「本書は、元官僚が書いた公務員制度論であり、政策決定過程論のケーススタディである」著者は語りかける。ここでは、高橋洋一『霞ヶ関をぶっ壊せ!』(東洋経済新報社)を5回にわたって要約し、公務員制度改革をめぐる政治家と官僚の壮絶な争いを理解する。第1回は、第二次公務員制度改革への抵抗。
右手に「内閣」、左手に「国会」
年功序列制の廃止と各省庁による再就職の斡旋禁止 公務員制度改革の肝において、安倍政権下の第一次公務員制度改革についてまとめた。ここでは安倍政権を引き継いだ福田政権について述べていく。
日本は「官僚内閣制」である、と政治体制の本質を喝破したのは、政治学者の飯尾潤政策研究大学院大学教授である。官僚内閣制とは、官僚が結節点となり、国会と内閣をコントロールするという、右手に「内閣」、左手に「国会」という状態のことである。これを本来の「議院内閣制」として内閣が結節点となり、国会が内閣を形成し、内閣が官僚をコントロールする状態に戻さなければならない。
官僚内閣制の例は、2008年春の、国土交通省による空港の「外資規制」への働きかけが挙げられる。審議会を使い、政策を作るというものである。
竹中チームでアジア・ゲートウェイ構想を議論する
アジア・ゲートウェイ構想とは、経済産業省系のミクロ政策で、オープン・スカイ(航空自由化)などの開放政策群である。竹中チームではネーミングにもこだわり、小泉政権のときには横文字は御法度だった。ただし、今回はゲートウェイに落ち着いた。
所信表明に現れた安倍首相の気概
首相といえども、政調・総務会という党内手続きをクリアする必要があるが、所信表明(政府の長が自分の考えを述べる演説)だけは首相が自由に書くことができる。「ヒト・モノ・カネ・文化・情報の流れにおいて、日本がアジアと世界の架け橋となるアジア・ゲートウェイ構想を推進する」安倍首相の気概が伝わった(なお、2013年の第183回国会における所信表明演説についてはこちら)。
官邸内は油断も隙もない
首相官邸で、著者は根本匠首相補佐官補という役職に就いた。諮問会議用の説明ペーパーのドラフトを著者が作り、安倍首相のトップダウンで迅速に決定していくつもりだった。しかし、根本補佐官は諮問会議とは別に自前で会議を作って議論したかったようで、危うく官邸外に追いやられるところであった。官邸内と官邸外では得られる官邸情報に圧倒的な差が出るため、官邸内で議論すべきなのである。
官僚が公僕として働くことは難しい
官僚が公僕として働くことは難しい。それは、どうしても所属する省庁の利害を代弁せざるを得ないからだ。例えば、オープン・スカイは世界では当たり前の話だが、当事者である国土交通省航空局にとっては、自分たちが不要になるというとんでもない政策に見える。それゆえ、必死にそのデメリットを力説せざるを得ないのである。
外資規制での国交省の暗躍
2007年9月、安倍政権が崩壊し、福田政権が生まれた。2007年12月には、通常国会への法案提出調べがあり、政府内での外資規制法案の進捗作業は国交省によって手順が進められていた。同時に、航空局幹部は国会議員に「ご説明」という根回しを始めたのである。このように、官僚が内閣と国会を両手でコントロールするということが常態化しているのである。
天下り先の確保が重要
そもそも国交省が外資規制を持ち出したのは「空港施設は国の安全保障上重要だから」という理由だが、航空法によって滑走路や管制塔などは国の管理下にある。いま問題にされているのは、空港会社への投資、つまり空港の上にあるレストランなどが入った商業施設にすぎない。
国交省が心配しているのは、外資が経営に入ると空港関係施設への天下りが認められなくなるからといわれている。羽田の日本空港ビルディング株式会社には1人しかいないが、成田国際空港には、常務取締役兼執行役員、取締役兼執行役員・特別顧問、常勤監査役として3人の国交省OBが天下っている。
また、関西国際空港株式会社では代表取締役副社長をはじめ3人、中部国際空港株式会社では特別顧問、取締役など4人の国交省OBが役員を務めている。さらに、これらの会社の下には数多くの関連会社がぶら下がっているのである。
官僚内閣制を打破せよ
他にも政策をめぐって、首相官邸と与党議員が対立する場面はしばしばある。これは官僚が、双方に情報を流して分断するためである。大臣の指示に従わず、勝手な「ご説明」を族議員にして回る。国益では省益を優先する。そして失敗の責任は大臣にとらせるのである。こうした官僚内閣制を変えるためにも、公務員制度改革を行わなければならない。
官僚の力の源泉は情報コントロール
官僚の力の源泉は情報コントロールである。例えば、ガソリン税の暫定税率問題で注目を集めた「道路特定財源」では、冬柴鐵三国土交通大臣は官僚にいいように扱われていた。限られた情報に基づいて強弁した後、陳謝して訂正するといったことが繰り返されたのである。
こうした問題を解決するには、官僚側の情報をダブルチェックできるようなスタッフを大臣が任命できるようにし、官僚の大臣に背く行動を規制する仕組みを作るしかない。
なぜわざわざ官製組織を肥大化させるのか
官製組織を肥大化させる合理的理由はない。例えば、政策金融機関として日本政策金融公庫など4つの特殊会社があるが、民間金融機関を活用し、保証などの公的な機能を一部付加して全体として政策金融を機能として構成することも可能である。
他にも、公的年金110兆円を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、国民から年金保険料として強制徴収しているが、そのおカネの運用は民間金融機関に丸投げしている。それならば、GPIFを廃止・中抜きして、国民が自ら選んだ民間金融機関にお金を預けて、国民自らが運用する仕組みのほうがいいだろう。
渡辺大臣の捨て身の覚悟
福田首相ははじめの段階では公務員制度改革に乗り気でなかった。しかし、渡辺大臣は当時の首相の諮問機関「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」(座長:岡村正東芝会長)での報告書をそのままの形で提出して、大臣を辞する覚悟を固めていたようである。
改革は風前の灯だった
2008年1月31日、首相の諮問機関「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」で、堺屋太一氏たちが起草した報告書がとりまとめられた。そのポイントは、以下の5つの柱である。
- キャリア制度の廃止:民間からの人材登用の拡大
- 内閣一括人事の導入:各省庁横断的な人材育成・活用
- 官僚主導からの脱却:政官接触の管理と「国家戦略スタッフ」の導入
- 労働基本権の付与:民間並みのリストラ実施の前提
- 内閣人事庁の創設:1〜4を実施する統合庁
この報告書は2月5日に首相に報告された。しかし、公務員制度改革は風前の灯火であった。
大臣に忠誠を尽くしても意味はない
各省庁の官僚が「大臣に忠誠を尽くしても意味はない」という発想になる理由は、キャリア制度による身分保証である。終身雇用と年功序列の昇進が保証され、トップにはなれずとも天下りによって同等の給与が保証される仕掛けになっているのである。これこそ国益よりも省益となる理由である。
巧妙な法案化阻止の仕掛け
公務員制度改革のベースとなる基本法の法案化に向けて、霞ヶ関サイドは、前述した改革の5つの柱のほぼすべてに後ろ向きだった。法案化阻止について、官邸官僚は巧妙な手順を考えており、報告書を出した後、閣僚懇談会で議論しながら法案化を検討するというものである。閣僚懇談会は非公開になっており、密室議論を進めるには好都合なのである。
永田町を飛び交う「紙爆弾」
「紙爆弾」とは、懇談会報告書にいろいろとケチをつけるものである。「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」の報告書が出た後、「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会報告書への素朴な疑問」という作成者名前が書かれていないペーパーが、行革事務局のある閣僚を通じて多くの国会議員に配布された。
例えば「内閣で人事を一元管理したら、公務員一人ひとりの評価ができないのではないか」とか、民間企業の経験者からしたら意味がわからないケチが多い。
明るみには出せない「接触」
明るみには出せない「接触」とは、官僚が自分たちの上司である大臣の意向と関係なく、族議員らと結託して政策形成していくことである。「素朴な疑問」ペーパーを配って回るなどもその一例である。こうした活動によって自らの省庁の天下り先を確保していくのである。
自民党国家戦略本部が改革の流れを作る
法案化には閣僚懇談会、与党内プロセスでは自民党行革推進本部で行うという官僚の抵抗体制が整備されていた。そこで、与党内プロセスでは、行革本部とともに国家戦略本部(杉浦正健事務局長)でも並行的に議論をするという戦略を描いた。この戦略を支えたのが、中川秀直自民党幹事長である。
公務員制度改革への流れが一挙に強まったのが、2月19日に、自民党本部で開かれた国家戦略本部での会合だった。この会合はマスコミに対してフルオープンで開催された。出席した自民党議員は約50人で、うち20人が発言し19人が賛成意見を述べたのに対して、反対は1人だけであった。
杉浦正健議員が口火を切り、堺屋太一氏が報告書の概要を話すと、山本一太、世耕弘成、菅原一秀、西村康稔、木原誠二らの各議員が全面的に賛成した。中川秀直氏は「最後には議員立法も辞さない」と発言して政治主導を印象づけ、堺屋太一氏、杉浦正健氏が首相とも連携していることを話して会合を締めくくった。
最重要課題に躍り出た
翌2月20日には、自民党の行革推進本部の会合が開かれた。ここでは実質的に発言した9人のうち、賛成が6人、反対が3人だった。同日の夕方には、閣僚懇談会で意見交換会が開かれた。会議の内容は明らかにはされていないが、増田寛也総務大臣、大田弘子経済財政担当大臣など一部の大臣は賛成したが、多くの大臣は反対や疑問を表明した模様であった。
党の国家戦略本部のバックアップによって、国家公務員制度改革は通常国会で法案成立を目指す重要課題に躍り出たのである。
最後に
紙爆弾とは、官僚にとって都合の悪い報告書に対してケチをつけたペーパーを、政治家たちにばらまくこと。官僚は族議員らと接触することで、上司である大臣の意向とは関係なく政策形成している。官僚から内閣へ力を戻そう。
次回は、人事の一元化による大臣の人事権の強化 第二次公務員制度改革の目的についてまとめる。
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