリーンはプライバシー確保になります。時間によって プライベートな空間を 変化させることができます。つまり将来は建物に カーテン 雨戸 ブラインドなどは不要になり この素材で建物を覆えば 同時に建物内の空調の量もコントロールできるわけです。
7 市場に向けた建築資材の開発も視野に入れている
市場に向けた建築資材の開発も視野に入れています。これはごく典型的な二重ガラス窓です。この二重ガラス窓のパネルの 二枚のガラスの間に サーモバイメタルシステムを組み込むことに挑戦しています。太陽光が外側のガラスに当たり 内部の空洞を暖めたときに 中のバイメタルが湾曲し始めます。そして建物の ある部分だけ 太陽光を遮断するのです。必要であれば全体でも良いのです。想像してください。これが実用化されれば 高層ビルの30階や40階でも このシステムを設置すれば外壁全体が 太陽の動き方や日光の当たり方に応じて 時間によって変化させられるのです。こちらは 私が最近取り組んでいる研究です。右下隅の 赤いものは 実はとても小さなサーモメタルです。これを睫毛や繊毛のように動かそうとしています。
8 バッタの呼吸器官を応用し、自動的に空気が壁を通すようにした
最後のプロジェクトも建築要素です。お気付きかもしれませんがこれも生物学から影響を受けました。バッタです。バッタは変わった呼吸器官を持っています。気門と呼ばれる身体側面の孔で呼吸します。空気がその孔を通過し身体を冷却するのです。このプロジェクトでは どのようにそれを建築に応用するか どのように建物側面の穴に空気を通すかそれを調べています。初期研究のブロックです。それぞれの孔は貫通しており こちらがバイメタルを施したもの こちらはバイメタルを使用していないものです。すこし見え難いですが表面に赤い矢印が見えるでしょう。左側は低温時サーモバイメタルは平らで ブロック内の空気の通過を遮断しています。右側のサーモバイメタルは湾曲し 空気が通過するようになっています。これが私が現在取り組んでいる二つの構成要素で、また これらはとても特別な物です。全く新しい考え方です。窓を開ける代わりに自動的に空気が壁を通すのです。
9 サーモバイメタルは効率的に永遠に動き続ける
このスマートマテリアルは 本当に素晴らしいものなんです。毎日ブラインドの開閉に疲れたとき 休暇中や週末に 空調を制御する人が居ないとき または大規模停電で電力がなくなっても このサーモバイメタルは 疲れることなく効率的に 永遠に動き続けるのです。ありがとうございました (拍手)
最後に
スマートマテリアルとスマート・サーモ・バイメタルは、外部からの制御やエネルギーが一切不要。ヒトの皮膚やバッタの呼吸器官を応用して、日傘と風通しの2つの機能を提供している。生物学の応用が未来の建築を創る。
和訳してくださった Takafusa Kitazume 氏、レビューしてくださった Ikumi Aihara 氏に感謝する(2012年10月)。