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ルーク・サイスン 私はいかにしてつまらないアートを愛するようになったか

「ルネサンス美術から陶磁器を扱う学芸員になってしまったのですが…」サイスンは語りかける。ここでは、90万ビューを超える Luke Syson のTED講演を訳し、燭台や花瓶のコレクションを愛するようになったきっかけについて理解する。

要約

ルーク・サイスンはルネサンス美術、とりわけ卓越した聖人の絵画や威厳に満ちたイタリアの貴婦人達、つまり「まじめな」アートを扱う学芸員でした。その後、職場をかえて、メトロポリタン美術館の陶磁器コレクションをまかされました。可愛らしく、飾りだらけで、「つまらない」燭台や花瓶のコレクションです。彼の趣味ではありませんでした。理解ができなかったのです。そんなある日のこと…(TEDxMet)

As a curator at the Metropolitan Museum of Art, Luke Syson accesses the richness of European history through sculpture.

 

1 日常の物質界から精神世界に人を導くこと

2年前までは何の問題も ありませんでした。「イコン」がどんな姿をしているか わかっていたからです。これこそイコンの姿です。皆さんもそうでしょうが イタリア・ルネサンス絵画の 学芸員だった私にとって 標準的なイコンです。または こちらも標準的でしょう。レオナルド・ダ・ヴィンチが 魂を込めた優美な作品 ― 『白貂を抱く貴婦人』です。あえて「魂を込めた」と言いましょう。さらに この作品 ― 2点の『岩窟の聖母』です。ロンドンで初めて2点同時に 展示される直前のことでした。

この展覧会の準備は 本当に大変でした。私は文字通り レオナルドに没頭して 3年間 過ごしていたのです。だからレオナルドの事で 頭の隅々まで一杯でした。その3年間で彼から学んだのは 絵画の可能性 すなわち 日常の物質界から 精神世界に 人を導くことです。見えないものも含めた 宇宙の全てを描くのが 画家の仕事であると レオナルドは言っています。彼は その偉業を なんとか成し遂げたのです。彼が表現するもの それは 人間の魂であり 魂の領域に達することができる能力 ― より完ぺきな宇宙を想像できる能力 ― または神の真意を知る能力と 言ってもいいでしょう。だから それが 私が信ずるイコンでした。

 

2 「やっちまった!」

その頃 私は転職先についてメトロポリタン美術館長の トム・キャンベルに 相談を持ちかけました。その内容とは私がキャリアの初期に 大英博物館で取り組んだ ― 三次元の世界 すなわち 彫刻と装飾芸術の世界に回帰して メトロポリタンのヨーロッパ彫刻・ 装飾芸術部門を引き継ぐことでした。ただ かなり忙しい時期で 話は電話で しかも妙な時間にしか できませんでした。結局 一度も訪問せずに 仕事を引き受けました。数年前に訪れる機会はありましたが 別の用事でした。だからレオナルド展が始まる 直前にやっと ニューヨーク メトロポリタン美術館で それまで親しんできた ― ルネサンスの作品を離れ 新しい職場である ― ヨーロッパ彫刻・装飾芸術部門の 様子を見ることができました。

初日にギャラリーを 見て回ろうと思いました。57室もあります。豆の缶詰のようで 見分けがつきません。一番落ち着くイタリア・ルネサンスの エリアから始めて 順に見ていきましたが 時々 迷ったかと思いました。開幕直前のレオナルド展で 頭が一杯だった私が 目にしたのが これです。その時 思いました 「やっちまった!」 私の心に響くものはゼロで 感情が湧いたとしても 一種の嫌悪感だけでした。このオブジェは ひどく異様に見えました。馬鹿げているにも 程があります。しかも さらに悪いことに 同じものが2つもあったのです (笑) それで私は このオブジェが なぜそんなに嫌なのかを 分析するようになりました。この嫌悪感は どこから来るのだろうか? まず 金を使いすぎていて 俗っぽい… はっきり言って成金趣味です。レオナルドは 金の使用を戒めていたので 当時の私には 絶対的なタブーだったのです。さらに 可愛らしい花の装飾が 散りばめられています(笑) そして この忌々しいピンク…極めて人工的な色彩です。自然の中で 実際に目にするものには こんな色合いは ないはずです。このオブジェには チュチュまでついています(笑) けばけばしい派手な足が 花瓶の底についています。これを見て思い出したのが 姪の5才の誕生パーティーです。女の子が全員 お姫様か 妖精に扮してやって来たのです。妖精のお姫様までいました 見ものでしたよ (笑) それで気づいたのです。このオブジェと 同じ精神 同じ胎内から 生まれたのが バレリーナのバービー人形です(笑) そして このゾウです(笑) この風変わりなゾウは 少し奇妙で意地悪な顔つきをしていて グレタ・ガルボ風のまつ毛と 金の牙なんかが ついています。これはセレンゲティ国立公園で 堂々と歩む象とは 似ても似つきません。まるで悪夢に出てくるダンボです (笑)

 

3 18世紀フランス貴族のみじめさを体現している

一方で もっと重要なこともありました。これらのオブジェは 私や ロンドンにいる リベラル左派の友人達にとって 18世紀 フランス貴族の みじめさそのものを 体現しているように 見えたのです。ラベルを見ると この作品は 1750年代の後半に 国立セーヴル陶磁器製作所で 作られた磁器で ジャン=クロード・デュプレシが デザインしました。後に知ったのですが とても優れた芸術家でした。でも私には この作品が 18世紀の貴族社会が ひどくつまらないものだった ということを 端的に表しているように 思えました。私も同僚も いつも こう考えていました。このオブジェを見れば 革命が起こるのも もっともな話だ。それどころか 「革命万歳」とさえ思いました。こんな花瓶を持っていたら 待ち受けるのは こんな運命に決まっています (笑)

 

4 オブジェのテーマは現実逃避

私は その場所で ひどい嫌悪感を感じていました。でも仕事を引き受けてから この花瓶を見続けました。館内を巡るには そこを通るしかなかったのです。私がどこへ行くにも その前を通ります。不可思議な魅力があって 交通事故に目を奪われるのに 似ていました。目を背けられないのです。そのうち こう思い始めました。このオブジェの 正体は何だろうか? それで まず この作品のデザインが 傑作だと 考えようとしました。多少 時間はかかりました。ただ チュチュを見ても 独特の躍動感があります。とても軽やかでありながら 驚くべき均衡を保っています。この作品には そんな 彫刻的要素があるのです。さらに 細心の注意を払って 配置された色彩や塗金と 彫刻の表面が織りなす効果は 本当に見事です。また この作品を 仕上げるには 最低4回は窯に入れる 必要があるそうです。完成までに 失敗につながる場面が 何度もあったはずです。しかも それが1点だけでなく 2点もあるのです。職人は全く同じ花瓶を 2つも作らなければ ならなかったのです。それに これは 役に立たないのでしょうか。元々ゾウの鼻先は ロウソク立てになっていました。両側にロウソクが 立てられていたのでしょう。花瓶に映る 光の効果を想像してください 少し濃淡のあるピンクと 美しい金への効果…きっと室内できらめいて 小さな花火のようだったでしょう。

その瞬間 私の頭の中でも 花火が鳴りました。このオブジェが体現している ― “fancy” つまり幻想という言葉は ファンタジーと語源が同じだそうです。そして このオブジェは 別世界への入り口だという点で ダ・ヴィンチの絵画と 全く同じなのです。これは想像の産物です。18世紀の東洋が舞台の 愉快なオペラや アヘン窟やピンクの象の幻影を 思い浮かべた瞬間に このオブジェが 理解できるようになります。これはまさに現実から 逃れるためのオブジェです。テーマは現実逃避なのです。フランス貴族は 自分たちを大衆と区別するために 意図的に現実逃避しようとしました。

 

5 想像力の回復は始まりつつある

ただ それは現代の感性に 合うものではありません。さらに突き詰めて考えると 私達は皆 モダニズムの勝利に 支配された犠牲者だと 思うようになりました。モダニズムでは 形は機能に ― 機能は形に 従うよう定められています。うわべだけの装飾は 絶対的な罪とされます。貴族的というより ブルジョワ的価値の勝利です。悪い事ではなさそうですが 想像力が奪われる ことだけは問題です。20世紀と同じように こう考える人が多かったのです。信仰は 安息日だけに生じるもの ― 残りの日には 洗濯したり 歯を矯正したりといった 日常生活が続くという考え方です。現代の私達も同じだと思います。空想が許されるのは スクリーンの前だけ ― 映画館の闇の中や テレビの前だけなのです。私達は これらの花瓶が 日常生活の中で表していた ― 常に身の回りにある想像力を 取り除いてきたのです。そろそろ想像力を 取り戻す時かもしれません。

想像力の回復は始まりつつあります。例えばロンドンでは ご覧のように ここ数年で 面白い建造物が現れてきました。SFを思わせる建物が ロンドンを 空想の遊び場に変えています。高層ビルからの眺めは最高ですが 反対派もいます 「ガーキン(ピクルス)」「ザ・シャード (破片)」「ウォーキートーキー」と あだ名で呼んで 俗世に引きずり下ろそうとします。想像力の旅は 不安をかき立てるから 日常生活には 不要だという考え方です。でも私は このオブジェに出会えて よかったと思っています (笑)

「彼」を見つけたのは ネットで調べ物をしている時でした。その時 彼がいたのです。ピンクの象の花瓶とは違って 一目惚れして 結局 結婚しました。購入したのです。今は私のオフィスを飾っています。19世紀中頃の スタッフォードシャー製です。シェイクスピアのリチャード三世を 演じるエドマンド・キーンです。実は高級な磁器のコピーです。私は美術史のレベルで 彼が持っている 多層性が気に入りました。でもそれ以上に 彼を愛しています。あの時 ピンクのセーヴル花瓶に 出会わなければ あり得なかったことです。

彼のオレンジとピンクの ズボンは素敵です。身なりを整えてから 戦に出かけるように 見える所も好きです(笑) 剣のことさえ 忘れているみたいです。赤い頬は元気がある証拠です。ある意味では 彼は私の分身です。ほんの少し威厳がありますが 総じて俗っぽいですね(笑) それに活気に満ちています。私もそうありたいです。セーヴルのピンクの花瓶のおかげで 彼が私の日常に入ってきました。そしてレオナルドよりも このオブジェの方が オフィスでじっとしている私には 想像という旅の 伴侶にふさわしいのです。皆さんも美術館に オブジェを見に来たり 家に持ち帰ったり 自分で発見したりすることで ぜひ想像豊かな 生活を送ってください。ありがとうございました (拍手)

 

最後に

絵画の可能性は日常の物質界から精神世界に人を導くこと。18世紀フランス貴族のみじめさを体現しているオブジェ。テーマは現実逃避。私達は皆モダニズムの勝利に支配された犠牲者。想像力の回復は始まりつつある

和訳してくださったKazunori Akashi 氏、レビューしてくださった Mari Arimitsu 氏に感謝する(2013年10月)。

メトロポリタン美術館ガイド 日本語版


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