「ライブやダンス公演はインターネットにどのように対抗できるのでしょうか?」キャメロンは語りかける。ここでは、40万ビューを超える Ben Cameron のTED講演を訳し、パフォーミングアーツの真の力について理解する。
要約
芸術の支援者であり劇場公演のファンであるベン・キャメロンが、パフォーミングアーツの現状を見て問いかけます。「ライブの劇場公演や音楽演奏、ダンス公演は、いつでもつながっているインターネットにどのように対抗できるのか?」TEDxYYCにて、彼はこれからの時代を予測します。
Ben Cameron runs the arts granting program at the Doris Duke Foundation, focusing on live theater, dance and jazz.
1 オーケストラ、ジャズ、モダンダンス、オペラ、劇場などへの情熱
私はまさに文化的なものが無いと 生きられない人間です。通勤には iPodが欠かせません。ワーグナー モーツァルトに ポップシンガーのクリスティーナ・アギレラや カントリーのジョシュ・ターナー ブラックミュージックのカーク・フランクリン コンサーティーナ 交響曲など 何でも聴きます。それと同時に 本の虫でもあります。イアン・マキューアンからステファニー・メイヤーまで読みます。「トワイライト」の4部作も読みました。自宅のホームシアターは私の生きがいです。DVDやオンデマンドの動画やテレビを 山のように見ています 「LAW & ORDER:性犯罪特捜班」ですとか ティナ・フェイが出演している「サーティー・ロック」 それに 「ジャッジ・ジュディ」 -実際の事件の当事者が 本物の判決を求めて争う番組です。私と同じように これらのものが好きな人は多いでしょう。特に 「ジャッジ・ジュディ」はファンが多いです。彼女を降板させようなんて人がいたら 誰もが断固として抗議します。しかし 私が最も情熱を傾けているのは パフォーミングアーツです。オーケストラに ジャズ モダンダンス オペラ 劇場などへの情熱です。
2 テクノロジーは娯楽時間をめぐる最大の競争相手
実のところ こうした業界で働く人の多くが テクノロジーの力より 仕事が危機にさらされ 職を失ってしまうかもしれないと 恐れています。初め インターネットは あらゆる問題を解決する 素晴らしいマーケティングツールになると 歓迎されていましたが 今では むしろ強力すぎるものであると 私たちは 気付いています。事情はそれぞれ異なっていますが 芸術団体やアーティストは チケットの潜在的な購買者の 関心を引こうと 普通の人が1日に見るであろう 3000から5000ほどの様々な宣伝と 競い合っています。ですから 私たちにとってテクノロジーは 娯楽時間をめぐる最大の競争相手なのです。5年前 30代は主にテレビそして多少インターネットに 20.7時間を費やしていました。20代はもっと長くて23.8時間 しかも大半はインターネットでした。そして今 ほとんどの大学生が 入学までに 2万時間を オンラインで過ごし 1万時間を ビデオゲームに費やしています。私たちは ビデオゲームの販売が 音楽と映画を合わせたよりも多いという 文化的状況の中で 暮らしているのです。
3 文化的な消費行動の前提の変化
私たちはさらに 文化的な消費行動の前提を テクノロジーが変えてしまったのではないかと恐れています。インターネットのおかげで いつでも欲しいものが手に入るようになりました。玄関先まで配達してくれます。自分の体形にあったオーダーメイドのジーンズを 午前3時でも夜の8時でも 買うことができます。パフォーミングアーツには 特定の開演時間 会場 アクセスの難しさ 駐車など 制約が伴うので 個別に合わせたり 好きなように変えたいという 要望には応えられません。ネット上で24時間いつでも 99セント あるいは無料で 音楽をダウンロードすることに 慣れた消費者に 交響曲 オペラ バレエのチケットに 100ドルの支払いを求めることは この先 どうなっていくのでしょうか。この分野で仕事をしている私たちにとって 非常に大きな問いです。しかし これは 私たちに限ったことではありません。
4 文化と情報技術の根本的な再構築の最中
我々は皆 文化と情報技術の 根本的な再構築の最中にいます。その再構築は 新聞 雑誌 本 出版などの産業を 揺さぶり 壊しています。パフォーミングアーツの世界では 時代遅れの労働協約が デジタルのコピーやストリーミングを 抑制 禁止しています。また 19世紀に理想的だった アーティストと観客の関係にとらわれ 大きな施設にこだわり続けていますし チケットに途方もない金額をつけ 収益を上げるというビジネスモデルから 抜け出せずにいます。私たちはタワーレコードの破綻に直面して 「明日は我が身なのだろうか」と不安を抱いています。私が知っているパフォーミングアーツ関係者の誰もが アドリエンヌ・リッチの著作の 『共通言語の夢』の一節のような気持ちでいます。「私たちは言語も法律も無い国に 投げ出されてしまった。何もかもを創造しなければいけない。手の中にある地図は もう何年も前のものだ」 パフォーミングアーツを愛する方は 私がここに呼ばれていて良かった と思いませんか?(笑)(拍手)
5 16世紀の宗教改革のような変革の時期にいる
私は パフォーミングアーツが 絶滅に瀕していると考えるよりも 16世紀の宗教改革のような変革の時期にいると 捉えたいと思います。芸術の変革は 宗教改革と同じように 技術によって拍車がかけられています。実際のところ 宗教改革では 印刷機が変化を先導しました。どちらの改革も 激しい議論と 内部の自信喪失と 時代遅れな体制の大規模な再構築が 基礎となっています。そして本質的に どちらの改革も このような問いを提起しています。行う権利を持つのは誰か? なぜそれを行う権利があるのか? 神秘性や霊性を 経験するために 誰か仲介者が必要なのか?
ワイアード誌の編集長で『ロングテール』の著者である クリス・アンダーソンは このことを最初に問題提起した人だと思います。彼は何年も前に インターネット WEBテクノロジー 小型カメラの出現により 芸術的創作の手段が 人類の歴史上で初めて 民主化されたのだと 書いています。1930年代 映画を作りたいと思ったら誰でも ワーナーブラザーズかRKOで働く必要がありました。そうでなければ 誰が 撮影 照明 編集 記録などのための機材を 用意できたでしょうか? しかし今 映画を次々に制作している14歳の少女がいることを この部屋の中で知らない人がいるでしょうか? (笑) 同じように 芸術の配給の手段も 人類の歴史の中で 初めて民主化されました。1930年代ではワーナーブラザーズとRKOが配給も行っていました。今では YouTubeやフェイスブックがあります。自らの寝室にいながらにして 世界中へ作品を広めることができるのです。
6 現在では誰もが潜在的な創作者
この2つの変化は 文化的なマーケットに 大きな再定義を引き起こしています。現在では 誰もが潜在的な創作者です。今 私たちが目にしているのは 世界全体が変化している 激動の時代です。観客の数は急速に落ち込んでいます。しかし 詩を書く人 歌う人 教会のコーラスに加わる人 など パフォーミングアーツの参加者は 想像を遥かに超えて拡大しています。このような プロ並みのレベルを持つアマチュアは アマチュアプロフェッショナルとも 呼ばれています。彼らの姿は YouTubeの動画 ダンス大会 映画祭などで 見かけることができます。彼らは 芸術が持つ可能性に対する 私たちの認識を大きく押し広げる一方で 伝統的な芸術機関が持つ文化自治権に 異議を申し立てその力を弱体化させています。突き詰めると 私たちは 消費ではなく 参加によって特徴づけられる 世界に生きていると言えます。
7 アーティストが経済的に尊厳を持った生活を送るための最高の機会を提供
しかし私は はっきりと申し上げます。宗教改革が 教会組織や司祭という存在に 終わりを告げたのではないように 芸術機関は これからも 重要な意味を持ち続けます。アーティストが経済的に尊厳を持った生活を 送るための最高の機会を提供します。贅沢ではなく 尊厳です。また ある程度の資金や人員を使いこなすことができ それを望んでいるアーティストが 拠点とすべき場所でもあります。しかし 芸術団体が アートのコミュニティの全てであると 捉えることは 間違いなく短絡的です。私たちは確かに アマチュアとプロを 対極的なものと考えてしまいがちです。しかしこの5~10年の間に 非常に面白い変化が起きています。プロの中で コンサートホールや舞台で活躍することを 活動の中心に置くのではなく 女性の権利 人権 あるいは地球温暖化問題や エイズ救済などのために 力を注ぐアーティストが増えているのです。彼らは経済的な必要に迫られて ではなく 従来の閉ざされたアートの環境では 達成できないことをやるという 自らの深い信念に基づいて 行動しています。
8 プロの多世代ダンスカンパニーのリズ・ラーマンダンスエクスチェンジ
現在のダンスシーンをリードするのは ロイヤルウィニペグバレエ団やカナダ国立バレエ団だけでなく リズ・ラーマン ダンスエクスチェンジ という プロの多世代ダンスカンパニーもあります。ダンサーは18歳から82歳までいて 遺伝子科学者とともに DNAのらせん構造をダンスで表現したり 欧州原子核研究機構の原子物理学者と協同しています。現在のプロの演劇コミュニティにとって ショー演劇祭 ストラットフォード演劇祭だけでなく ロサンゼルス コーナーストーン劇場の存在も 非常に重要です。これは9.11の後に バイア カトリック イスラム ユダヤ それにネイティブアメリカン ゲイやレズビアンのコミュニティなど 10の異なる信仰や信条を持つコミュニティから集まった アーティストの共同体です。参加者の個人プロジェクトに加え 1つの大きな演劇を作り上げ 信条の違いを探り共通点を見つけ出すことで コミュニティの壁を越えた癒しへの 大事な一歩を踏み出すこととなりました。ローデッサ・ジョーンズのようなパフォーマーは 女性拘置所で 囚人が 投獄の苦痛をはっきり言葉にできるようにサポートしています。脚本家や監督は 若者が暴力ではない手段を 見つけられるよう取り組んでいます。他にもまだまだ例はあります。実際 パフォーミングアーツは 絶滅の危機に立たされているというより かつてないほど重要な役割を 持たんとしているのだと思います。
9 芸術は地域経済に欠かせないもの
私どもが長く主張してきたように 芸術は地域経済に欠かせないものです。実際に チケット代に1ドルが支払われると 5ドルから7ドルのお金が 地域経済に入ることになります。レストランでの食事代 駐車代 衣装のために生地を買ったり ピアノを調律したりすること などによる効果です。しかし 芸術は経済にとって 今後 さらに重要になっていきます。特に 今は想像もできないような分野でそうなるでしょう。芸術がiPodやビデオゲームの世界で 中心的な役割を果たすようになるなど 10~15年前に予想した人は ほとんどいなかったはずです。ビジネスのリーダーシップでは 傾聴し 共感をし 変化の方向を示し 他者を動機づける能力である EQ(感情的知性)の重要性が どんどん大きくなっています。芸術はまさにこの能力を さまざまな機会を通じて育みます。
10 芸術は他人に寛容さと好奇心を持って向き合うことを促す
市場のみに目を向けることの過ちや 社会的良心がうまく機能していないことに 私たちは立ち向かわなければなりません。私たちは 個人や国の特徴を形作るために パフォーミングアーツの力を理解し 称賛するべきなのです。特に若者の個性は重要です。彼らは経験をきちんと消化するよりも 感情の衝動に囚われやすいからです。最後になりますが 今 私たちが住む世界では 移民法が退行して重荷となり 恥を売りにしたリアリティTVが盛り上がり アメリカの駅 バス停 空港では 朝も夜も こんな言葉を 繰り返し聞かされます。「皆様 不審な人物や 不審な物を見かけた際は お近くの職員まで お知らせください」 これでは 私たちは隣人を 敵意と 恐怖と 侮蔑と 疑いを持って見るようになっています。
しかし芸術は 人々をまとめ 自分とは違う人々にも 寛容さと好奇心を持って向き合うことを促します。このようなパフォーミングアーツの可能性が 必要な時が人間の歴史上にあるとしたら それはまさしく今です。ここにいる私たちは 私が思うに テクノロジーとエンターテインメントとデザインによってではなく 共通の目的によって 集まっています。私たちは 社会の活力を高め 人々の苦しみを和らげ より思いやりがあり 確かで 共感的な 世界の秩序を作ることに 取り組んでいます。
それを追求して日々努力している皆様には 何を目指していようとも 日常の中にパフォーミングアーツを抱いてほしいと思います。ドリス・デューク慈善財団が 今後にわたり 友情の手を差し伸べることを約束します。ご清聴ありがとうございます。皆様の幸運をお祈りします。
最後に
オーケストラ、ジャズ、モダンダンス、オペラ、劇場などへの情熱。テクノロジーは娯楽時間をめぐる最大の競争相手。文化的な消費行動の前提が変化し、文化と情報技術の根本的な再構築の最中。現在は誰もが潜在的な創作者。アーティストが経済的に尊厳を持った生活を送るための最高の機会を提供する。芸術は地域経済に欠かせないもの。寛容さと好奇心を持って他人と向き合おう。
和訳してくださった Keisuke Kusunoki 氏、レビューしてくださった Wataru Narita 氏に感謝する(2010年2月)。
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