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産業政策は失業対策 前例踏襲・先送りで価値創造できない日本の官僚

「たとえ首相が辞めても殉職する役人はいない。試験エリートが国家を動かすことこそ日本の不幸である」著者は厳しい言葉で語りかける。ここでは、高橋洋一『官愚の国』(祥伝社)を5回にわたって要約し、「政治主導」を当たり前に行うための対策を学ぶ。第1回は、価値創造できない日本の官僚。

「試験に通ったエリート」に弱い日本人

官僚は難しい試験に通っているという意味でエリート(選良)と言われる。選良という言葉自体は、選挙の洗礼を受けたという意味で政治家を指すことが多いが、政治家とともに「政治エリート」群を構成するのは間違いない。日本人は「試験に通っている」という事実の前には弱い傾向がある。

試験に通りさえすれば官僚になれるというのは、人間の出自に無関係という意味で平等である。しかし、試験に受かる22、23歳で将来が保障されるという、恐ろしいまでの差別性を持っている。

 

官僚の採用試験の仕組み

官僚の採用試験では学歴を問わない。とはいえ、現実に合格するのは大卒か大学院卒が大半を占め(新卒・中退者50%、既卒10%、大学院進学者・卒業者40%前後)、そのうち半分は東大出身者である。例年、2万人以上が申込み、最終合格者は1500人ほどである。

採用試験で問われる能力は「学生時代によく勉強した人間が通る」仕組みになっている。したがって高度な超難問は出題しないし、かつ誰にでも解ける易しい問題も出さない。

 

事前にリークされる「問題の中身」

勉強した人間だけが合格する試験問題とは「勉強しておくべき内容が書かれた教科書名」を、出題される側が先に言ってしまうというものだ。必読教科書は必ず複数用意しておくが、勉強する人はそのすべてをカバーして読むため、勉強量に圧倒的な差がつくのである。

 

著者が出題委員を務めたとき

著者が国家公務員採用Ⅰ種試験の出題委員になったときは、3人1組のチームで問題作成にあたった。試験区分(全部で13)は経済。チームの1人は大学教授で、あとは役所の人間が2人。経産省と財務省の官僚が指名されてチームを組んだ。そのチームに人事院の人間が2〜3人、サポートにつくというものだ。

そこで言われたのが「採用試験は勉強をしたか、しないかをチェックするだけです。勉強する能力のある受験生だったら誰でもいいんです」といったものである。したがって試験問題が教科書に載っている内容に限定されるのだ。

 

合格のために必要な受験テクニックとは

合格のために必要な受験テクニックとは、難しい問題はスキップし、易しい問題から解いていくというものである。例えば、Ⅰ種採用試験で言えば、一次の「教養」で出題されるのは55問。そのうち25問が必須で、残りの30問から20問を選んで解く仕組みになっている。制限時間は3時間である。難しい問題に悩んで、時間をかけて解いたとしても、試験に落ちてしまうのである。

 

キャリア試験で植え付けられる官僚特有の資質

こうした試験で植え付けられる官僚特有の資質は、前例踏襲と問題先送りである。あらかじめ学習していたことの範囲での問題なため、未解決の事柄について何らかの解を導き出す「本当の問題解決能力」は求められていない。また、難問を後回しにする受験テクニックから、難しい問題を先送りする傾向が培われる。

 

天才は、いらない

官僚には秀才は必要だが、天才はいらない。官僚は易しい問題を解く能力に長けているが、常人にはなし得ない発想で新たな価値を創造する能力はない。定型的な問題への対処能力は高いが、新しい問題について対応する能力はないのである。

 

今も残る「脱亜入欧」の遺伝子

明治維新政府の初期から中期段階にかけては、官僚の優秀性が国家に寄与していたといえるかもしれない。それは「脱亜入欧」として近代国家を作るために、外国の文献を読める人間を育てるという意味である。

明治政府は「殖産興業」の知恵と技術を欧米から導入した。そのため官立学校を設立し、語学力のある官僚を養成した。しかし、時代を経て外国の文献がいくらでも手に入るようになり、民間の翻訳能力が高まったことで、官僚の優位性はなくなった。

 

「通産省批判論文」の反響

著者は「日本的産業政策はもはや過去の遺物だ」と題する論考を経済誌に寄稿した。『Economics Today summer 1988』という学術的な季刊誌である。

論考の内容は、通産省の産業構造改善政策について、様々な日本の産業のデータを定量的に分析した上で「もはや意味がない」と結論づけたものである。「しょせんはマーケットの動きにはかなわない」とも書いた。現役の大蔵省の役人が実名で通産省の批判をしたことで、政府の白書などにも取り上げられるなど反響を受けた

 

日本の成長産業は「官」に従わなかった

成長産業を見出し、保護・育成する産業政策は日本独特のものである。しかし、日本の戦後成長の歴史を見れば、結果として産業をダメにしてしまうものが多い。例えば、石油、航空機、宇宙産業などである。逆に、通産省の産業政策に従わなかった自動車産業などは、世界との競争の荒波にもまれながら、日本のリーディング産業に成長している。

産業政策に意味がないと指摘したのは、著者の他に竹内弘高教授(一橋大学)や三輪芳朗教授(東京大学)がいる。前者は、日本の20の成功産業について政府の果たした役割は皆無だとし、後者は高度成長期でさえ産業政策は有効でなかったとされている。

 

なぜ「日本株式会社論」は広まったのか

「日本株式会社論」は1970年代初頭にアメリカで生まれた概念で、国際政治学者のチャーマーズ・ジョンソン氏が1982年に著した『通産省と日本の奇跡』などによって広まった。また、1984年に出版された小宮隆太郎他編『日本の産業政策』で通産省をほめていることも影響している。

しかし、ここまで日本株式会社論に「日本官僚の優秀性」がついてまわったのは「空気」によるものとしか思えない。山本七平氏は『「空気」の研究』で、日本はあらゆる議論が最後にはその場の「空気」によって決定されることが多く、「空気」という妖怪がすべてを統制し、各人の口を封じると述べた。

 

産業政策は役人の失業対策

産業政策は役人の失業政策にはなるかもしれないが、国民のための政策ではない。それは、いわゆる「専務理事政策」から明らかである。

専務理事政策とは、業界の事業者団体(全国銀行協会、日本鉱業協会など)を立ち上げる際に、常勤の「専務理事」に業界の監督官庁からの天下り人事が行われるものである。理事長や理事はたいてい業界の人が非常勤で務めているが、産業政策を行うときには「専務理事」が業界と役所との連絡調整などで活躍するのである。

また、産業政策が有効でない最大の理由は、政府が有望な産業を選べるほど賢くないことである。もし官僚に、将来の有望産業を見極める能力があるのなら、役所のあっせんなどを受けないで、自らその業界に転職する人が多いはずだ。しかし、官僚のほとんどは天下りあっせんを受けている。

 

失われた大蔵省の許認可権

経産省と同様に、大蔵省の力が失われたきっかけは「金利の自由化」である。日本では1970年代後半から段階的に金利の自由化が推進されたが、最終的に1994年、無利子の当座預金を除いてすべての預金金利が自由化された。金利の自由化に合わせて、「店舗の開設」や「商品認可」といった大蔵省の許認可権が失われていったのである。

 

凄まじかった金融機関の接待攻勢

そして、1998年1月に「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」が起きた。大蔵省の官僚が銀行から接待を受けていたというので、刑事事件としてスキャンダルになったが、表に出ない接待は昔からあった。支払いは業者持ちで、料亭で飲めや歌えの大騒ぎというものである。

 

民間業者が役所の仕事を肩代わり

金融業界のMOF担当(対大蔵省折衝担当者)の仕事は官僚から情報を仕入れることだが、役所の仕事を肩代わりもしていた。役所が何かの規則を作るときにお手伝いするのである。著者は自分で行ったが、そのことによって銀行業界での評判が悪くなった。

 

「袖の下」と「誘惑」

ノーパンしゃぶしゃぶ事件の翌年、1999年に「国家公務員倫理法」ができ、官・民の癒着に一定の歯止めがかかった。しかし、権限と利権はコインの裏表のようなものなため、このことに無頓着な役人は袖の下(賄賂)という誘惑に引き込まれやすい。

例えば、理財局国債課では日本国債の入札を行う。政府が国債を売り出し、金融機関が応札する仕組みだ。入札だからどこかで最低落札価格という線引きが生まれる。最低落札価格は入札後に公表されるが、この価格をその公表前に知っておくことで、ライバル社の客を奪うことができるのである。

 

増税政権の陰に有名財務官僚がいた

民主党政権時に増税路線をけん引しているのは財務官僚である。特に、菅直人首相が財務大臣当時の事務次官である丹呉泰健氏の影響は顕著である。その丹呉氏は「大連立論者」渡辺恒雄氏率いる読売グループ入りし、「増税論者」の与謝野馨氏は「連立」どころか菅政権入りした。このように、選挙の洗礼を受けていない「官」による政治運営が、日本ではよく見られるのである。

 

最後に

産業政策が役人の失業対策と言われる理由は、専務理事政策(天下り先確保)にある。キャリア官僚の採用試験の特質から、前例踏襲と先送りの考え方が埋め込まれる。価値創造は民間に任せよう

次回は、公務員も失業保険に加入せよ 中立性はあれど即応性のない日本の官僚についてまとめる。

官愚の国


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