前回は、公的保険の特徴は強制加入、賦課方式、変額年金 年金と医療保険についてまとめた。ここでは、安価な医療サービスが過剰受診の原因 国民健康保険と国民皆保険制度について解説する。
7 健康保険制度が生んだ貧しい医療
国民健康保険と民間医療保険
国民健康保険(国営生保)と民間医療保険(民間生保)の違いは以下の6つが挙げられる。
- 民間生保は加入も解約も自由だが、国営生保は日本人(日本居住者)であれば強制加入
- 民間生保の医療保険は入院・手術・通院などに対して一定の給付金が支払われるが、国営生保の健康保険は治療費の原則7割を一律に負担する
- 民間生保は保険金の支払い条件に一定の制度(入院給付金は年間180日までなど)を設けているが、国営生保は支払額に上限がない
- 民間生保の医療保険は大半が保険期間を定めた定期保険だが、国営生保は終身保障
- 民間生保はよほどのことがないと医療側に注文は付けないが、国営生保は医療機関からの請求をすべてチェックする
- 民間生保の医療保険は加入者側の詐欺(入院給付金の不正受給など)の道具になり、国営生保は医療機関の詐欺(不正請求など)に使われる
30兆円の巨大市場
2010年度の国民医療費は前年度比3.9%増の37.8兆円だった。4年連続で過去最高を記録しており、国民所得に占める割合も10.71%と過去最高だった。65歳以上の治療費が全体の55%を占めている。75歳以上の1人当たり医療費は、65歳未満の5倍だった。高齢者の医療費は現役世代が支援金の形で一部を負担しており、高齢化が進めば、さらに現役の負担が増える可能性がある。
拡大が進む市場だが、その大半が国営生保に奪われているため悲惨な状況になっている。最大の問題は、保険料収入に対して支出が多すぎることである。
3つの健康保険
国営医療保険は主に以下の3つに分けられる。
- 国民健康保険:自営業者などが加入し、保険料は前年度の年収に応じて負担し、医療費の7割が公費負担となる
- 政府管掌健康保険:中小企業の従業員が加入し、政府が運用する保険で、国民健康保険の企業版。保険料は年収の約10%(都道府県により誤差あり)+介護保険料1.55%を労使折半。同額の保険料で家族も加入できる
- 組合健康保険:大企業のサラリーマンや公務員などが加入する保険。次項で詳述
組合健保の誕生
国民健保、政管健保は保険の運営主体が国になるが、組合健保は各健康保険組合(公務員の場合は共済組合)が運営主体となる。厚労省の指導を受けながら運営されるのは同じである。
大企業にとって組合健保を作る最大のメリットは、組合員から集めた保険料を自分で運用できることである。1960年代までは必要な保険料を医療機関に支払っても、毎年かなりの額のお金が余ったため、そのお金で保養所や社員旅行を企画したりと好き勝手に使うことができた。一方、旧・厚生省にとっても天下り先を確保できるため、企業と旧・厚生省の思惑が一致して作られたものだったのである。
医師会と健保組合の対立
ところが、組合健保といえども公的保険の一部であるから、公的医療費の不足分を分担(拠出金)する義務を負っている。高齢者に対する医療費が膨張するにしたがって、2010年度の組合健保の拠出率は44.9%と増加の一途をたどっている。そのため、健保組合はできるだけ高齢者が病院にかからないようにするか、かかったとしても保険料負担が小さくなるようにするしかない。
一方、高齢者医療で生計を立てている医者(開業医)にとっては、患者が来なければ廃業となるため、それを許すわけにはいかない。この開業医の利権を一手に管理する日本医師会も健保組合も厚労省の管轄だが、利害対立を起こしているため身動きが取れなくなっている。
健保組合解散の裏技
しかし、この対立は本質的な問題ではない。前述の厚生年金基金と同様に、健保組合を解散して政管健保に入り直すことで、将来の負債を一気に帳消しにすることができる。実際、三井金属三池の健保組合の場合、1997年の段階では黒字だったが、今後の医療費拠出金負担を考えて解散した。
このように見ると、健保組合が日本医師会と強硬に対立するかがわかる。彼らは、このまま健保財政が悪化すれば企業は組合を解散し、自分たちの職がなくなってしまうことを知っているからである。
過剰受診と過剰診療
医療問題の最大の問題点は、保険料に対して医療費が過剰なことである。過剰な医療費は「患者側の過剰受診×病院側の過剰医療」と定義できる。
患者側の過剰受診を減らすためには、経済同友会が主張するように高齢者の自己負担率1割から引き上げ、国民健保並みの3割負担にすることである。現在は70〜74歳が2割負担(特例で1割継続)、75歳以上が1割負担となっている。
病院側の過剰診療を減らすためには、レセプト(請求書)を患者本人に開示することで、不正請求を防ぐことである(1997年から実施済)。
レセプトを窓口で発行させよう
現在では多くの医療機関で、その場でレセプトを受け取ることができている。
医療費還付制度の提案
医療費還付制度とは、医療費をいったん全額を病院の窓口で患者が支払い、引き換えにレセプトを受け取って公費負担分の還付を患者自身が請求するというものである。不正請求を防ぐためにフランスなどで実際に行われており、患者側に医療費がいくらかかっているのかはっきりわかるというメリットがある。こうしたシンプルで公正な仕組みを入れれば、過剰な医療費を抑制することができるだろう。
日本の医療が貧しい理由
国民健康保険のもう1つの大きな問題は、優秀な医者やレベルの高い医療サービスに適正な報酬が支払われる仕組みがないことである。そのため、高付加価値の医療サービスを提供すればするほど、高額の医療費を患者に請求するか、自腹を切るかのどちらかしかなくなってしまう。
小泉純一郎元首相は「混合診療を解禁しても、払いたい人が余計に払うだけで、国民皆保険制度のミニマム(最低水準)は保障される。むしろ資本主義社会において、余分にサービスを受けたいと思う人を抑えることに疑問を感じている」と話していた。混合診療を受け入れることは、決して国民皆保険制度を破壊するものではない。
ブラック・ジャックの世界
金融アナリスト田中勝博氏の著書『2010中流階級消失』(講談社)の中に、治療費も莫大だが治癒率も高いという、まさにブラック・ジャックの世界に関する記述がある。そこでは、18ヶ月の治療費は1000万円を超えたが、20代から毎月5万円程度の保険料を支払っていたため、すべて保険で賄うことができたそうだ。
マネージド・ケアの試み
マネージド・ケアとは、アメリカで始まった医療現場に市場原理を導入することで医療機関を健全化させようという試みである。保険会社(マネージド・ケア組織)が病院を格付けし、加入者に良質な病院を紹介することで、効率的な医療サースを提供する仕組みである。国民皆保険制度を持たないアメリカの場合、低所得層の低劣な医療サービスが大きな社会問題になっているが、その一方でこうした高度な医療が行われるための試みが始められている。
世界に誇る国民皆保険制度を持つ日本では、誰でも安価な医療サービスを受けることができるが、高品質の医療を得るのは難しいのである。
最後に
国民皆保険制度は諸刃の剣。誰でも安価な医療サービスを受けることができるが、競争原理が働かず、不正が入り込みやすい。高品質の医療を提供しようとする人、付加価値を高めようと努力する人が報われにくい仕組みになっている。マネージド・ケアは、加入者・保険会社・病院が一体となって、良質な医療サービスが提供されるような仕組み。日本ではまず混合診療の解禁から始めるのが妥当か。医療・介護をいつまで国に丸投げしますか?
次回は、日本株式会社 日本国の家計についてまとめる。
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