前回までに、不動産と生命保険、年金・医療保険制度についてまとめた。ここでは、橘玲『「黄金の羽根」を手に入れる自由と奴隷の人生設計』を4回にわたって要約し、税・社会保障制度とファイナンス(資金調達)について理解する。第1回は、サラリーマンのための税・社会保障制度。
1 飴と鞭
給与明細書を眺めてみる
毎月の手取り収入(銀行口座に振り込まれる額)は知っているが、給与明細書や源泉徴収票の内容を詳しく知っている人は少ないだろう。まして、所得税や地方税(住民税)、厚生年金や健康保険・介護保険・雇用保険の保険料はいくらか?所得税率が何%で、どのような計算式で年金や保険料の額が決められているのか、を即答できる人は少ないだろう。
人生を財務諸表で考える
自分の人生を自分で設計するためには、貸借対照表(Balance Sheet:BS)や損益計算書(Profit and Loss Statement:PL)などの企業会計の基本的な手法が役に立つ。こうした財務諸表の読み方は、株式投資において企業の適正価値を推定するためにも用いられている(図:財務諸表を理解する参照)。
BSの見方は企業でも個人の家計でも同じである。個人の場合、BSの資産(Asset)には預貯金や株式などの金融資産や自宅などの不動産資産、さらには車や絵画など換金可能な資産をすべて時価評価した金額になる。負債(Debt)は、住宅ローンや教育ローンその他の各種金融機関からの借入額である。資産(Equity)は、時価評価された「資産」から「負債」を引いた「純資産(Net Asset Value)」のことで、今までに蓄えてきた経済的価値の総額(自己資本)である。
PLの見方はより単純で、サラリーマンの場合、給与やボーナスの税込総額がその年の売上になる。そこから毎月の家賃や食費などの生活コスト、教育費、交際費などの諸経費を引いた額が「税引き前利益」で、さらにそこから所得税や住民税などの税コストと、年金・健康保険などの社会保障費を支払った残りが「純利益(Net Revenue)」になる。この純利益が、BSの「資産」と「資本」に加えられて、その分だけ純資産が増えるのである。
サラリーマンは優遇されている
多くのサラリーマンは「給与—(所得税+地方税+社会保障費)=手取り収入」と考えているが、実際は「給与—経費=税引き前利益 税引き前利益—税・社会保障費=純利益(手取り収入)」である。
また、サラリーマンの「経費」は「給与所得控除」として日本国が一方的に決めており、実際にかかった経費とは何の関係もない。例えば、年収800万円で子どもが2人いるAさんの場合、200万円(800万×10%+120万円)の給与所得控除を認めてくれる。通常、サラリーマンが月17万円もの経費は必要ないため、サラリーマンは自営業者に比べて優遇されているということがわかる。
日本はいまや「税金の安い国」
給与所得を求める式は、給料(収入)—経費(給与所得控除)と表せる。また、必要経費以外にも以下の5つの代表的な控除が認められている。
- 基礎控除(38万円):生きていくための最低限の経費
- 配偶者控除(38万円):所得のある人が所得のない配偶者の面倒を見るための経費
- 扶養控除(38万円):所得のある人が所得のない人(親・子ども)の面倒を見る際の経費。16〜23歳の子どもの場合は63万円、70歳以上の親と同居している場合は58万円などの特例あり
- 社会保障費(約95万円):厚生年金・厚生年金基金・組合健康保険・介護保険・雇用保険など
- 生命保険料控除(最高12万円)、損害保険控除(最高1万5000円)
Aさんの場合、2013年現在の所得税率は、課税所得300万円の場合10%であるから、この年にAさんが支払う所得税額は30万円になる。つまり、給料(800万円)の10%を税金として持っていかれるのではなく、課税所得(300万円)の10%を持っていくだけなのである。実質税率は約4%で、決して「酷税」とは言えない。これに地方税・住民税(東京との場合は約20万円)を加えたとしても、約50万円(実質税率6.25%)であるため、日本の課税水準は世界的に見ても低いといえる。
給与所得控除はプライバシー公開の報酬
ジャーナリスト斎藤貴男氏の『源泉徴収と年末調整―納税者の意識を変えられるか』(中公新書)によると、給与所得控除と年末調整こそプライバシーをなくす税制だとしている。給与からの源泉徴収を行っている国は日本以外にも多いものの、サラリーマンの経費を給与所得控除で一律に決め、源泉徴収額(税の仮払い)と実際の所得税額との差額を雇用主(企業)による年末調整ですませてしまう制度は、日本独自のものだとする。
そもそも税の源泉徴収制度は、太平洋戦争遂行のための戦時税制として考案されたものである(いわゆる「1940体制」)。その後、戦後の混乱期に遅滞なく徴税を行うための緊急措置として、各企業(雇用主)に徴税実務を代行させる年末調整が導入されて、現在でもその体制が維持されている。つまり、サラリーマンが年末調整を行うと、扶養家族の有無やその年齢、家族構成などのプライバシーを企業や国家に必然的に知られてしまうのである。
すばらしきドン・キホーテたち
斎藤貴男氏の著書には、こうした不合理な源泉徴収制度に反旗を翻した2人の人物が紹介されている。1人は銀座の老舗レストランを経営していたI社長(故人)で、「源泉徴収は憲法違反である」という信念から従業員の源泉徴収を行わず、起訴された。I氏の主張は明快であった。
- 憲法では、納税義務は国民一人ひとりが負うと規定されているのに、現在の税制は企業に納税義務を負わせている。これは明らかに憲法の規定に反している
- 税務署は、企業を徴税実務の出張所代わりに使いながら、一銭の報酬も支払おうとしない。これではまるで奴隷扱いで、憲法第18条の「何人も、いかなる奴隷的拘束を受けない」という規定に反している
それに対して最高裁はI氏の上告を棄却している。税の実務家の間で言われている「日本の企業はタダで税務署の手伝いをする代わりに、法人税を負けてもらっている」というのが常識なのだろう。
サラリーマンに税を申告する自由はあるか
もう1人は同志社大学商学部教授の大島正氏(故人)で、当初は「サラリーマンにも必要経費を認めるべきだ」というものだった。その後、長い裁判の中で「経費を実額で算定せず、給与所得控除として国が一方的に決めるのはおかしいじゃないか」という本質的な問いへと深化していった。しかし、提訴してから18年7ヶ月後に最高裁で上告を棄却された。
こうしてみると、以下の3点を主張して訴訟を起こせば、サラリーマンからも経営者からも大きな支持が集まるのではないかと著者たちは述べている。
- サラリーマンにも所得を申告する権利を認めろ(少なくとも、年末調整か自己申告かの選択を認めるべき)
- 「年末調整」の名を借りて、雇用主が従業員のプライベートな情報を収集できる制度はおかしい
- 税務署は企業を徴税機関として勝手に使うな
2 年金と健康保険は過剰支払い
過剰に支払う社会保障費
これまで述べてきたように、日本の実質税率は非常に低くなっている。しかし、負担感が高いのは「第二の税金」ともいえる社会保障費(年金・健康保険)が高いからである。
例えば、Aさんの場合、年収800万円に対する厚生年金の保険料は16.766%なため、年間支払額は134万1280円にもなる。これに対して自営業者などが加入する国民年金の掛け金は一人月額15,040円(年額180,480円)なため、Aさんの支払額は7倍以上である。
また、Aさんが加入する医療関係の保険料を11.52%(健康保険9.97%+介護保険1.55%)とすると、年間支払総額は92万1600円。これに加えて年間10万8000円(1.35%)の雇用保険料も納めなければならない。すると、Aさんの支払う社会保障費の合計額は237万円を超えてしまうのである。
社会保障費は労使折半なため本人負担は少ないように見えるが、その原資は人件費である。年収800万円というのは仮の数字で、実際の年収は918万円(800万円+会社側が支払った社会保障費118万円)で、そこから税(50万円)+社会保障費(237万円)の計287万円が徴収されていることになる。
これらのことから、実質年収918万円のAさんが支払う税・社会保障費(287万円)のコストは31%だとわかる。つまり、平均的なサラリーマンの場合、稼いだお金の3割を国に納めているのである。
不思議な国民健康保険
国民健康保険料は「全加入者に医療費3割負担」という同じサービスにもかかわらず、それぞれの市区町村の財政事情によって決められている(松谷宏『正直者が馬鹿を見る国民健康保険』(宝島社新書))。例えば、東京都でも千代田区の場合115,724円だが、三宅村だと42,035円と2.8倍の格差がある。こうした格差を是正するために、国保運営を都道府県に移管するという厚労省試算が発表された。これによって、1人当たりの平均保険料が最大で約3万9000円の値上げになるとされた。
なお、1人当たりの保険料の全国平均は81,021円である(介護納付金分は含まず)。また、保険料の限度額は47万円、介護納付金は10万円、後期高齢者支援金は12万円となっている。
国民健康保険料を払わない人たち
元国民健康保険料徴収員・松谷氏によれば、国民健康保険料を払わない人たちもいる。保険料納付率が全国最低なのは東京都港区で84.45%と、国保加入者のうち6〜7人に1人は保険料を払っていないとのことである。
それは、社会保障費を払う払わないは本人の自由ということを悪用し、滞納を繰り返す者がいるからである。また、市区町村単位での保険料支払い履歴の情報共有がなされていないため、滞納したとしても違う自治体に転入してしまえば新しい保険証がもらえるからである。最近では一部の悪質滞納者に対する資産の差し押さえも始まっているが、こうした不正を防ぐためにも、マイナンバー制(国民総背番号制)や歳入庁の早期設置が有効である(マイナンバー制は2016年から開始予定)。
個人と法人の税制の違いを利用する
現行法によれば、法人は1人でも社員を雇ったときは社会保険に加入しなければならない。個人事業主も、社員数5人以上なら厚生年金保険、健康保険への加入義務が発生する(労災および雇用保険は社員数1人以上)が、実体は大きく異なる。
それは、以前は社会保険料の徴収を厳しく行っていたが、それが原因で倒産する中小企業が続出したため、現場レベルでは未納企業をそれとなく社会保険から脱退させるよう方針転換されたのである。
こうした仕組みを理解すると、自分1人で会社を作って、自分で自分に給料を払うことで、合法的に税・社会保障費コストを極小化することができる。
サラリーマン法人化計画
所得税廃止論を唱える異端の公認会計士・安部忠氏は『税金ウソのような本当の話』の中で、「サラリーマン法人化計画」というおもしろいプランを紹介している。
それは、企業がサラリーマン法人と業務委託契約を結び、サラリーマン個人は本人が社長を務めるサラリーマン法人から役員報酬を受け取るというものである。現在、サラリーマンは個々に企業と雇用契約を結んでいるが、労働条件を維持したままサラリーマンが自ら法人化することで、個人の給与の最大化と会社の人件費(福利厚生費)の削減を狙うものである。この仕組みを活用しているのが、コンビニを始めとしたFC(フランチャイズ)システムである。
全国5000万人のサラリーマンが法人になる日
総務省「労働力調査」(2013年3月)によると、現在の雇用者数(サラリーマン数)は5485万人である。法人化に伴う最大の変化は、決算期に法人として税務申告する必要が生じることである。なお、個人の収入は自分の会社からの給料なので、年収2000万円以下ならばこれまで通り年末調整で処理できる。
サラリーマン法人では自宅が事務所代わりになるため、家賃の一部は事務所経費として控除できる(30〜60%程度)。車もリース契約すれば経費処理できる。通信費(携帯・ネット代)やパソコンなどの購入費、得意先との飲食やゴルフも接待交際費として一定額を控除できる。
また、配偶者や子どもを社員として雇用し、給与金額も年間103万円以内(基礎控除38万円+給与所得控除の最低額65万円)にしておけば所得税はかからないし、住民税も均等割だけで済む。つまり、自営業者が当たり前のように行っている節税策を、サラリーマンも利用できるようになるのである。
さらに、余裕があれば夫婦で年間163万円まで無税で積み立てられる国民年金基金(個人事業主向けの年金制度。ただし途中解約はできない)や、年間84万円の掛金が所得から控除できる小規模企業共済(個人事業主向けの退職金制度)を利用してもいいだろう。
このように、サラリーマンが法人化すれば自営業者との間の不公平感は一気に解決するし、一人ひとりのサラリーマンにも納税者意識が徹底されるため、民主主義にとって健全な効果が期待できる。流動性の高い労働市場の育成にもつながるだろう。
3 所得税は人権侵害?
国民年金や健康保険は廃止せよ
日本のような成熟国家においては、国家が運営する年金制度や健康保険制度、介護保険制度を廃止した上で、最低限のセーフティネットでケアすることがよいのではないだろうか。発展途上国で出生率が高いのは、子どもが老後の生活保障と考えられているためである。
所得税は憲法違反である
所得税の累進課税は、日本国憲法の「法の下の平等」規定に違反している。それは、所得の多寡にかかわらず、国家が提供する行政サービスは均一だからである。同様に、全国民に一律の所得税を課すフラット税率も、課税所得の多寡で差が生まれるため憲法違反となる。
そして、さらに過激な経済学者などから「所得税はやめて、20歳以上65歳以下の全国民から1人いくらで税金を徴収する人頭税にすべきだ」との意見が出てきた(人頭税が理想の税金 税の三原則は簡素・公平・中立参照)。
また、税制の基本原則に「二重課税の禁止」というものがある。しかし、サラリーマンの所得はすべて税引き後利益だが、その資金を運用すると利子・配当や譲渡所得に課税される。子どもに資産を贈与したり、相続財産を残すと贈与税や相続税を取られる。このように、一般に税金は、①所得税、②消費税、③資産税に分けられるが、現在の税制は二重課税せざるを得ない仕組みなのである。
法人税を徴収してはならない
さらに、法人を「共通の目的を持つ個人の集合体を、法律上、個人と同様に人格があると見なしたもの」としてとらえると、法人税の存在意義がなくなる。法人が経費を使うわけではなく、あくまで法人の構成員が経費の恩恵を受けるからである。
同様に、企業の純利益とは、税引き前利益(売上—経費)から法人税を支払った残りの税引き後利益である。しかし、ここから株主に配当すると株主側に配当課税が発生し、二重課税になるのである。
税務調査は国家によるプライバシー侵害である
所得税や相続税など、国民の所得に課税しようとすると、必然的に税務署のような監視機関が必要になる。しかし、こうした個人的な事柄を国家が知ることは許されるのかという根源的な問いが出てくる。ここから、「税務調査は国家によるプライバシー侵害である」という主張が生まれる。
国家を運営していくためには税金が必要である。しかし、市場経済が発展した日本であれば、国家の事業の多くは民営化できるようになる。国鉄がJRになったように、郵便事業は宅配業者、郵便貯金は銀行、年金や医療保険は民間保険会社、公立学校は民間教育機関、治安維持は総合警備会社、公共事業は不動産開発会社によってかなりのところまで代替可能だろう。つまり、国家の機能は国防や外交、司法・立法、そしてマクロ経済などに抑えた「小さな政府」で十分なのだ。
最後に
「平均的なサラリーマンの場合、稼いだお金の3割を国に納めている。しかし、法人化すれば納税者意識も高まり、よりよい民主主義が成立する。同様に、年金・健康保険・介護保険も廃止すれば少子化問題も解決するだろう」前作に続き、著者たちの意見は鋭く、極端なものも多い。しかし、税や社会保険の原則に基づいて考えれば、決しておかしな論理ではない。原則論と現実論の折り合いをつけるためにも、極論を考えておくことが必要である。自己防衛と大切な人を守るためにも、知っておいて損はない知識である。
次回は、資産形成は3つの変数で決まる 収入、支出、運用見回りについてまとめる。
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