前回は、世界大恐慌は金本位制によって発生し伝播した 金融政策の理論的根拠についてまとめた。ここでは、原油価格が上がったら通貨供給を増やせばいい 個別物価と一般物価について解説する。
ガソリンの値段上昇でインフレになる?
ガソリンの値段が上がったとしても、インフレになることはない。インフレになるかどうかは、日銀の金融政策の行方にかかっているからである。というのも、消費者物価(一般物価)は、基本的には世の中に出回るお金の量によって決まるからである。
個別物価と一般物価
物価には個別物価と一般物価の2つがある。個別物価は、食品やガソリン、運賃などそれぞれの製品やサービスの価格である。この価格は需要と供給の関係で決まるため、需要が弱い業界やサービスの価格はなかなか上げることができない。
一般物価は、個別物価の平均をとったものである。前述のように、一般物価は基本的には世の中のお金の総量で決まる。つまり、国民全体のサイフの大きさで消費総量は決まり、サイフが大きければ一般物価は上昇するし、小さければデフレが続く。
ハイパワードマネー
ハイパワードマネーとは、世の中に出回っている現金と民間金融機関が日銀に持っている当座預金残高の合計のことである。世の中全体のサイフは基本的にはこれで決まる。その上で、どれだけハイパワードマネーを供給するかは日銀が決める。利上げをすればマネーの供給が減って一般物価は上がらず、利下げをすればマネーの供給が増えて一般物価が上がる。
また、二国間で物価上昇に差ができると、低いほうの国は長期的に通貨高になるという為替への影響もある。長期間にわたって購買力平価(マック指数など)を無視して為替が動くことはあまりない。
原油価格が上がったら、通貨供給を増やす
原油価格が上がったら、通貨供給を増やすことで国内の所得減少を埋めることができる。原油に限らず、海外の物価が上がったときには、お金を国内から海外にとられ、国内の所得が減るからである。金融緩和を行うことで、海外要因を国内価格に転嫁することができる。
物価をどうやって把握するのか?
物価の状態を把握するには、以下の3つの指標をもとに景気を判断している。
- CPI(Consumer Price Index:消費者物価指数):製品やサービスなど、家計支出割合の大きいものを600品目ほど選び、それぞれの価格をそれぞれの支出割合に掛けて足したもの。価格は毎月の小売物価統計をもとにした平均価格で、支出割合は基準年(5年ごとに改定)のものを使う。総務省が毎月作成・発表している
- ユニット・レイバー・コスト(単位労働コスト):いわゆる賃金
- GDPデフレーター:名目GDPを実質GDPで割ることで求める物価指数
コア、コアコア
CPIにはコアCPIとコアコアCPIがある。コアCPIは、CPIから生鮮食品を除いたもので、コアコアCPIは、CPIから食品(酒類を除く)とエネルギー価格を除いたものである。これらの指標の意義は、天候に左右されやすい生鮮食品や原油価格の影響を受けるガソリンなどの影響などを取り除き、核となる物価を把握しやすくするためである。
つまり、CPIではなく、コアコアを見ないと物価の状況はよくわからないのである。しかし、コアコアCPIは毎月公表され、GDPデフレーターと似た動きをするため、非常に役立つ指標である。なお、海外のコアCPIは日本のコアコアCPIと同じである。
CPIの上方バイアス
CPIには実態よりも統計数値が大きく出てしまう上方バイアスがある。その理由は、基準年の支出割合に毎月の平均価格を掛けるため、安かった製品やサービス支出割合は低いまま、高かった製品やサービス支出割合は高いまま計算されるからである。また、テレビやパソコンなどは新商品が出ると古い商品の値下がり幅が大きいため、1.8%の上方バイアスがあると指摘する経済学者もいる。そのため、CPIは0.5〜1%ほど割り引いてみるとちょうどいいといえる。
日銀の物価安定の考え方
2006年3月の量的緩和解除にあたって、当時の福井総裁から物価安定の考え方として、コアCPI上昇率が0〜2%の範囲にあると初めて数値の提示があった。しかし、バイアスを考慮して1〜3%とするのが、世界の物価統計の常識である。
なお、最近の日銀展望リポートによると、2015年度の消費者物価指数(コアCPI)は前年度比プラス1.9%(消費税率引き上げの影響を除く、中央値)としている。
意図的に上方バイアスを無視した日銀
2006年3月当時の日銀は、意図的にCPIの上方バイアスを無視して量的緩和解除を行った。日銀は、CPIの上昇率がゼロ以上で安定したときに量的緩和を解除するという約束をしていたが、(5年に1度の)改定前の数字でその判断を行ったのである。具体的には、改定後の数字では前年同月比でマイナスだったにもかかわらず、改定前の数字で0.5%ぐらいが続いたため、安定的にゼロ以上と解釈した。
金融政策の失敗以外にデフレの原因はあるか?
一時よく言われたのが「中国から安い製品が流入するから」という中国デフレ論がある。これに対する反論は、アメリカや北朝鮮やミャンマーも同じように中国製品が流入しているが、全くデフレにはなっていない。また、個別物価は安くなっているかもしれないが、一般物価には関係ない。
物価の先行きがどうなるか
アメリカやヨーロッパの金融政策では、物価連動債の流通利回りなど、人々の予想が金融政策によってどのように変化するのかが議論されている。物価連動債とは、2004年に導入された、将来の物価(コアCPI)によって元利(償還額)が決まる10年ものの国債である。物価連動債の利回り(額面価格と購入価格の差額から計算した1年あたりの運用益)と、従来型国債の利回りとの格差を通じて、おおよそのインフレ予想率がわかる。
インフレ予想率とは、事業をしている人が資金を借りて設備投資をしようとするときに考える「将来の物価」のことである。半年後のインフレ予想とハイパワードマネー(当座預金を含む)の対前年伸び率を比較すると、ほぼ同じような動きをするため、関係があると考えられている。
なお、2013年6月5日のロイターによると、日本政府が物価連動債の発行再開で最終調整、今秋にも3000億円と、5年ぶりに物価連動債を発行する方針となった。発行再開に伴って市場の厚みが増せば、金融市場の物価観をより反映できるだろう。
最後に
物価連動債の運用利回りと従来型国債の運用利回りの差が人々のインフレ予想率。インフレ予想率は事業者が考える将来の物価。そしてそもそも年金はインフレ連動しているので、インフレになったからといって目減りすることはない。適正な金融政策はリスクをとって挑戦する人を応援できる。
次回は、目標設定は政府の責任、手段は日銀の責任 透明性を担保するインフレ目標についてまとめる。
![]() |