前回は、ガバナンスの確保と金利の市場化が肝 財政投融資改革の方向性についてまとめた。ここでは、財政と金融の完全分離と地方分権の確立 財政投融資制度の将来について解説する。
1 はじめに
財政投融資制度の現状
財政投融資制度は、明治初期の大蔵省積立金(1869)や駅逓局預金(1875)を大蔵省国債局(ついで預金局)で管理したことから生まれた。戦後における財政投融資制度は、戦争直後の日本経済において限られた資金を経済復興のために必要な分野に重点的に配分する必要性が高かったことを主因として発足した。また、占領軍は預金部資金は政府と政府機関(公団)のみに使用すべきであり、民間への融資はアメリカの対日援助であるガリオア・エロア資金の見返り資金を用いるべきであると考えていた。
1953年に各種の財政を通じる投融資活動は「財政投融資計画」に一本化され、国会審議の参考資料として提出された。発足当初、財政投融資対象機関は15(特別会計4、公社2、公庫等5、公団・事業団等1、特殊会社等2、地方公共団体)であったが、1950年代にはその数が顕著に増加し、産業用社会資本整備や地域開発に大きな役割を演じた。1960年代の高度成長の時代には、次第に産業基盤の整備から国民生活基盤の整備に重点がシフトした。発足当初に財政投融資計画の資金は3374億円(一般会計の33.2%)であったが、1996年度には49兆円と一般会計の65.4%とほぼ倍増している。
最近の改革への動き
規制緩和と行政改革の大きな流れの中で財政投融資制度をどのように改革すべきかが問われている。自民党行政改革推進本部は、1997年に入ってからこれまで3回にわたって特殊法人の見直しを提言し、与党の了承を得た上で閣議決定している。財政投融資制度の出口の機関のみならず、入口の機関についても行政改革会議は中間報告をまとめた。こうした政府の行革会議、自民党の行革本部で提案された改革案は、入口機関の資金運用部への統一預託制度の廃止は一見画期的であるが、その解釈にはかなりの幅があり、整理合理化案は政治的な要請に基づく数合わせ的な廃止・統合であることが多い。
2 財政投融資制度の問題点
累積債務と財投対象機関の財務的健全性
財政投融資制度全体を巨大な国家銀行とみなした場合に、国鉄清算事業や国有林野事業などに見られるように「政府の失敗」に基づく損失が、出口機関である公団・事業団や特別会計に累積し、繰り上げ償還に見られるような金利リスクは出口である政府系金融機関にしわ寄せされている。
財投対象機関の財務的健全性の4つの基準
財投対象機関の経営の効率性や財務上の健全性を判断するために、以下の4つの基準を用いることが可能である。第一に、財政部門の安定性を確保するためには、利払い費を除いた本源的赤字がゼロまたは黒字に保つことが必要である(本源的赤字基準)。第二に、自己資金(財投対象機関の一般会計からの出資金・補給金・補助金などを除いた収入—支出)が不足していないことである(自己資金基準)。第三に、公団・事業団・特殊会社においても、民間企業と同様に経常収入を経常支出が上回る場合には、背経営の効率性も低い可能性がある(経常収支率基準)。第四に、政府系金融機関の場合には、保有する純資産がマイナスとなる場合には経営破綻する(純資産基準)。こうした基準に照らして財投対象機関に経営破綻が生じていることが判明した場合でも、財投対象機関の場合には経営破綻・倒産手続がルール化されていないことが問題である。
一般会計の負担となる固定債務の規模
国有林野事業特別会計の固定債務は1996年度に3.5兆円存在している。国鉄清算事業団の長期債務は、97年度に28.1兆円であり、貸借対照表上の保有する固定資産(簿価で3.5兆円)をすべて売却するとしても返済は困難である。すでに廃止が閣議決定されている住宅・都市整備公団の固定債務は、1995年度に13.2兆円、元利償還金は1.3兆円であり、財投借入は8381億円、出資金・補給金・補助金は2803億円である。
不良債権の規模
自己資金の不足については、政府系金融機関の場合、運用機関と借入機関のミスマッチに基づくことが多く、その額も限られている。しかし、1995年度に9つの政府系金融機関の不良債権は1.4兆円であると公表されている。
資金運用事業の赤字
一方、資金の自主運用(1996年度24兆円)を行っている年金福祉事業団も預託金利を下回る運用収益しか上げることができず、1.4兆円もの評価損を出している。国鉄清算事業団業務再編が不可避である住宅・都市整備公団と雇用促進事業団の債務に不良債権額、年金福祉事業団の評価損を加えると、将来国民が税で支払わなければならなくなるおそれのある債務は、48.1兆円にも達している。
赤字ファイナンスと赤字隠し
財政投融資は、本来、元本返済が可能な事業に対して融資を行うはずのものであるが、実際には国の赤字ファイナンスを行うのみならず赤字を隠す役割も演じている。財政投融資資金の対政府短期運用において、国の一般会計や特別会計の収支不足に対して充てられている。また、資金運用部が「交付税・譲与税配布特別会計」「日本国有鉄道」「日本国有鉄道清算事業団」に貸し付けた債務が一般会計に承継された「一般承継債務」返済の繰延措置が挙げられる。今後の一般会計承継債務の返済予定は1998-2000年度にかけて急増することが予想される。
金利リスクと債務の繰り上げ償還リスク
長期金利変動のリスク
財政投融資制度が発足した時点で7年以上の預託金利は、6.0%に法定されていた。97年では7年以上の預託金利は、10年もの国債の金利に連動しながらも当該国債金利に0.2%上乗せされた水準にある。この理由は、財政投融資が公的年金基金と郵便貯金という2つの異なった運用期間を前提とする資金を源泉としているからである。前者の予定運用利率が5.5%と高利なのに対し、後者の金利は市場連動型なため余剰が蓄積されるバランスを欠いた姿になっているのだ。
繰り上げ償還リスク:長期固定貸付の流動性リスク
政府系金融機関の中では例外的に住宅金融公庫からの住宅ローンについては、繰り上げ償還が認められている。これは、財政投融資制度の預託金利の人為的な金利決定メカニズムから生み出される流動性リスクが、資金吸収機関や資金運用機関にしわ寄せされているのである。
資本市場の発展と財政投融資制度
戦後日本における新たな産業の創造に対して、政府は資本市場の発見機能に依存するよりも産業政策を通じて助成すべきであり、そのために政府系金融機関が間接金融を通じて資金供給を行うことが望ましいと考えてきた。日本経済が先進国に追いつく過程では産業政策が一定程度機能したが、ベンチャー・キャピタルが主な担い手となる先端産業についてはほとんどなすべき役割はない。
市場の失敗と政治の失敗
政治の失敗と複数の依頼人問題
最近の「制度の実証理論」は、社会選択理論と企業の組織理論を結合することによって官僚制度の分析を行っている。この理論によると、政治家(立法府)は複数の依頼人(投票者または利害団体)の代理人であり、また同時に官僚(行政府)に対する依頼人の役割を担っていると解釈される。日本の場合には、政治家(立法府および内閣)の力が弱く、その代理人(官僚)の役割が大きかったために「政治の失敗」も「行政の失敗」として現れることが多い。
独立行政法人の問題
日本の独立行政法人の職員には争議権がなく、旧公社に近い身分規定である。イギリスでは行政独立法人の職員は公務員であるが、団結権、団体交渉権、争議権などを保有しており日本の公務員とはかなり異なっている。労働法上公務員と民間労働者との区別もなされていない。一方、独立行政法人の長は原則として公募である。
3 改革に向けての短期的な措置
透明性の確保
減価償却不足
財政投融資制度を含めて公共部門では、しばしば減価償却の概念が欠如しており、政府固定資産は過大に評価されている。民営化のメリットの1つは時価での資産価値が明確になることである。しかし、民営化を行わずとも時価表示を行うよう会計原則を改めればよい。また、特殊法人、認可法人であっても監査法人の監査を受ける仕組みに改めることは可能である。
特別会計の問題
事業特別会計において事業を運営している場合には、とりわけ予算制度の制約を受け、会計制度も現金主義、単年度主義を採用している。その結果、将来の収益・費用の評価・測定を行うことが困難となり、独立採算制の維持も阻害されている。あらゆる政府部門の保有する資産、負債、資本の変動を明らかにし、純資産がどのような状況にあるか発生主義に基づいて明示することは、透明性確保のために必要である。
郵便貯金と公的年金の自主運用
新規の資金とストックの資金
資金運用部への預託制度の廃止にともなって、これまで預託されていた郵便貯金、簡易保険、公的年金の回収金を含む新規資金は自主運用されることになる。自主運用の問題点は、積立金の運用には経費がかかるばかりでなく、物価変動や資産価格変動のリスクにさらされることである。
預託制度廃止をめぐる3つの解釈
預託制度廃止の解釈には以下の3つがある。第一に、単に郵便貯金や公的年金積立金の統一預託「義務」が廃止されたのみという見方である。第二に、郵便貯金や公的年金資金の運用方法として、現在簡易保険が行っているのと同じ形態で独立運用することが考えられる。第三に、郵便貯金や公的年金をすべて「財政投融資計画」の枠外とすることが考えられる。「財政と金融の分離」を行うためには、第三のものが必要となる。
財投機関債の発行
財投機関債の特徴
財投機関債の長所は、事業の必要性が市場でチェックされ、経営効率化が促進されることにある。また、地域的なプロジェクト債を財投機関が発行することも地方分権を推進する上で有用である。財投機関債の歴史としては、これまで旧国鉄が市場に上場されない政府保証債(鉄道債券)を発行したことがある。政府保証債の発行条件は、発行機関とシンジケート団との契約によることになっているが、実際は大蔵省理財局とシンジケート団との交渉となっている。
財投機関債は、政府保証がつかない縁故債のように非市場性の債券であってはならず、政府保証も付けるべきではない。また、日本道路公団など収益性の見込める事業を行っている機関は、特定プロジェクトの収益を担保として発行される「レベニュー・ボンド」で資金調達することが適切である。さらに、住宅金融公庫の貸付残高が63兆円であるので、住宅ローンの証券化に住宅金融公庫の果たすべき役割は大きい。証券化を導入することによって、税負担を繰り上げ償還リスクの必要最小限の分だけ利子率を高めて投資家に売却することによって、繰り上げ償還リスクを管理することも可能である。
財投債の発行
一方、収益性の乏しい事業を行っている財投対象機関(例えば海外協力基金など)については市場から独自に資金調達を行うことが困難である。この点、財投債は国が資産負債管理をより合理化なものにする利点がある。他方、短所としては個別の財投機関の効率化には結びつかず、不効率な財投機関を温存させる可能性がある。
累積債務の解消
国鉄清算事業団の債務
濃くていつ清算事業団や国有林野事業特別会計に累積した債務は、歳出削減および一般会計の税収で返済すべきである。1987年に国鉄が分割民営化された時点で債務は37.1兆円あり、国鉄清算事業団は25.5兆円承継した。このうち土地売却、株式売却収入などにより11.7兆円は償還した。しかし、97年度末に約28兆円の債務が残されている。
国有林野事業特別会計の債務
国有林野事業特別会計については、すでに借金を返すために借金を重ねる「追い貸し」状態にある。1996年12月に会計検査院も破綻を宣言し、大蔵省も財政投融資の新規融資を中止した。大規模林道建設や土地改良事業の大幅削減ならびに森林開発公団の廃止などにより返済資金を生み出すことが必要である。また「流域管理システム」の考え方に立ち、下流の都市部に住む人が水源の森の整備コストを負担する「水源税」や、水道料金上乗せ方式の導入によって債務返済を行うべきである。
4 中期的な財政投融資制度の改革
所得再配分機能の見直し
中産階級育成計画
高度成長期以降の財政投融資は、新規産業の育成よりもむしろ経済構造の変化から取り残される衰退産業や中産階級を育成することに主力が注がれてきた。住宅や国民生活基盤、そして農業政策などである。財政投融資制度は、中産階級の創出に大きな役割を果たしてきたが、今後の住宅の質の向上は借家法の改正や民間企業の努力に委ねることが適当であろう。
政府系金融機関の機能変化:直接融資・利子補助型から債務保証・リファイナンス型へ
政府系金融機関は、1995年度末に融資残高が125兆円となり、全金融機関の融資残高の15%を占めている。しかし、今後の政策金融システムは直接融資型から債務保証・リファイナンス型へと転換させることが重要である。
民営化の実施:クラブ財供給と財投対象機関の効率性
クラブ財と普遍的な郵便
財政投融資制度の対象は、公共的な性格を持っているが元本が保証されている事業に投資しているという意味で「クラブ財」供給事業であるといっていい。ここで、郵便局が他の政府系金融機関と異なっているのは、3事業(郵便貯金、簡易保険、郵便サービス)を兼営し、「ユニバーサル」な郵便サービスを同一料金、ポスト投函制度の下で行っているところにある。この意味で郵便サービスは「クラブ財」といえる。
サービスクラブ財としてのインテルサット
世界の情報通信の分野では、衛生を用いた「インテルサット」(International Telecommunications Satellite Organization)機構が世界中に「ユニバーサル」な通信サービスとしてのクラブ財を提供している。インテルサットは、1964年に衛生を通ずるグローバルな電話接続(ユニバーサル・サービス、ユニバーサル・アクセス)を行うために国家間の条約を通じて設立された。契約者は政府であり、1994年に219カ国(地域)が加盟している。このクラブ財提供機関は、代替的な国際通信手段を持たない発展途上国へのサービス提供を行っており、発展途上国の支持を受けている。
信書郵便サービスの独占
郵便サービスの中で信書が国の独占事業とされていることは、信書を情報伝達手段として用いる国民がクラブのメンバーになっており、郵便局は信書業務の独占利潤、無税という特権が付与される代わりに「シビルミニマム・サービス」としてのユニバーサル・サービス提供義務を負っていると解釈することが可能である。
信書サービス独占の廃止提案
世界のほとんどの国で信書については、国家直営事業、国営企業、公社、特殊会社など経営形態の違いはあるが社会政策上の理由から国家独占を認めている。ただし、信書の定義については国によって相違がある。かりに過疎地でのサービス供給を義務付ける場合には、補助金付きの競争入札を行うことも必要になる。
5 財政投融資制度の将来シナリオ
シナリオA:財政投融資制度の全面的民営化または廃止
郵便貯金の民営化
いくつかの地方に分割民営化された郵便貯金は国民貯蓄銀行として生まれ変わることになる。外国の例を見ると、アメリカは1966年、カナダは69年に郵便貯金事業を廃止しており、イギリスは69年に郵便事業を公社化している。
公的年金制度の民営化
公的年金制度の民営化については、以下の2つのシナリオがある。①完全民営化、②報酬比例部分(二階部分)の部分的民営化である。完全民営化、二階部分民営化案の基本的な問題点は、個人のリスク回避度が政府よりも大きくかつリスク負担能力に限界があることなどである。
過渡期の問題
過渡期においては、一定部分の財政投融資制度は残存することになる。また、財投対象機関は中央官庁の官僚の退職後の再就職先となっているため、公務員の身分についても考慮する必要がある。
シナリオB:財政投融資制度における財政と金融の完全分離と地方分権の確立
隠れ赤字ファイナンスの禁止と地方債制度改革
一般会計・特別会計や地方財政に対する財政投融資の直接貸付や出資金は廃止される。国財政や地方財政に対する信用供与は、郵便貯金や公的年金基金が市場性のある国債、地方債の引き受けに限定されることになる。また、地方債を市場性のある債券に転換するとともに地方税減の強化を行うことが求められる。
財投機関債の発行と証券化
公的禁輸仲介活動のうち超長期融資についても基本的に民間市場に委ねる。政府保証なしの財投機関債による資金調達が可能な政府系金融機関は、すべての資金調達を財投機関債の発行によって行う。収益性の乏しい事業を行っている財投対象機関については、以下の2つの対応が考えられる。第一に、一般会計が直接管理を行う。第二に、税制上の優遇措置ないしは家計・民間企業への直接補助金で置き換え、当該財投対象機関は廃止する。
郵政3事業の独立行政法人化
郵政3事業については、以下の4つのシナリオが考えられる。①一括して独立行政法人とする。②一括して公社とする。③簡易保険、郵便貯金のみ部分的に民営化し、郵便事業は国営事業とする。④簡易保険、郵便貯金のみ部分的に独立行政法人とし、郵便事業は国営事業とする。
シナリオC:財投対象機関を整理合理化した上で現行財政投融資制度を存続させる
資金運用部への預託制度については「財政投融資計画」の枠内で資金供給側が貸付先(財投対象機関」を選択する財投協力へと姿を変えることになる。資金運用日への預託は、契約に基づいて郵便貯金や簡保資金ならびに公的年金の積立金の一部資金について運用を行うことになる。「財政投融資計画」における公的金融仲介機能は、姿を変えるのみで存続する。郵政3事業については、一体のまま国営直轄事業として存続する。公的年金制度についても、現行制度を前提とし年金支給年齢引き上げ、現行のグロス賃金からネット賃金をベースとした給付水準の設定など現行制度内での漸進的改革を行う。
6 結び
以上3つのシナリオのうち財政投融資制度の完全民営化は、現在の日本の政策目標を考慮すると実現は困難だろう。しかし、財政投融資制度における財政機能と金融機能の分離は不可避であり、かつ望ましい姿だと思われる。
最後に
財政投融資制度は膨張を続けてきた。累積債務と財投対象機関の財務的健全性などの観点から、財政投融資制度の改革は避けられない。透明性を確保し、債務保証・リファイナンス型への転換が必要である。ガバナンスの確保と財投金利の市場化が課題。
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