「日銀よ、透明性と説明責任に向けた改革を恐れることはない」著者は語りかける。ここでは、岩田規久男『日本銀行は信用できるか』を7回にわたって要約し、透明性と説明責任を負う日銀改革の必要性について理解する。第1回は、日銀の金融政策の決定者。
日本銀行の金融政策は信頼できるか
日本銀行(以下、日銀)は日本で唯一、合法的に銀行券を発行できる機関である。日銀はこの特権を基礎にして、銀行間の貸借金利や銀行が日銀に預けている預金(日銀当座預金)の量などをコントロールすることができる。このコントロールが日銀の金融政策である。
日銀の金融政策によって、預金金利、銀行の企業貸出金利や住宅ローン金利、社債や国債などの債券の金利など各種の金利、さらに株価や地価などの資産の価格や為替レートが変化する。こうした金利や資産価格や為替レートの変化は家計の消費や貯蓄、住宅投資や企業投資、輸出や輸入を変化させ、これらの変化により生産、雇用量、失業率、国民所得、物価なども変化する。しかし、金融政策の波及経路について理解しにくいため、金融政策には関心が示されにくい。
例えば、デフレになったのは中国から安いモノが大量に輸入されたからだとか、ITなどの技術進歩のためであるという説明の方がわかりやすいだろう。しかし、この説明では日本以上に中国から安いモノを輸入し、日本以上にIT革命が進んでいる国がデフレになっていないという事実を説明できない。そのため、たとえ日銀が金融政策を誤ったとしても、その「説明責任」を負わないように運営されていることが問題の根幹にあることがわかる。
本書では、日銀の金融政策の成果を改善するために、金融政策が国民に信頼されるための施策について述べていく。日本でも政府が日銀の達成すべきインフレ目標を決定し、日銀を国民がガバナンスする仕組みを作れば、日銀の金融政策は国民に信頼されることになるだろう。
どんな人が日銀総裁になるのか
日銀の初代総裁は吉原重俊である。1882年10月から死亡するまでの約5年間で、前職は大蔵少輔(現・財務事務次官)であった。それ以後、日銀総裁には三菱財閥系のビジネスマンか大蔵省出身者がつくのが慣例になった。日銀生え抜きの総裁第一号は井上準之助である。井上は1919年からの約4年半と1927年からの約1年間、2度にわたって総裁を務めた。
出身大学を見ると、宇佐美洵(慶應義塾大学)と速水優(東京商科大学予科・現一橋大学)以外はすべて東京大学である。東大卒のうち、山際正道と白川方明だけが経済学部卒で、それ以外はすべて法学部卒である。こうした例外を除くと、日銀総裁になるための条件は「東大法学部卒業」である。この条件は財務省の事務次官人事と同じである。
なぜ東大法学部出身者が日銀総裁になるのか
例外的事情がない限り、東大法学部卒でも日銀総裁になれるのは、トップの成績で日銀に入行した人である。その理由は明らかではないが、おそらく日銀も財務省も「前例主義」を原則とする官僚組織であるからであろう。前例主義に従って理屈をつくり、内部から文句が出ないように組織をうまくまとめ、組織の利益を増大させる能力こそが官僚のトップに要求される能力である。
エリートは企画局で能力を磨く
日銀の将来の幹部候補は企画局に配属される。企画局は「通貨および金融の調節に関する基本的事項の企画・立案」が仕事である。企画局に配属されたエリートは、調査統計局や金融機構局などの他の局の仕事も経験する。しかし、それは他の局の仕事に精通することが目的ではなく、企画局に戻ったときに仕事をする上で必要な知識を習得したり、他の局の仕事に注文を付け企画の仕事をやりやすくするためである。
金融政策は企画局で作られる?
日銀の金融政策は、金融政策決定会合で多数決によって決定される。しかし、中原伸之審議委員が退任して以来、金融政策決定会合はほとんど全員一致で決定している。つまり、金融政策は企画局がつくったシナリオ通りに決まっていると考えられるのだ。
政策委員会のメンバーの資質を確保する条件
政策委員会のメンバーの資質は、以下の2つの条件を満たす人でなければならない。1つは、新日銀法にあるように「経済または金融に関して高い識見を有する者その他の学識経験のある者」という条件である。もう1つは、経済または金融に関して高い識見その他の学識経験に基づいた意見だけを述べ、その意見を貫く力量を持っているという条件である。
不適切な政策委員会委員の選出
審議委員は中原伸之元審議委員が指摘するように、事実上、女性枠、産業(非金融・証券業)枠、金融・証券業枠、学者枠などと固定的な選別になっている。これは、業界・学界からまんべんなく審議委員を選ぶという官僚的選出方法で、「経済または金融に関して高い識見を有する者その他の学識経験のある者」から選ぶという精神と相容れない。また「元財務省官僚であるから」といった判断基準もふさわしくない。さらに、総裁・副総裁・審議委員の再任も特に業績評価がなく、理由も明らかにされないまま再任されていることも問題である。
学識経験の軽視
日銀の政策委員会と米国のFOMC(連邦公開市場委員会)のメンバーの経歴を比較すると、日銀の政策委員会のメンバーは学識経験が軽視されていることがわかる。具体的には、日銀の政策委員会のメンバーの学歴は学士が主流で、1つの組織・会社に属して仕事をしてきた人が主流である。反面、FOMCのメンバーは大学院博士号取得者が主流で、複数の金融関係のビジネスや政府の政策に関する調査・立案の委員などを経験している人が主流である。
FOMCと比べて貧弱な委員に関する情報
また、日銀の政策委員会委員の経歴情報は貧弱で、具体的に何を経験し、どういう知識を蓄積してきたのかがわからない。一方、FOMCメンバーの経歴情報は詳細に書かれている。こうした違いが生ずるのは、そもそも日銀の政策委員会のメンバーには「経済と金融に関する深い学識経験」を求めていないといえる。
正統派経済学軽視は日銀だけの特徴ではない
正統派経済学軽視は日銀だけの特徴だけではない。例えば、建設省(現・国土交通省)の都市計画審議会や住宅宅地審議会、さらには年金・医療・介護の分野である。前者では、都市経済学や住宅経済学の専門家は1人いるかいないかで、不動産業や住宅産業などの業界代表や建築・都市工学の専門家などが主流であった。後者では、鈴木亘学習院大学教授が述べているように、日本の年金財政は年齢階級別の負担と受益が非常に不公平になっているのだ。
経済学は「土地のような希少な資源をどういうモノやサービスの生産のために使えば、国民の福祉が最大になるか」を研究する社会科学である。その学識を軽視する日本は、様々なツケを払わされているのだ。
最後に
日銀の金融政策は「東大法学部卒」であることを最優先とし、経済学の学識を軽視してきた。金融政策決定会合が全会一致で採択されてきたことから、日銀企画局が金融政策をリードしている疑いがある。経済学は国民の福祉を最大にする最適解を研究する社会科学。その識見をムダにしてはならない。
次回は、ゼロ金利でもやることはたくさんある FRBと日銀の伝統的金融政策についてまとめる。
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