前回は、つまずきの始まりは天下り人事 司令塔なきゲリラ戦だった民主党についてまとめた。ここでは、安倍政権での天下り規制への着手 自民党による公務員制度改革1について解説する。
天下りが急所だからこそ
自民党政権での公務員制度改革の経緯について整理する。安倍晋三内閣は2007年4月、国家公務員法改正案を国会に提出し、同年6月賛成多数で成立した。法案の柱は以下の2本である(年功序列制の廃止と各省庁による再就職の斡旋禁止 公務員制度改革の肝参照)。ここでは特に天下り規制について振り返る。
- 年功序列の打破:能力実績主義の導入
- 天下りの規制:各省による斡旋を禁止し、官民人材交流センターに一元化
天下りのメカニズムは、当時の渡辺喜美行政改革担当大臣の言葉を借りれば「年功序列のなれの果て」である。Ⅰ種国家公務員試験に合格した、いわゆるキャリア官僚は、全省庁で年に約600名。人事は基本的に各省内で閉じて行われ、横並びで一斉に係長、課長補佐、課長へと昇進していく。すると、課長以降にはポストが少なく、50歳前後から早期退職勧奨が始まる。その際、各省の人事当局は外郭団体などにポストを用意して、ポストを提示しつつ本人に辞めてもらう。これが天下りである。こうしたメカニズム上、天下りと年功序列はそもそも表裏一体であった。
天下りは公務員制度改革の急所である。それは、渡辺氏によれば各省が天下りポストを確保し、退職後の面倒まで見ていることが、本籍(各省)への忠誠心を生む。つまり、総理大臣や大臣より、退職後まで面倒を見てくれる「各省」の先輩・同僚たちに顔を向けて仕事をしがちになる。これが「各省割拠主義」の源泉である。そして、天下りを受け入れる企業・団体に、その見返りに「仕事」を発注するといった形で、税金をムダ遣いするのだ。
霞ヶ関修辞学でおしまいになったはずだったが
霞ヶ関修辞学とは、限定の修辞ともいい、「Aをやる」と言ったときは「Aだけをやる」「A以外はやらない」という意味である。例えば、安倍総理は2007年1月26日の施政方針演説で「予算や権限を背景とした押し付け的な斡旋による再就職を根絶」すると表明したが、「押し付け的」という言葉を付けることで、「押し付け的」でない斡旋はこれまで通り容認することを表す。
この演説の背景には、2006年12月7日の経済財政諮問会議での民間議員ペーパーでの提案があった。佐田玄一郎行革担当大臣のもと、当時の民間議員から各省庁による再就職斡旋を禁止、政府全体で一元化された窓口で(中略)公務員の希望と求人をマッチングさせるという画期的な提案がなされた。しかし、尾身幸次財務大臣らから強烈な反対に遭い、ほとんどメディアに出ることなく葬り去られたのである。
「行革事務局」の正体
行革事務局とは、通常の省庁には属さず内閣に臨時に設けられ、既存の省庁の改革を行う組織である。しかし、総務省と財務省を中心とした、各省の寄り合い所帯が通例となっており、改革をしているフリをしていることが多かった。行革事務局から出された天下り規制の具体的内容は「不正な権限行使などの見返りに再就職を斡旋することを禁止」とされており、ほとんど意味のない法案を作って天下り規制を終えようとしていた。
「新・人材バンク」構想で再チャレンジ
これを止めたのが、2006年末、事務所費問題で辞任した佐田氏に代わって行革担当大臣に就任した渡辺氏だった。「各省斡旋の禁止」+「一元斡旋窓口として新・人材バンクの設置」というプランを提示したのである。これは、以下のような各省斡旋をすべて禁止し、実力次第の転職に置き換えようとするものである。
従来、天下りは各省斡旋によって行われており、以下の2つの特徴があった。1つは、就職する側の公務員OBが改めて求職活動することなく、人事異動のように天下ったことである。これは天下り先から次の天下り先という「渡り」でも行われていた。もう1つは、就職先は求人を広く行うわけでなく、それぞれの省の所管する公益法人や企業といったインナーサークルの中で斡旋がなされていた。
総理演説を錦の御旗に
各省斡旋をすべて禁止するという「新・人材バンク」構想に対し、守旧派が錦の御旗にしたのが安倍総理の施政方針演説である。「押し付け的斡旋」だけを禁止すると総理が表明しているのだから、渡辺氏が独走しているだけだという論理である。
こうした渡辺氏の発信力を封じ込めるためか「総理答弁書の書き換え事件」が起こった。2007年2月半ば、国会の予算委員会における総理答弁資料として、渡辺大臣以下で準備したものが、官邸で改変されるというものである。「官製談合に関与した役所については、再就職の紹介などに関し厳しい規制を創設する」と書かれていた。これは、官製談合に関与していない役所(国土交通省以外)には規制しないという意味である。こうした攻防が、表舞台と水面下で07年1月以降、延々と繰り広げられた。
その後、安倍総理は3月16日の経済財政諮問会議において「機能する新・人材バンクへ一元化をしていかなければならない」と発言し、公式の場で軍配を上げた。これまでの安倍氏の発言との整合性を助けたのが、江田議員(当時・無所属)の質問主意書である。政府に対し「押し付け的斡旋だけを禁止するのか。そんなものは存在しないはずだったのではないか」と質問し、これに対して政府は「押し付け的な斡旋が存在する」とこれまでの政府見解を翻したのである。こうして、新・人材バンク構想が進められることになった。
「全体パッケージ論」の罠
守旧派の抵抗はこれで終わらない。「機能する」と「パッケージ」という言葉によって、改革をできるだけ遅らせようとしたのである。「機能することを確認した上で一元化」とすれば、確認の段階で「まだ機能していない」とされたら永遠に一元化できない。「全体パッケージの改革が進んでから一元化」というのも同様で、全体パッケージができない限り一元化できないし、そもそも全体パッケージの範囲が不明確である。
今回では「新・人材バンクを可能な限り早期に立ち上げ、設置後3年以内に完全な一元化を必ず実現したい」という安倍総理の発言によって、先送り論は断ち切られた。
天下り規制は生ぬるかったのか
安倍内閣で閣議決定された法案の内容は以下の通りである。
- 天下り規制
- 再就職斡旋の規制:官民人材交流センター(新・人材バンク)
- 現職職員の求職活動規制:再就職等監視委員会
- 退職後の働きかけ規制:退職後2年間
- 再就職等監視委員会
- 従来の規制の廃止:C.はA.と同時に廃止
- 能力・実績主義
- 人事管理原則の明確化
- 新たな人事評価制度の構築
特に1.E.の従来の規制によって、本来不要な公益法人や特殊法人が官僚の手で造られているとの指摘がされていた。一方、1.C.によって2年間は所管企業への再就職が一律に禁止されるため、本当に能力・経験を買われてヘッドハントされた場合などでも認められなかった。そこで、こうした中途半端な一律事前規制から事後規制への転換という一面も持っていた。
また、法案の閣議決定と合わせて「公務員制度改革について」と題する文書も閣議決定された。この中には、専門スタッフ職の実現、公募制の導入、官民交流の抜本的拡大、定年延長といった課題が列挙され、「パッケージとしての改革」と題する項目も盛り込まれた。
「天下りバンクだ」「ハローワークに行け」論
こうした国家公務員法改正案は、民主党から強烈な批判を受けた。「新・人材バンクは天下りバンクだ」「官僚もハローワークに行けばよい」というものである。これは一般向けにわかりやすいものだったが、その後、鳩山内閣で「天下り根絶」がどうなったかを考えれば「新・人材バンク」プランのほうが優れていたといわざるを得ない。
つまり、民主党は各省斡旋だけでなく「新・人材バンク」による斡旋も否定していたはずだが、結局「斡旋はしていない」と称する隠れ斡旋を野放しにしてしまった。「新・人材バンク」とセットの「再就職等監視委員会」の設置も見送り続けた結果、監視機能の不在をもたらしたのである。人事という大きなパズルが「OBの斡旋」という個人プレーだけで完成するはずがないのである。
ようやく法案成立も安倍内閣が潰えて
法案審議は通常国会の会期ギリギリまでもつれ込み、最終段階で安倍総理はなんとしても法案を成立させたいとの強い決意を示し、会期延長を決断する。そして07年6月30日、賛成多数により、夏の参議院議員選挙戦に入る直前に法案成立に至った。
しかし、この頃から年金記録と社会保険庁不祥事をめぐる問題が大きな批判となって政権を襲った。07年夏の参議院議員選挙で大敗し、安倍氏は体調上の理由により総理の職を辞すことになった(「政府や役人も間違える」必要なのは確認態勢 消えた年金と改革路線参照)。
官の論理1「優秀な人材が集まらなくなる」
官の論理として「公務員制度の抜本改革をやったら、優秀な人材が集まらなくなる」というものがある。しかし、「だから天下り規制をやるべきではない」という論理は理解できない。むしろ、批判の的になっている天下りなどやめて、霞ヶ関にマイナスイメージを払拭することこそ「優秀な人材」を集めることにつながるはずである。
それより「優秀な人材」の社会還元を
優秀な人材を集めることには責務も伴う。集めた人材をしっかりと育て上げ、潜在能力を活かしきるという社会的責務だ。霞ヶ関には優秀な人材が集積しているが、その副作用で「並みに優秀」な人材が組織内で埋もれてしまうことが多い。「鶏口となるも牛後となる勿れ」の故事のように、こうした人材が相対的に人材層の薄い組織に移ったら、ずっと大きな責任やチャンスを与えられ、本来の能力を存分に活かし、さらに飛躍的に能力を伸ばしていけるだろう。優秀な人材を内部で活かせない場合には、組織の責務として社会に還元できる仕組みも用意しておくべきである。
「アップ・オア・アウト方式」を導入すべし
「アップ・オア・アウト方式」とは、米国系の一流のコンサルティングファームなどで見られるもので、3年や5年で働きぶりによる選抜がなされ、昇進(アップ)してやっていくだけの力はないと評価されれば、退職(アウト)を求められる方式である。優秀な人材を集めるために、特別に厳しい扱いをして人材を育て上げるというものである。
民間の人材をどう活用するか
外部人材の起用には2つの効用がある。1つは、内部育成で足りていない人材を補うこと。もう1つは、人材の多様性を高めることで、より高い成果を得ることである。民間の優秀な人材に来てもらうため、外部人材にいかに活躍してもらうかの方法論と経験を蓄積していく必要がある。
最後に
「天下りは年功序列の成れの果て」各省斡旋の禁止と新・人材バンク(官民人材交流センター)の設置によって、天下りは規制できる。天下り規制とパッケージとしての改革が安倍政権の置き土産。優秀な人材が集まらなくなることを心配するより、優秀な人材を社会に還元することを考えよう。
次回は、福田政権での労働基本権の制約撤廃 自民党による公務員制度改革2についてまとめる。
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