「自然の大聖堂は人間性の最高の部分を映し出してくれる鏡です」ボイドは語りかける。ここでは、100万ビューを超える Boyd Varty のTED講演を訳し、「あなたがいるから私がいる」という意味の”ubuntu”について理解する。
要約
野生生物の保護に尽力するボイド・ヴァーティは「自然の大聖堂は人間性の最高の部分を映し出してくれる鏡である」と話します。ヴァーティが野生動物と人間の繋がり、そして「あなたがいるから私がいる」という意味の“ubuntu”について語ります。彼は自身の講演を南アフリカのリーダーで寛容の精神を体現した故ネルソン・マンデラ元大統領に捧げます。
In his native South Africa, Boyd Varty builds wildlife corridors to restore the environment and literacy centers to restore the human spirit.
1 ネルソン・マンデラ氏が自由への長い道という旅を終えられた
私は自分に正直でありたいと努めているので 講演を始める前にお伝えしたいことがあります。私は南アフリカ出身ですが 私に最も影響を与えてくれた1人の偉人が 数時間前に亡くなりました。ネルソン・マンデラ氏が自由への長い道という 旅を終えられたのです。ですから本日の講演は彼にささげたいと思います。
2 私は驚きの中、動物たちの中で育った
私は驚きの中で育ちました。動物たちの中で育ったのです。その場所は自然に満ちた南アフリカ東部の ロンドロジ動物保護区です。私の家族は4世代にも渡り ここで自然動物園を営んでいます。私が思い出せるかぎり 自分の仕事は訪問者を自然に連れ出すことなので 今日 自然の中で体験したことを この会場に持ち込んで お話しするのは 素敵な運命のイタズラのように思います。アフリカでは人々が 今でも満天の星の下に座って キャンプファイアを囲んで物語を話します。私が これから皆さんと共有させていただくお話も そんなキャンプファイアの小話で 英雄達についての物語です。これらの話は皆さんがニュースで 耳にする類のものではありません。事実アフリカは過酷な場所ですが それと同時に 人間 動物 生態系が もっと相互に繋がる世界について教えてくれます。
3 「人は他者によって生かされている」
私が9才だった頃 マンデラ元大統領が私の家に滞在しました。ちょうど27年もの投獄から解放された時で 突如 世界の英雄として迎えられた状況に 戸惑っている時期でした。アフリカ民族会議の議員達は 彼が身を隠すことで 公の目から逃れて 疲れを癒し 回復できるだろうと考えたのです。事実 見事なアイデアでした。ライオン達がメディアやパパラッチを震え上がらせましたから (笑) 幼かった私には忘れられない時間でした。私はベッドにいるマンデラ氏に朝食を運び その後 彼は古びたトレーニングウェアとスリッパ姿で 庭を散歩したりしていました。夜になって 家族と共に チラチラする旧式のテレビを囲んで座ると 庭を散歩していた物静かな男性が テレビに映っているのです。しかも 何百 何千の人々に囲まれていました。収監から解放された映像は夜ごと放送されていました。マンデラ氏は分断され暴力にまみれた 南アフリカに平和をもたらしました。驚くべき人間性を持ったたった1人の人間による偉業です。マンデラ氏が よく仰っていたのは 収監によって自己の内面を見つめ 熟考する能力が与えられた。これによって南アフリカに最も必要とされた能力が形成され 平和、和解、融合が実現できたと。この実に深い 寛容な心に根差した行動により 彼は南アフリカにおいて “ubuntu”と呼ばれるものの象徴になりました。“Ubuntu”の意味は「あなたがいるから私がいる」 つまり 「人は他者によって 生かされている」という意味です。目新しいアイデアや価値観ではないものの 今の時代に まさに足場とすべき 価値ある言葉だと思います。事実 アフリカ人の集団意識として言われるのは 私たちは他者との交流によって 自身の人間性の 根幹までも体験するのだと “Ubuntu”の精神は この会場にもあります。ここにいる皆さんには 私が真に何者であるか お話しさせていただく機会を ご提供いただいています。皆さんがいなければ空っぽの部屋で話している ただの人です。先週は1人で練習をしたのでそんな感じでしたけど 本番はやっぱり違いますね (笑)
4 「ソリー、あなたの親切心は病的だ」
マンデラ氏が国内外でこの価値感を体現したなら 私に個人的に この価値観を教えてくれたのはこの方 ― ソリー・モロンゴでしょう。ソリーは木の下で生まれました 私が育ったモザンビークから60キロ離れた場所です。お金持ちではありませんでしたが 私がこれまで出会った中で 最も豊かだとも思える人です。ソリーは父親の蓄牛の世話をしながら育ちました。よく分かりませんが 蓄牛の世話をしながら育った人に共通していることは とても機知に富んでいるということです。彼が自然動物園で最初に得た職は サファリトラックの修理でした。草原で生まれ育ったのにどこから そんな技術を取得して 立派にこなしたのか 見当もつきません。その後 彼は「生息地チーム」と呼ばれる 職に就きます。保護区の保全につとめるのが 彼らの仕事です。ソリーは道路を修理したり湿地帯の手入れをして 密猟対策にも従事しました。ある日 屋外に一緒にいた時 雌豹が通った痕跡を見つけました。古い足跡でしたが 面白がった彼はその跡を たどり始めたのです。豹の足跡の上を移動する そのスピードは素晴らしく 博士号並みのトラッカー(追跡者)でした。もし この保護区のどこかで ソリーの側を車で横切って バックミラーを見上げれば ソリーが20から50メーター先で 車を止めて 困っていないか見届けているのが見えるでしょう。彼に向けられた非難を一度だけ聞いたことがあります。私たちの顧客の1人が こう言ったのです 「ソリー あなたの親切心は病的だ」と (笑)
5 「こんにちは 愛してる」「ようこそ 愛してる」
私がプロのガイドとして 人々を 案内し始めた時 ソリーは 私のトラッカーで チームとして一緒に働きました。私たちが最初に迎えたお客さんは 米国の東海岸から来た慈善団体で ソリーに こんなことを聞いていました。「ライオンや豹を見に行く前に 君の住んでいる所を見せてくれるかな」 そこで 一行を彼の家に連れて行くことになりましたが この時 丁度ソリーの奥さんが 英語を習っていて 自宅のドアを開ける時の決まり文句は 「こんにちは 愛してる」 「ようこそ 愛してる」でした(笑)。彼の家は こじんまりしてとても美しく アフリカ的で寛大な心を感じさせました。
6 食われるという感覚は実に奇妙なもの
私の命を救ってくれたソリーは その頃から 私のヒーローでした。暑い日だったので 川のほとりにいたんですが 暑さに耐えられなくなり私は靴を脱いで ズボンの裾を巻き上げて 川に入りました。この時 ソリーは土手にいました。川の水は清らかに砂の上を流れていて 私たちは 流れに逆らって上流に向かいました。数メートル先には 1本の木が土手から川に突き出ていて その枝は水面に触れている格好で 薄暗かったです。これが もしホラー映画だったら 客席の皆さんが一斉に 「そっちに行くな 行っちゃだめ」と叫ぶでしょう(笑)。そう ご想像のとおり暗闇にはワニがいたんです。ワニに襲われるとまず分かるのが その凶暴な噛み付き方です。大きな衝撃とともに 私の右足を襲ってきました。水中に引きずられ ひっくり返されましたが手を伸ばして 枝につかまりました 身体は凶暴に揺さぶられました。食われるという感覚は実に奇妙なものです。菜食主義推進の宣伝になるかもしれません (笑) 土手にいたソリーは私の異変に気づいて 私の方に向かってきました。この瞬間も ワニは私の身体を揺さぶっています。すると また噛み付かれました。私の周りの水面に血が広がり 下流に流れていきました。2度目に噛まれた時ワニを蹴り上げました 私の足がワニの喉元にあたり足が外れたところで 枝をつたって身体を引き上げました。水面から上がって肩越しに見下ろすと 膝から下の足が 表現しがたい 酷い状態でした。骨は曲がって 肉が剥ぎ取られていました。すぐさま もう二度とこの足は見るものかと心に決めました。水面から上がると ソリーは水深が深い 川の真ん中にいました。彼は 私の足を見ると状況を把握し 私と彼の間に ワニがいることも分かっていました。でも 彼は1秒たりとも躊躇しませんでした。川を一目散に渡ってきたのです。腰あたりまで水につかってです。私に近づくと 掴んでくれました。まだ危険な状態だった私を 肩に担ぎました。ソリーは怪力の持ち主でもあるんです。彼は振り返ると 土手に向かって歩き出しました。私を降ろすと 着ていたシャツを脱いで 私の足に巻きつけました すると また私を担いで 車に向かいました。私は病院で手当してもらうことができたのです。そうして生き延びることができました。
7 “Ubuntu”は私たちに寛容の心や分かち合いの精神を教えてくれる
さて…皆さんがご存知の方で ワニがいるような深い川に入って 救出してくれるような勇敢な人が どれ位いるでしょうか。でもソリーにとってはそれが呼吸のように当たり前でした。彼は 私がアフリカ全土で 経験したことの素晴らしい一例です。集団主義的な社会にいると 心の奥底から 自分の幸福が他者の幸福にも 深く繋がっていることに気づきます。すると危険や苦痛を共有し 喜びや達成感を共有します。住まいや 食べ物だって分け合います。“Ubuntu”は私たちに寛容の心や分かち合いの精神を教えてくれます。ソリーが あの日教えてくれたことは この価値観の本質で あらゆる瞬間に見せてくれた生き生きとした 愛情に溢れた行動です。
8 象の群れはエルヴィスのためにゆっくりと移動している
さて“ubuntu”は人を意味する言葉から派生し 私も人にだけ当てはまるのだろうと思っていました。でも この若いレディーに出会いました。エルヴィスという名前でした。実は ソリーが彼女の名付け親で 彼女の歩き方がプレスリーがやっていた ヒップを揺らすダンスに似ていたからだそうです。彼女は生まれつき脚と骨盤が ひどく変形していました。彼女は東部の保護区から私たちの地区に来て 大移動中でした。初めてエルヴィスを見たとき 数日中に死んでしまいそうな形相でした。でも それから5年に渡り 冬の時期に戻ってきました。草原で 彼女独特の足跡を見つけることを心待ちにしていました。逆括弧のような足跡だったのです。痕跡を見つければ すべてを放り出して追いかけたものです。そしてすぐ近くを探すと エルヴィスと 彼女の群れを見つけるのです。サファリトラックにいるお客さんが 彼女の姿をみると 感激が込み上げて 大自然との一体感を感じるようです。これが私に思い起こさせたのは 都会で暮らしてきた人達も 自然界や動物達と おのずと繋がりを感じるということ。それにしても 彼女が生き永らえたのは驚きです。ある時は この群れを小さな水溜りの周りで見かけました。地面に穴があいていたのですが 年長の雌リーダーがその水を飲むと 象特有の美しいゆったりとした動きを始めて 優雅に体を揺らし 険しい土手を上っていきました。すると残った群れは 方向を変えて彼女について行きました。若いエルヴィスは 丘を登ろうと意気込みました。耳を前に傾けて 必死に上りましたが中腹で 脚がついていかずに後ろに落ちていきました。2度目の試みでも 中腹で後ろに落ちてしまいます。3度目に上ろうとした時 驚くべきことが起こりました。土手の中腹で 若い十代の象が彼女の後ろに来て 自分の鼻で彼女を押し上げると 丘の頂上まで連れて行ったのです。この時 群れの象たちも 実は 若いエルヴィスを 気遣っていることに気づきました。その翌日のことです。雌リーダーが枝を折って それを口に入れると 彼女は 別の枝を折って 地面に落としたのです。この地区で ガイドを務めていた 全員の意見が一致したことは この象の群れは エルヴィスのために ゆっくりと移動しているということでした。
9 自然の大聖堂の中では私たちの最も美しい部分を見出すことができる
エルヴィスと彼女の群れから学んだことは 私が考えていた“ubuntu”の定義をさらに広げました。自然の大聖堂の中では 私たちの最も美しい部分を見出すことができるのです。しかも 他者を通してのみならず 生きとし生けるものを通して 私たちの人間性を見出すことができるのです。アフリカから何かを学んで頂けるとしたら それは集団主義的な社会のあり方かもしれません。“ubuntu”はアフリカで誕生しましたが この価値観の本質は この会場でも生まれていると思います。ありがとうございました(拍手)
10 マンデラ元大統領が逝去されての気持ちは?
パット・ミッチェル:ボイドさん あなたは幼少の頃からマンデラ元大統領を ご存知なんですね。ご逝去されたことを私たちと同じく 先ほど知ったそうで さぞ動揺されていることでしょう。世界は偉大な方を失いました。そこで もう少し お気持ちをお伺いできますか。この講演に入られる直前に 訃報を聞かれたわけですよね。
11 実はとても安堵しました
ボイド・ヴァーティ:ありがとう パット。実は とても安堵しました。彼は病に苦しんでいたので ようやく解放されたのだと。もちろん 複雑な心境ですよ。でも 沢山の思い出がよぎります。オプラ・ウィンフリー・ショーに出演した時 オプラ本人に 番組がどんな内容になるか聞いてみたり (笑) オプラの回答は「そうね あなたについてよ」と ものすごい謙遜さですよね (笑)
12 大事なことは彼が成し遂げた偉業を私たちが受け継いでいくこと
彼は南アフリカの父で 私たちが歩むべき道を示してくれました。彼の偉業は「マディバ(マンデラの愛称)の奇跡」と呼ばれましたよね。彼がラグビーの試合に行くと南アチームが勝つんです。行く先々で 善いことが起きました。でも 彼の魔法は決して無くなりません。大事なことは 彼が成し遂げた偉業を 私たちが受け継いでいくこと。これが私がやりたいことで 南アフリカ中の人々も同じ気持ちだと思います。あなたもここで魔法を起こしましたねありがとう。ありがとうございます。本当にありがとうございました。
最後に
Ubuntuの意味は、人は他者によって生かされているということ。寛容の心や分かち合いの精神を教えてくれる。大事なのは彼が成し遂げた偉業を受け継いで行くこと。
和訳してくださった Mari Arimitsu 氏、レビューしてくださった Yuko Yoshida 氏に感謝する(2013年12月)。