「デフレの原因は人口減少という主張は、人口増加率とインフレ率のグラフを描けば反証できる」著者は喝破する。ここでは、高橋洋一『日本国の深層』を4回にわたって要約し、隠された97%の真実をグラフによって明らかにする。第1回は、政治のウソ。
1 ギリシャと日本は年金給付水準と国有資産が大きく違う
ギリシャを例に出して増税を迫った菅総理の間違い
2010年、当時の菅直人総理が街頭演説で財政危機にあるギリシャの例を持ち出し「誰が一番被害を受けるか。ギリシャで最初にやられたのは、年金と給料のカットなんです」と言った。しかし、これには前提となるギリシャの年金給付水準と公務員の人数・給与水準が考慮されていない。
所得代替率(現役のときの所得の何割をもらうか)に関するOECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本は34%、G7(除く日本)は46%のところ、ギリシャは96%と、ほぼ現役の所得と同じ額の年金をもらえるのだ。さらに、ギリシャの4人に1人は公務員で、その給与も民間の1.5倍なのである。
これまでギリシャの年金問題があまり顕在化しなかったのは、ここ10年間の平均名目成長率が7.3%と高かったからだ。一方、日本は0%でG7(除く日本)は4.3%である。つまり、日本の財政問題は、名目成長率の低さに由来する税収不足なのだ。
デフレ下の消費税増税は「クレイジー」
レスター・サロー名誉教授(マサチューセッツ工科大学)は「デフレ下の消費税議論はクレイジー」というが、その通りである。マスコミは「欧州は財政再建に乗り出している」などと書き立てるが、独自の金融政策のできる国とできない国(ユーロ加盟国)では事情が違う。また、イギリスは間接税の引き上げを行ったが、その前に金融政策によってデフレ克服をしているのである。
増税の前に700兆円ある資産を売却せよ
国の借金が1000兆円あるというが、資産も700万円ある。増税の前に、それをまず売却すべきだ。少なくとも、350兆円の金融資産(500兆円—年金積立金150兆円)はすぐにでも売却できる。それらは天下り法人への資金提供なので、売却によって天下り法人も廃止できる(日本の純債務は300兆円にすぎない 日本の資産と負債参照)。
2 名目GDP4%成長で増税の必要はない
民主党も自民党も変わらない成長目標
民主党の2009年のマニフェストには経済成長戦略の記述はなかった(政権交代後は名目成長率2%)。一方、自民党は「10年度後半には年率2%の経済成長」「10年で家庭の手取りを100万円増やし、1人当たり国民所得を世界トップクラス」と書いていた。しかし、これは「名目2%の経済成長で10年間の所得を2割増」と同じである。つまり、民主党時代も自民党時代も、変わらない経済成長なのだ。
収支均衡まであとわずかに迫っていた小泉政権
小泉政権時の基礎的財政収支は22兆円改善(28.4→6.4兆円)し、日本の財政赤字解消まであとわずかにまで迫った。名目成長率4%ならば、増税なしで10年後には基礎的財政収支の黒字化が達成できるだろう。
名目GDPの成長率で決まる増税
名目成長率2%では、基礎的財政収支は改善しない。この場合、10年の間に少なくとも20%以上の消費税増税が必要になるだろう。増税が必要かどうかは、名目4%成長ができるかがカギである。
3 ジニ係数で見れば小泉政権で格差は縮小した
「小泉政権で格差が拡大した」のは本当か?
「小泉政権で格差が拡大した」は単なる印象論である。OECDの調査によるジニ係数(1に近いほど格差が大きく、0に近いほど格差が小さい)で見た日本の所得格差は、G7の平均程度であることがわかる。しかも、2000年から2000年代半ばにかけては格差は縮小傾向だ。
また「行き過ぎた市場原理主義」のようにもいわれるが、OECDの調査によると、日本の規制レベルもG7の平均程度であることがわかる。さらに、雇用者数も小泉政権時代には100万人増加しており、リストラによって失業が増えたというのも印象論にすぎないことがわかる。
「強い財政で強い経済・強い社会保障」は絵に描いた餅
「強い財政で強い経済・強い社会保障」とは、増税で政府が得たおカネを社会保障に投資することで、強い社会保障と強い経済になるという意味である。しかし、これは絵に描いた餅である。所得再分配によって成長するということだが、そもそも投資の乗数効果は1程度であり、ほとんど効果はないのだ。
4 日本の公債依存度はアメリカやフランスより低い
小泉総理の「大したことではない」の意味
小泉総理は新規国債発行額の「30兆円枠を守る」といったマニフェストを破った際に「大したことではない」と言った。これは公約を杓子定規に守って国民生活が悪くなっては元も子もないという意味だ。さらに重要なのは、新規国債発行額自体、ある程度会計操作できる数字であるため、公約達成は容易なのだ。
10兆円以上かさ上げされた新規国債発行額
国債費20兆円のうち、約10兆円は債務償還費というものである。これは借金を返すためにさらに借金を増やすという「賢くない手法」である。そもそも必要のない資金のため、これをなくせば10兆円以上も新規国債発行額は減らせるのだ。この実質の公債依存度を主要国と比較すると、日本はアメリカやフランスよりも低いのである。
5 国有化された郵政は必ず破綻する
はっきり見えていた郵政破綻
政局論と政策論は相互に連携しないと大きな改革はできない。小泉改革の代表である郵政民営化も、政局論として旧田中派の利権つぶしといわれていたが、政策論として国営のままでは郵政の破綻がはっきりと見えていたのだ(郵便、貯金、保険、窓口という4分社化の経緯と予測 郵政民営化参照)。
鳩山政権が次々に進めた「国有化」
鳩山政権が進めた「国有化」には、以下の4つが挙げられる。①郵政民営化の見直し、②政策金融機関の完全民営化撤回、③道路公団の高速道路無料化、④日本航空の再建への介入である。
民営化しないと十数年で確実に破綻
郵政は民営化しないと十数年で確実に破綻する。その理由は、国有のままでは業務拡大ができないからだ。特に金融機関の場合、国有のままで業務拡大するとひどい民業圧迫となってしまう。結果として利回りの低い安定資産である国債で運用せざるを得ないのだ。国有化された郵政の末路は、以下の4つにまとめられる。
- 運用拡大(成功)でも民業圧迫を理由にWTO(世界貿易機関)から提訴。(失敗すれば)国民負担増
- 限度額引き上げでさらなる国債買取で御用機関に。国民負担増
- 現状維持で国債引受御用機関のまま国民負担増
- 限度額引き下げで国債引受御用機関の役割は縮小するが国民負担増
国有のままでは年間最大1兆円の国民負担
政策論としては、国有のままであれば民業圧迫になるか、年間最大1兆円の国民負担が避けられない。また、郵政の非正規社員を正規化すると、さらに2000億円が加わる。1998年の財投改革の時代に逆行してはならない。
6 為替介入の効果は限定的
菅財務大臣の発言に財務省があわてた理由
菅財務大臣の発言に財務省があわてた理由は、為替相場の見解について答えたからだ。為替の適正水準について口先介入にすぎない見解を述べることで、政策の信頼性が失われる可能性があるからだ。
為替水準を変える2つの方法とは?
為替水準を変える手段は、為替介入と金融政策である。現在の為替理論では、3ヶ月以内の為替の動きについては大臣の発言や為替介入の効果はあるが、3ヶ月以上から数十年の長期で見ると二国間の金利差や物価上昇率の差で決まってくると言われている。しかし、日本の外貨準備高は突出して高く(120兆円超)、変動相場制にもかかわらず為替介入で円相場を調整しようとしている。一方、他の先進国は金融政策によってマイルドなインフレ率を目標としているため、結果として中長期的な為替変動は生じないようになっているのだ。
7 日銀の金融緩和不足による円高
「円高ではなくドル安」は本当か?
「円高ではなくドル安」は誤りである。各国通貨の対円レートの推移を見ると、すべての通貨において円高傾向だからだ。一方、各国通貨の対ドルレートの推移は、明らかなドル安は円、スイスフラン、豪ドル、人民元のみで、ドル高の通貨もある(英ポンド、韓国ウォン、メキシコペソ)のである。つまり、金融緩和をすれば円高に対応できるのである。
日銀の「包括的緩和」は国際基準の「緩和」ではない
日銀の「包括的緩和」は過去より通貨が増えるという日本基準でしかなく、他国通貨より相対的に増えるという国際基準の「緩和」ではない。国際基準で「緩和」になっていないのは、円安にならなかったことで明らかである。
ユーロが中国と組む日
国際通貨問題は、国際経済と国際政治が組み合わさる大きな話だ。今の基軸通貨はドルだが、ユーロが中国と組んで基軸通貨となろうとする思惑もある。実際、フランスのサルコジ大統領(当時)がIMF(国際通貨基金)のSDR(特別引出権)を活用して、ドルに変わる仕組みを中国に持ちかけたこともあるのだ。
日本に残された秘策
日本も国際ルールの「金融緩和による通貨安はよいが、為替介入による通貨安はダメ」に則り、早期に金融緩和を行うべきである。また、財務省の国際整理基金による10兆円超の国債の買い入れ償却を行えば、その分円安にすることができる。
8 東電解体で電気料金も安くなる
東電の企業年金カットで国民負担を減らせ
東電の賠償額は「東電負担分+国民負担分」という公式で表される。現状の仕組みでは、東電のステークホルダーである株主、債権者、経営者・従業員の負担は少ない。例えば、株式を100%減資すれば、2.5兆円程度も国民負担は減少する。また、一人当たり年間480万円といわれる企業年金までカットすれば、東電負担を数千億程度増やすことができ、その分国民負担が減ることになる。
被害者より債権者を優先する不思議
債権のカットには技術上の問題(一般担保による優先弁済)があるが、担保でカバーされている東電の債務は、負債14.7兆円のうち5兆円しかない。カバーされているとはいえ、人道上の問題を考慮すれば、せめて1.5兆円はカットすべきである(報道された補償額4兆円より)。
また、電力関係の埋蔵金を利用することも検討してよい。例えば、公益財団法人原子力環境整備促進・資金管理センターにある積立金3.3兆円だ。これは、原発の使用済み核燃料の再処理と最終処分にかかるコストに備えたものである。最終処分にかかるコストは残す必要はあるが、再処理の政策を見直すことで積立金を取り崩して賠償に回すこともできる。
日本の電気料金はアメリカ・韓国の2倍以上
電力料金の国際比較を行うと、日本はアメリカ・韓国の2倍以上と高すぎることがわかる。東電を温存し、国民負担が上がるとすると、さらに数%から2割程度高くなる。一方、株主・債権者に負担を負わせ、電力事業を継続しながら東電を解体すると、電力事業への新規参入によって電力料金を引き下げることも可能である。
電力の地域独占は巨額な設備投資が必要なためだが、電力事業を発電と送電に分ければ、最近の技術進歩によって発電には当てはまらなくなった。新規参入によって電話料金や通信料金が下がったように、電力事業でも自由化によって料金の引き下げは可能である(重要なのは誰が負担するか 東電救済に見る発送電分離とエネルギー政策参照)。
最後に
ギリシャと日本は年金給付水準と国有資産が大きく違う。ジニ係数で見れば小泉政権で格差は縮小した。日本の公債依存度はアメリカやフランスより低い。東電解体で電気料も安くなる。前提と数字と原則をグラフから読み取ろう。
次回は、特殊法人、債務残高、金利上昇、厚生年金基金 官僚とグラフについてまとめる。
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