前回は、「素朴な疑問」と政官接触 第二次公務員制度改革への頑強な抵抗についてまとめた。ここでは、人事の一元化による大臣の人事権の強化 第二次公務員制度改革の目的について解説する。
大臣の人事権は強くなるのか
渡辺喜美行政改革担当大臣は、内閣人事庁が判断材料を提供してくれるのだから、大臣の人事権はかえって強化されるとした。実際、大臣の人事権は強力である。渡辺大臣の父、渡辺美智雄氏が大蔵大臣だったとき、ノンキャリアの人を本省局長(印刷局長)に抜擢した。大臣の人事権があれば、こうした抜擢人事も可能なのである。
各省官僚は人事の一元化には抵抗する
内閣による人事の一元化は、各省人事当局にとっては都合が悪いため抵抗する。しかし、諸外国の制度を見ても、政府全体の人材プールから幹部職員を登用する仕組みを設ける例が多い。 例えば、イギリスでは、次官・副次官は、上級公務員選考委員会の選考を経て、内閣府の公務員担当責任者(通常は内閣府次官)が首相に候補者を推薦し、首相が任命している。オーストラリアでは「上級管理職制度」に基づき、局長級(約1900人)の証人、業績管理、能力開発等は「公務委員会」が行う。
官僚のゾンビのような抵抗
4月24日の閣議決定に至るまでも、官僚から凄まじい抵抗を受けている。その痕跡は閣議決定文書中にも見られる。公務員制度全体の改革については「総理の下に有識者からなる公務員制度に関する検討の場を設け」て行われることとなり、官民人材交流センターの制度設計についても、「官房長官の元に置く有識者懇談会の意見を踏まえ」検討されることとなった。 具体的には「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」(座長:岡村正東芝会長)と「官民人材交流センターの制度設計に関する懇談会」(座長:田中一昭拓殖大学名誉教授)の2つの懇談会が設置された。
懇談会をめぐってまたもやバトル
これらの懇談会の人選から、またもや官僚とバトルとなった。各省で行われている「審議会行政」が首相官邸内でも再現されたのである(審議会事務局の「庶務権」が官僚の力の源泉 秘密のアジトはビルの一室参照)。著者と渡辺大臣たちは改革志向がある有識者を集めた。 また、審議過程をオープンにしたこともよかった。首相官邸の会議で審議を動画公開しているのは、この2つの懇談会の他にはない(政府審議会では税制調査会が動画公開しているが会議後1ヶ月しか見られない)。2つの懇談会は、報告書をそれぞれ、2008年2月5日、2007年12月14日に出した。 双方とも報告書を出す前に、官僚の抵抗にあった。例えば「官民人材交流センターの制度設計に関する懇談会」の報告書では「渡りあっせん」の即時禁止の削除要求などである。懇談会という形で外部の有識者を招いて議論しているのに、官僚が事前に報告書の内容に文句を言うのは、いかに「審議会」が役所の隠れ蓑になっているかを示している。
再び国家戦略本部のアシスト
2008年3月13日、自民党国家戦略本部会合がオープンで開かれ、そこで配られた資料から福田首相が渡辺大臣の立場を指示していることを明確に示した。配られたのは、制度の概要を書いた「ポンチ絵」と言われるもので、杉浦正健事務局長が「首相からもらった」と発言したのである。 3月24日、自民党行革推進本部本部長会議では、非公開ということもあるのか、改革に消極的な意見が続出した。しかし、公開で行われた25日、4月2日の行革推進本部では反対意見は少なかった。翌3日、自民党政務調査会審議会(政審)・総務会は公務員制度改革基本法案を了承した。4日に同法案は国会に提出された。
霞ヶ関用語のワナ
霞ヶ関用語のワナとは、複数の解釈が可能な言葉を使い、自分たちに都合のいい法案に変えてしまうことである。例えば、「民営化」という言葉には3つの意味がある。第一が民有・民営という形態をとる「完全民営化」。第二は、NTTやJRの初期の状態のように、政府が株式を所有し、経営形態だけ民営にするのが「特殊会社化」。第三は農林中央金庫のように、政府が根拠法律だけを持つ形態である。 普通の人ならば「民営化」といえば第一に「完全民営化」をイメージするはずだが、それは落とし穴となるのである。
霞ヶ関のつくる落とし穴はまだまだある
こうした落とし穴は、公務員制度改革の最中にもあった。例えば、「押し付け的斡旋を禁止」としながら、天下り先からの要請を受けていれば「押し付け」ではないという解釈である。これに対して、渡辺大臣が「国民の目から見て押し付け的になものはすべて押し付け的」といって、落とし穴をふさいだ。 また、国交省の官製談合が問題になったとき、首相事務秘書官(財務省出身)は安倍首相の国会答弁で「官製談合があった省庁(国交省)には、再就職の紹介についても厳しい対応をする」と言わせようとした。しかし、これをそのまま読むと「国交省以外の省庁は従来通り自由に天下りをやってよい」という免罪符に使われるため、直前で渡辺大臣により修正され、ことなきを得た。 ただし、いつもうまく対応できたわけではない。官民人材交流センターのセンター長は官房長官とする、という規定が官邸官僚によって追加された。これは、国会審議の際、民主党が官房長官の出席を要求し、他の法案も抱える官房長官の時間がとれなくなって、審議未了に追い込みやすくなることを見越した落とし穴であった。
実質的な人事権は事務方にあった
現状、実質的な人事権は事務方にあり、大臣の権限が小さい。その理由は、官僚が法律知識を使って、大臣よりも各省のトップの権限を大きく解釈しているからである。 国家公務員法では「国務大臣」と「各省大臣」という呼び方を使い分けている。「国務大臣」とは内閣総理大臣によって任命されるすべての大臣のことで、「各省大臣」とはそれぞれの担当する省のトップという意味である。国家公務員法では「人事権は各省大臣にある」という記載がされているため、「大臣は役人の人事に介入すべきでない」という暗黙のルールを正当化してきたのである。 さらに、各省大臣よりも内閣府の下に置かれている特命担当大臣のほうが人事権は弱い。例えば、渡辺行革大臣は金融担当大臣も兼務しているが、サブプライム問題に詳しいスタッフを任用しようとしても、内閣府の人事権を握る官房長官と、金融庁長官に拒否されれば無理なのである。
人事リストが増えて大臣の人事権が強化される
内閣人事庁が創設されると、人事リストが増えて大臣の人事権が強化される。従来通り事務次官が作ったリストに加えて、内閣人事庁が推薦するリストも参照することができるのだ。内閣人事庁に100人ほどのスタッフを一括採用し、各省幹部の人材についても一括管理し、外部の人材もリストを作ってプールしておけばいいのである。
キャリアはそれほど賢くはない
キャリア官僚として20歳代では地頭がよくても、その後に最新理論を学ばず、実務経験も積まなければそれも劣化する。例えば、経産省の北畑隆生事務次官が、2008年1月25日の講演で「デイトレーダーはバカで浮気者」と語ったが、これは資本主義を否定するものである。実際、北畑発言が英文で報じられた途端、株価は600円以上、下がった。
「意気に感じて」働ける仕組みを
内閣人事庁が創設されて、民間から官僚社会への出入りがもっと柔軟になれば、多様な経験を持った人材が集まる。例えば、若いうちは外資系企業で一稼ぎし、その後、官僚として国の政策にかかわってみたいという者もいるだろう。 また、理系のスペシャリストの活用も重要である。官庁の採用は、理系は技官として採用されるので、昇進するにつれ文系の事務官しか残らなくなる。技官は地方にいくか天下りするしかないのが現状である。さらに、もし厚労省の年金局長や社保庁長官が理系の年金数理のスペシャリストだったら、悲惨な年金記録問題を招くことはなかっただろう。
天下り全面禁止は民主党案の欠陥
民主党案の天下り全面禁止は欠陥を持つ。現在の公務員制度問題の本質は、年功序列の人事体系と各省庁による天下りのあっせんにある。天下りを全面禁止にすれば、公務員は再就職できないのだから、全員が定年まで役所にしがみつくことになる。年功序列の下で、みなが定年までいれば、結果的に人件費が巨額になるだろう。 また、現在でも国家公務員に対しては、2年間の再就職制限がある。この規定は、公務員が現職にいるうちに、勝手に再就職先を探すことを防ぐためにあるのだが、実は「再就職制限があるから、天下りも仕方ない」というのが本音である。しかも、この2年間の再就職制限をクリアするには人事院の承認を得なければならないが、役所のあっせんを受ければなぜか人事院の承認は必要ない。そもそも、公務員の再就職制限をなくして、在任中の就職活動を禁止すればいいだけである。
人材バンクは天下りバンクではない
人材バンクは天下りバンクではなく、公務員の「市場価値」を測る機能を持つ。その存在意義は、役人に市場価値を自覚してもらい、能力主義への移行をスムーズに進めることである。 どの党が政権についたとしても、公務員制度改革を成功させ「官僚内閣制」を打破しなければ、日本の未来は暗い。党利党略を超えて、公務員制度改革は成功させなければならないのである。
最後に
内閣人事庁(内閣人事局)の創設で人事を一元化すると、人事リストが増えて大臣の人事権が強化される。事務次官が作ったリストに加えて、内閣人事庁のリストも参照することができるのである。多様なブレーンを揃えよう。 次回は、内閣一元管理、政官接触、キャリア制、労働基本権が争点 壮絶な国会論戦についてまとめる。
![]() |