「ジョン いいか?みんな少しはサイコパスなんだ。あんたも俺も、まあ俺は明らかだが」狂気を装ってブロードムア病院に入院させられたトニーはこう語る。ここでは、80万ビュー及ぶ Jon Ronson のTED講演を訳し、正気と狂気の間にあるグレー・ゾーンについて理解する。
要約
狂気と正気を確実に分ける一線はあるのでしょうか?『サイコパスを探せ! 「狂気」をめぐる冒険』の著者ジョン・ロンスンが,身の毛もよだつような話を通して,正気と狂気の間にあるグレー・ゾーンを明らかにしていきます。(ライブ・サウンドミックス:ジュリアン・トレジャー アニメーション:エヴァン・グラント)
Jon Ronson is a writer and documentary filmmaker who dips into every flavor of madness, extremism and obsession.
1 886ページに374種類の精神障害を掲載するDSM
私は友人の家にいました。彼女の本棚にはDSMマニュアルがあります。これは精神障害を診断するマニュアルで あらゆる精神障害が載っています。 1950年代には薄っぺらな冊子でしたが その後 どんどん どんどん厚くなり 今では886ページもあります。現在374種類の精神障害を掲載しています。
2 自分には12種類の精神障害がある
自分に精神障害があるか考えながら パラパラとめくっていくと 12種類あることがわかりました(笑)。まず 全般性不安障害です。これは予想通りでした。そして悪夢障害 ― これは追いかけられる夢や ダメ人間と言われる夢を繰り返し見る障害です。私は夢でいつも誰かに追いかけられて 「ダメ人間」と罵られます(笑)。 親子関係の問題も抱えています。これは両親のせいでしょう(笑)。冗談です。いや本当です。いや冗談です。仮病もあります。仮病と全般性不安障害を 両方もっているのはかなり珍しいと思います。だって 仮病を使うと不安になるのですから。
3 精神医学に批判的な人に話を聞こう
DSMを読みながら 自分は想像以上におかしいのかと考えたり ― 訓練されたプロ以外自分自身を診断するのは よくないと思ったり ― あるいは精神科医は普通の行動を精神障害と 名づける奇妙な欲求があるのだと考えたりしました。どれが正しいかはわかりませんが 少し興味がわいてきました。だから精神医学に批判的な人に話を聞こうと 考えたのです。それで結局は「サイエントロジー」信者とランチすることになりました (笑)。
4 精神医学は疑似科学だと証明できるかい?
その人の名はブライアン ― サイエントロジストの精鋭チームを率いて 精神医学を片っ端から叩き潰そうとしています。チームの名前はCCHRです。私はこう尋ねました「精神医学は ― いかがわしい疑似科学だと証明できるかい?」。 彼の答えは「ああ 証明できるよ」 「どうやって?」 「トニーに会えばいい」 「トニーって 誰?」 「トニーはブロードムアにいる」 ブロードムア病院のことです。かつてブロードムア刑事犯精神病院と呼ばれた所で 連続殺人犯や 自分を抑えられない人が送られます。トニーが何をしたのかブライアンにたずねると 「大したことじゃない 「誰かを殴ったか何かした後 ― 狂ったふりをして 刑務所送りになるのを逃れようとしたんだ。ただ上手くやりすぎてブロードムアに収監された。彼が正気とは誰も信じないだろう。トニーに会いにブロードムアへ行ってみるかい?」 「ぜひ」と私は答えました。
5 唯一鮮やかなのは真っ赤な緊急ボタン
ブロードムア行きの列車に乗りましたが ケンプトンパークの辺りであくびが止まらなくなりました。犬は不安な時にあくびをしますが それと同じです。目的地に着き たくさんのゲートを通って 健康管理センターに行きました。ここで患者と面会するのです。あのハンプトン・インを巨大にした感じです。桃色 松材 そして落ち着いた色彩でまとめられています。唯一 鮮やかなのは真っ赤な緊急ボタンです。患者が入ってきました。みんな肥満体でスウェットパンツ姿 ― おとなしそうに見えます。ブライアンが耳打ちしました 「投薬されているんだ」 これはサイエントロジストにとって最も忌まわしいことなのですが 私は内心“よかった”と思いました(笑)。
6 ブロードムア病院でトニーと出会う
ブライアンが言いました「トニーだ」。 男が入って来ました。太ってはおらず健康そうです。スウェットではなく ピンストライプのスーツ姿でした。「アプレンティス」に登場するビジネスマンよろしく 男は手を差し伸べました。自分が正気だと 納得させるような服装をしているのだと感じました。
7 「わかってるな?狂った振りをしろ」
男が席につきました。まず本当に狂気を装ったせいで入所したのか聞きました。「そう その通り17で暴行事件を起こしたんだ。裁判まで拘置所にいたんだが 同じ房のやつが言ったんだ “わかってるな? 狂った振りをしろ 自分は狂ってるって言え。そしたら楽な病院に送られる。看護士がピザを運んでくれて PlayStationができる”ってね」 私は方法を聞きました。「精神科医の診察を希望したのさ 映画の「クラッシュ」を見たばかりだった。車をぶつけることで性的に興奮する人たちの話だ。だから医者に “車を衝突させると性的に興奮するんです”って言ったのさ」 「他には?」と尋ねると 「こんなことも言った 女が死ぬところが見たいそうしたら まともになったような 気がするからってね」 その話をどこで仕入れたか聞くと 彼はこう言いました。「刑務所の図書室にあった ― テッド・バンディの伝記さ」。
8 「大きな誤解だ。俺は精神病じゃない」
とにかくトニーは自分の狂ったふりが上手すぎたと言っていました。結局 楽な病院ではなく ブロードムアに送られたのです。彼はここに着くとすぐに 精神科医に面会を申し出て言いました。「大きな誤解だ ― 俺は精神病じゃない」 私は入所して何年になるか聞きました。「元々の刑期なら5年で出られたはずだ。「元々の刑期なら5年で出られたはずだ なのにブロードムアに来てもう12年になる」。
9 自分が正気だと思わせるのは難しい
トニーによれば 自分が正気だと思わせるのは 狂っていると思わせるより難しいのです。「正常だと思わせるには サッカーやテレビみたいな普通の話題を 普通に話せばいいと思っていたんだ。俺は「ニュー・サイエンティスト」を とっていて 最近 ― 米陸軍が爆発物探知用にハチを訓練する記事を読んだ。だから看護士に ― “米軍が爆弾を探すハチを訓練してるって 知ってたかい?”って言ったんだ。ある時自分のカルテを見たら こう書いてあったよ。“ハチが爆薬を嗅ぎわけると信じ込んでいる”ってね」 「奴らは俺の精神状態を知るために 言葉以外の手がかりをいつも探しているのさ。でも正常な座り方ってどうやればいいんだ? 正常な足の組み方は? そんなの無理だよ」 トニーの話を聞いて考えてしまいました 私はジャーナリストらしく座ってるのだろうか? ジャーナリストの足の組み方だろうか?
10 連続殺人犯を避ける態度が狂気の証拠
彼は続けます。「俺の隣にはストックウェルの絞殺魔がいて 反対側には“チューリップ畑”の強姦魔だ。だから怖くなって部屋にこもりがちになった。そしたら それがおかしい証拠だって言うんだ ― 打ち解けず気取ってるってね」 つまりブロードムアでは連続殺人犯を避ける態度が 狂気のしるしなんです。私には彼が正常に見えましたが本当にそうでしょうか?
11 狂気を装う行為が狂気の証拠
そこで彼の主治医のアンソニー・メイデンに連絡し 事情を聞きました。彼によると 「トニーが刑を逃れるため狂気を装ったことは わかっていました。そもそも彼の妄想はありきたりで ブロードムアに来たら消えてしまったからです。それでも私達は彼を診察して サイコパスと診断したのです」 狂気を装うこと自体が サイコパス特有の人を操る 悪賢い行為です。診断表にもあります“狡猾で人を操る” 頭がおかしいと装うこと自体 頭がおかしい証拠です。他の専門家によると ピンストライプのスーツは典型的な精神病質のしるしです。診断表の最初の2項目は “口が達者で一見魅力的”そして“過剰な自尊感情”です。私はトニーが他の患者に近付かないと言いましたが 典型的なサイコパスには誇張と 共感の欠如が見られます。トニーの正常そうに見える部分こそが 狂気の証拠だったのです。狂気の証拠だったのです。彼はサイコパスでした。
12 「サイコパス診断講座に行ったらいい」
医師は言いました。「サイコパスについてもっと知りたければ 診断表を作ったロバート・ヘアが主催する サイコパス診断講座に行ったらいい」だからそうしました。サイコパス診断講座に通って 今では公認の 結構 優秀な サイコパス診断者です。
13 普通の人の1%、CEOや会社役員の4%がサイコパス
ここで統計を紹介しましょう。普通の人100人のうち1人はサイコパスです。ここには1,500人いますから 皆さんのうち15人はサイコパスです。この割合はCEOや会社役員では 4%になるので この部屋に30-40人の サイコパスがいてもおかしくありません。夜中には死体の山が出来ているかも知れません(笑)。
14 最も非情な状態の資本主義は精神病質が具現化したもの
ヘアは理由をこう説明します。徹底した資本主義では 精神病質的な行為が称えられる。たとえば人に共感しないことや弁が立つこと 狡猾に人を操ることなどです。最も非情な状態の資本主義は 精神病質が具現化したものです。私達全員に降りかかる 精神病質のようです。さらにヘアは言いました「狂気を装ったかどうかも怪しい トニーみたいな男は問題じゃない。大した話じゃない 本当の問題は企業の精神病質なんだ。企業にいるサイコパスに話を聞いてみるといい」。
15 あなたの特別な脳についてインタビューしたい
だから試しにエンロンの社員に手紙を書きました。「刑務所にお邪魔して皆さんに面談し サイコパスかどうか診断したいのですが」 でも返事は来ませんでした。そこで方針を変えて “チェーンソー・アル” ダンラップにメールしました。 90年代に会社資産の収奪で利益をあげた人です。弱体化した企業に参入して社員の30%を解雇し 街をゴースト・タウンに変えてきました。今度はこう伝えました 「私の推測ではあなたが特別で ― 恐れを知らないやり手なのは 脳が特殊だからです。その特別な脳について インタビューしたいのですが」 彼は来るように返信してきました。
16 ナルニア国のような豪邸
アル・ダンラップが住むフロリダの豪邸に行くと いたるところに捕食動物の彫刻がありました。ライオンやトラがありました。彼が庭を案内してくれます。ハヤブサやワシもあります。「向こうにはサメもある」と教えてくれました。力強い話し方です。「サメなら もっとあるしトラもある」 まるでナルニア国です(笑)。
17 「新車が手に入ったって、失ったものがあるだろう。仕事だよ」
次にキッチンへ行きました。さて アル・ダンラップは倒産寸前の会社を救うためにやって来て 労働力の3割を削減しました。また彼はよく冗談を言いながら人をクビにしました。こんな話があります。社員が彼に言ったそうです「新車を買ったんですよ」 彼はこう応えたそうです。「新車が手に入ったって 失ったものがあるだろう仕事だよ」。
18 「心理学者ならこう言うでしょう…」
キッチンには彼と妻のジュディ ― ボディガードのショーンが一緒でした。私はこう言いました 「あなたが特別なのは脳が特殊だからだと言いましたよね」 「素晴らしい仮説だ」と彼 「スタートレックみたいだな驚異に満ちた物語ってわけだ」 私は続けて言いました「心理学者ならこう言うでしょう その脳のせいであなたは…」(ぶつぶつと) (笑) 「何だ?」 「あなたはサイコパスなんです いま精神病質の診断表を持っています 一緒に見ていきましょうか?」。
19 過剰な自尊感情?それともリーダーシップ?
彼は気持ちとは裏腹に興味深げでした。「いいだろう」 「まず過剰な自尊感情です」 これには彼も頷くしかないようでした。彼の後ろには巨大な肖像画が掛っていたのですから(笑)。彼は言いました「自分を信頼すべきだ」 「人を操りたがる」と私 「それはリーダーシップだ」 「感情の薄さ つまり 多様な感情を持てないこと」 「くだらん感情で悩みたい奴がどこにいる」 彼は診断表を読み換えていきました。「チーズはどこへ消えた?」みたいにです。
20 私は必死になってサイコパスのレッテルを貼っていた
でもアル・ダンラップと過ごして気づいたのです。彼が普通のことを話したとします。例えば ― 「青少年の非行はだめ」 彼は陸軍士官学校出身だそうですが ウエストポイントに不良は入れません。「結婚を何度も繰り返すのはだめ」 彼は2度結婚しています。確かに最初の妻は離婚届に こう書いています。“彼がナイフで脅してきて 人肉はどんな味だろうと言った”と。でも関係が悪化すると 口論の末に馬鹿なことを口走るものです。それに2度目の結婚は41年も続いています。とにかく そんな普通のことなら 本には載せられないと私は思いました。その時気付いたのはサイコパスの診断を始めて ― 自分が少しサイコパスに近付いたということです。私は必死になってサイコパスのレッテルを彼に貼り 彼の狂っている部分だけを見て診断しようとしていたのです。
21 相手の人格の極端な部分を探していた
さらに気付きました。ジャーナリストとして自分は こういうことを20年間してきたのだ。我々ジャーナリストはメモ帳を携えて世界を駆けまわり 宝石を探します。その宝石とはインタビュー相手の人格の 極端な部分です。我々は中世の僧のように宝石をつなぎ合わせますが ありきたりの物は捨ててしまいます。これがある種の精神障害を過剰に診断することにつながります。小児双極性障害ではたった4歳の子どもが 双極性障害と診断されます。子どもは癇癪を起こすので 双極性障害の診断表でスコアが高くなるためです。
22 「みんな少しはサイコパスなんだ」
私がロンドンに戻るとトニーが電話してきました。「どうして電話をくれなかった?」 私は みんな彼がサイコパスだと言ってると伝えました。「俺はサイコパスじゃない ― 診断表の項目に“後悔の欠如”があるけど 別の項目には“狡猾さ”や“人を操る傾向”もある。だから犯した罪を後悔していると言っても 医者は“サイコパスにありがちな ― 後悔を装う巧妙な手口だ”って言うんだ。奴らは魔法みたいに何でも逆に解釈するんだ」 そしてこう言いました。「審理があるんだ 来るかい?」 私は了解して審理に行きました。
ブロードモアに入って14年とうとう彼は釈放されました。決定理由はこうです。彼を無期限に収容すべきでない。なぜなら診断表でスコアが高くても それが意味するのは再犯の可能性がある という程度だからです。彼は釈放されました 廊下で彼は言いました。「ジョン いいか? みんな少しはサイコパスなんだ あんたも 俺も、まあ俺は明らかだが」 私はこれからどうするつもりか聞きました。彼は「ベルギーに行くつもりだ。好きな女がいるんだが 結婚してる。だから旦那と別れさせるのさ」。
23 トニーは失った時間を取り戻しています
ここまでが2年前の話です。私の本はここで終わっていました。その後20か月はすべて順調でした。悪いことは起こりませんでした。彼はロンドン郊外で女性と暮らしていて、サイエントロジストのブライアンによれば 失った時間を取り戻しています― 不気味な気もしますが いやそうでもありません。20か月経った後 彼は1か月間 刑務所に入りました。彼によればバーで喧嘩になり 1か月 服役したのです。悪いことではありますが 刑期が1か月であればどんな喧嘩であれ そうひどくなかったのでしょう。
24 狂った部分だけで人を評価すべきではない
トニーが電話をくれました。私はトニーが出所したのは正しいことだと考えています。狂った部分だけで人を評価すべきではないからです。トニーは半分だけサイコパスなのです。社会は曖昧さを嫌いますが彼はグレー・エリアです。でもグレー・エリアこそが人の複雑さや 人間性が見えるところ ― 真実が見えるところなのです。トニーが言いました。「ジョン 酒でもおごらせてくれ あんたがしてくれたことに感謝しているんだ」 でも私は出かけませんでした皆さんならどうしていましたか?ありがとう。
最後に
DSM・精神医学が悪いわけでも資本主義が悪いわけでも心理学者が悪いわけでもない。みんな少しはサイコパスなんだから、狂った部分も生かそう。あ、私も友人としてはトニーとお酒は飲まないな。でも仕事としてなら…ストーカー役の俳優としてプロデュースかなw。
和訳してくれたKazunori Akashi 氏、レビューしてくださった Mieko Akai 氏に感謝する(2012年8月)。
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