「不良債権償却はいわば各金融機関の恥部であり、その結果について決算に与える影響も大きく、その存在証明も困難である」著者は実感を込めて語りかける。ここでは、高橋洋一『金融機関の債権償却』を10回にわたって要約し、債権償却の実務について理解する。第1回は、不良債権の償却。
1 不良債権償却の意義
「しょうきゃく」とは何か
「しょうきゃく」というと主に焼却、消却、償却の3つの漢字が出てくるが、ここでのしょうきゃくは償却のことである。債権の償却とは、債権が回収不能の場合または回収不能と見込まれる場合において、当該回収不能額または回収不能見込額を直接貸借対照表の資産項目から引き落とし(直接償却)、または負債項目(債権償却特別勘定)に繰り入れる(間接償却)ことをいう(2013年9月現在、債権償却特別勘定は廃止され、貸倒引当金制度に含められている。さらに、平成23年度(2011年)税制改正によって、貸倒引当金の計上が認められる法人が限定的になっている)。
また、償却は企業会計上損失だが、税務上損金になるかは別問題である。法人税基本通達9-6「貸倒損失」の定めにしたがって処理され、税務上損金になるものは税負担を減少させる無税償却と、税負担は変わらない有税償却の2つがある。
不良債権処理問題
不良債権の現状
不良債権とは、広義では、商取引や投融資などにおいて回収困難な債権のことをいうが、その定義は曖昧であった。そこで、1993年(平成5年)3月期から資産の健全性に関するディスクロージャーとして「破綻先債権」と「延滞債権」が開示されることとなった。この2つの債権が不良債権と対応している(信用リスクの定量化を行い取引先に助言せよ 今後の金融機関経営とALM参照)。
不良債権処理の必要性
不良債権処理の必要性は、ディスクロージャーの観点と企業収益(特に銀行行動)に与える効果から考察できる。ディスクロージャー(企業の情報開示)は、高度に発達した資本主義社会における会社制度の基盤であり、今後企業のマーケット・ディシプリン(市場による選別)の必要性が求められるなかで、ますますその重要性が高まる。その基礎資料となる貸借対照表の資産欄に不良債権を計上しているとすれば、不健全な会計処理にあたる。
また、企業収益に与える効果は、償却による損金経理によって法人税負担(場合によっては配当も)を軽減できるため、利益の社外流出を抑制するという経済的効果を持つ。さらに、不稼働資産から稼働資産に経営資源の配分を行うことにより、より効率的な経営を行うことが可能となる。特に、金融機関の融資対応力を低下させないという効果もある。
貸倒引当・償却制度の日米比較
貸倒引当とは、将来の貸倒損失への備えである。貸倒引当制度には、貸出債権を特定せず貸出一般に内在する回収不能危険に対して引き当てる一般貸倒引当金と、特定の貸出債権の回収不能危険に対して引き当てる特定貸倒引当金(現在は個別貸倒引当金)がある。
一般貸倒引当金は、日本は法人税法に基づく定率の積立制度があり、無税扱いされているが、米国ではそうした制度はなく、原則有税扱いである。個別貸倒引当金は、日本は間接償却があり無税扱いとされているが、米国では有税扱いであるものが多い。
共同債権買取機構と証券化
共同債権買取機構とは、1993年(平成5年)1月金融機関162社の出資によって、不良債権自体を売却するために設立されたしくみである。ただし、バルクセールや整理回収機構(RCC)買取などの無税償却のスキームができたこともあり、2004年3月に清算している。
また、売却の進化したものとして証券化の方法もある。これは米国ではよく行われているが、日本ではほとんど利用されていない。
(参考)償却と他の概念との関係等
引当金との相違
債権償却は、すでに損失が発生し、損失額が確定ないしはほぼ確定している場合に行われるものであり、引当金は損失の発生していない段階であらかじめその見積額を繰り入れるものである。
他の償却概念との相違
有価証券の償却については、税法上、評価損の計上が認められており、額面金額と時価との差額を損金として処理することができるものとされている(法人税法33条2項)。しかし、金銭債権の場合は、確定損ないしはこれに準ずるもの(回収不能見込額)しか認められていない(法人税法33条1項、2項)。
金融検査の資産査定との関係
金融検査における貸出金分類基準では「回収不可能または無価値と判定される資産」を第Ⅳ分類とし、「最終の回収または価値について重大な懸念が存し、したがって損失の発生が高いが、その損失額について合理的な推計が困難な資産」を第Ⅲ分類としている。
まず、資産査定時と償却時は異なるので、この時間的間隔を考慮する必要がある。また、第Ⅳ分類に該当するものは無税償却の対象となると考えられるが、第Ⅲ分類のものでも無税償却することが可能な場合がある。さらに、資産査定ないし資産分類と直接償却・間接償却の区分との関係は、基本的には両者は無関係である。
債権者・債務者間の権利関係に及ぼす影響
償却が債権者・債務者間の権利関係に及ぼす影響は、直接償却も間接償却も直接的にはない。直接償却であってもあくまで金融機関内部における会計上の処理ないし手続にすぎない。ただし、税務上は課税技術上の理由から、贈与の履行ともいうべき直接償却がなされることをもって、贈与(寄付金)であるとの認定を行っているものと考えられる。
2 商法、企業会計原則および決算経理基準における不良債権の取扱
金融機関の経理処理に関する諸規定
金融機関は、信用金庫等の非営利金融機関以外は株式会社形態であるため、商法の「会社ノ計算」の規定が適用される。保険会社も株式会社形態と相互会社形態の双方で適用される。また、金融機関のうちで営利を目的とするものは、企業である以上、企業会計原則(1949年7月9日)にしたがわなければならない。
商法の計算規定や企業会計原則は会社の計算関係を明確にするために設けられているが、とりわけ商法においては、会社の財産的基礎を確保することに力点がおかれている。さらに、金融機関は債権者が膨大な数の預金者等であることから、大蔵省(現・財務省)銀行局で決算経理基準を設け、適正な決算経理や経営の合理化の推進を指導している。
商法における不良債権の取扱
商法では、金銭債権については原則としてその債権金額を付すべきものとしている(285条ノ4第1項本文)。これは名目額である債権金額ベースで計上することが実務上簡便であり、評価も明確になるからである。ただし、債権金額よりも低い代金で買い入れたときその他相当の理由があるときには、相当の減額をしてもよい。また、取立不能のおそれがあるときは、取立不能見込額を控除しなければならない。
企業会計原則における不良債権の取扱
企業会計原則では、受取手形、売掛金その他の債券の貸借対照表価額は、債権金額または取得価額から正常な貸倒見積高を控除した金額とされている(第3、5C)。これは商法の取立不能見込額と実質的に同一と見て差し支えないだろう。
決算経理基準における不良債権の取扱
決算経理基準では、貸出金の償却については「回収不能と判定される貸出金および最終の回収に重大な懸念があり損失の発生が見込まれる貸出金については、これに相当する額を償却する」こととされており、貸出金に準ずるその他の債権の償却についても「貸出金の償却に準ずる」ものとされている。
商法における取扱と決算経理基準における取扱の相違
決算経理基準による取扱と商法による取扱との違いは、以下の4点である。第一に、商法では債権の取立不能見込額について、債権金額から直接控除する方法と会計慣行におけるように貸倒引当金を設けて間接的に控除する方法との双方が認められている(商法計算書類規則10条)のに対し、決算経理基準では、回収不能となることが見込まれる債権については債権償却特別勘定(2013年現在、貸倒引当金勘定)を設け、それ以外の債権については貸倒引当金を積むことが義務づけられている。
第二に、商法では特定の債務者の資産状態が悪化した場合に、個々の債権金額から取立不能見込額を控除すべきことが要求されているにとどまるが、決算経理基準では、貸倒引当金勘定について、税法基準によるほか有税による繰り入れもできるものとされている(法人税基本通達11-2-8)。
第三に、商法では取立不能見込額は合理的に算出され、控除後の債権金額も債権の現在価値を正確に表示するものでなければならないと考えられるが、決算経理基準では、貸倒引当金勘定の対象とされる特定の債権を除く債権については、一律に税法基準いっぱいまで貸倒引当金を積むよう義務づけられている。
第四に、商法上の取り立て不能の意義が、決算経理基準にいう回収不能の意味するところと異なるかどうかが問題となる。この点については、商法よりも決算経理基準における評価のほうにより客観性を求める見解があるが、解釈を異にする理由はない。
参考:最新版『金融機関の債権償却』(2012)目次
- 不良債権償却の手続
- 不良債権償却手続の概要
- 不良債権償却の必要性
- 償却は不良債権処理の中核手続
- 商法・会社法における償却の取扱い
- 企業会計原則における償却の取扱い
- 金融庁「金融検査マニュアル」および自己査定と債権償却
- 不良債権償却の税法上の取扱い
- 不良債権償却等の処理体系
- 法人税法改正後の不良債権償却等の処理体系と債権償却の位置づけ
- 不良債権の譲渡と譲渡損失の計上
- 支援損等の計上(寄附金とならない利益供与)
- 自己査定による要償却・引当額と債権償却等の体系との関係
- 償却対象となる債権の内容
- 本書における「債権償却」の対象債権
- 法人税法の貸倒引当金の対象債権
- 簿外債権(オフバランス資産)
- 信託勘定の貸出金
- 未収利息
- 外貨建債権
- 仮払金
- 不良債権の一部償却
- 担保物の評価
- 不良債権償却の必要性
- 有税償却と無税償却
- 有税償却
- 有税償却とは
- 有税直接償却と部分直接償却
- 有税間接償却
- 無税償却
- 直接償却(貸倒損失)
- 間接償却(個別評価債権に係る貸倒引当金への繰入れ)
- 有税償却
- 無税償却手続の適用
- 形式基準による直接償却(法人税基本通達9-6-1)
- 概 要
- 会社更生による債権切捨て(基通9-6-1(1))
- 民事再生による債権切捨て(基通9-6-1(1))
- 特別清算による債権切捨て(基通9-6-1(2))
- 内整理による切捨て(基通9-6-1(3))
- 書面による債務免除(基通9-6-1(4))
- 実質基準による直接償却(法人税基本通達9-6-2)
- 概 要
- 基本通達9-6-2の内容
- 債権の全額が回収不能であること
- 担保物が処分ずみであること
- 貸倒損失処理の時期
- 償却関係書類の保管
- 保証人,割引手形等の支払人などの調査
- その他の留意事項
- 個別評価債権に係る貸倒引当金への繰入れ(法人税法施行令96条1項)
- 債権償却特別勘定から貸倒引当金へ
- 法令等による長期棚上げ債権額の貸倒引当金繰入れ(法令96-1-1)
- 債務超過状態の継続等による一部取立不能額に係る貸倒引当金繰入れ(法令96-1-2)
- 形式基準による取立不能額の50%相当額の貸倒引当金繰入れ(法令96-1-3)
- 外国政府等の履行遅滞等による取立不能額の50%相当額の貸倒引当金繰入れ(法令96-1-4)
- 税務上の償却手続の実際
- 税務申告
- 税務調査における留意点
- 金融機関内部の償却手続
- 償却に係る関係書類の保管
- 形式基準による直接償却(法人税基本通達9-6-1)
- 不良債権償却手続の概要
- ケーススタディによる債権償却の実践
- 基本通達9-6-1/9-6-2関係(設例1~25)
- 法令96-1-1/96-1-2/96-1-3/96-1-4関係(設例26~50)
- 関連資料
最後に
不良債権とは、広義には商取引や投融資などにおいて回収困難な債権(破綻先債権と延滞債権)のこと。不良債権償却には、資産から引き落とす直接償却と負債へ繰り入れる間接償却がある。また、税務上損金になる無税償却と税負担は変わらない無税償却に分けられる。その意義は、ディスクロージャー(企業の情報開示)と法人税負担の軽減などによる企業収益(特に銀行行動)に与えるプラス効果である。商法(現在は会社法も含む)、企業会計原則、決算経理基準における不良債権の取扱の違いについても考慮が必要である。企業の情報開示と融資対応力の安定化が本質。
次回は、無税償却と有税償却を使い分けよ 不良債権の税法上の取扱と償却証明についてまとめる。