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デフレの原因は人口減少なのか? バランスシートと金融政策

前回は、日本の純負債は300兆円にすぎない 日本政府の資産と負債についてまとめた。ここでは、デフレの原因は人口減少なのか? バランスシートと金融政策について解説する。

1 中央銀行のバランスシート

バランスシートの拡大が金融緩和

アベノミクス以前の円高の原因は、単に欧米と日本の通貨量の差であった。量の多いものは相対的に安くなり、少ないものは高くなるのは自明の理である。中央銀行が通貨供給量を増やして金融緩和をするということは、お金を刷って国債を買い入れることなので、中央銀行のバランスシートの金額全体が大きくなる。この中央銀行のバランスシートの拡大が金融緩和である。

 

買うものは何だって構わない

日銀のバランスシートは右側が日銀券(お金)で、左側がほとんど国債である。日銀にお金を刷らせるには何かを買わせればいいわけで、FRBのバーナンキ議長がいうようにケチャップでもいいのである。

 

各国の中央銀行の比較

以下の表のように、リーマンショック以降、各国の中央銀行が日銀(BOJ)に比べてバランスシートを拡大していることがわかる(なぜ日本経済だけが一人負けなのか)。米連邦準備理事会(FRB)も欧州中央銀行(ECB)も景気対策として通貨供給を増やしたのである。つまり、日銀も海外の通貨当局の動きを見ながら、適正な通貨供給を行っていれば、欧米諸国から非難されるような政府による為替介入は必要ないのである。

 

円高は投資家のリスク回避が原因か?

2010年9月9日に開かれた参議院財政金融委員会に出席した日銀の白川前総裁は、円高の要因について「米国経済を中心に世界経済の先行きをめぐる不確実性が高まる中、投資家のリスク回避姿勢が強まり、相対的に安全な資産である円やスイスフランなどが買われている」と発言している。

しかし、各国通貨の推移と各国の中央銀行のバランスシートの推移で比較すると、スイスフランは相対的な通貨の供給量とは関係ないが、円はほぼ連動しているため、要因が異なるとしか考えられない。つまり、スイスフランは投資家のリスク回避の結果かもしれないが、円高は日銀の金融政策の責任といえる。

 

「円高ではなくドル安」のウソ

「円高ではなくドル安」というのも、各国の通貨を比較すれば明らかにウソだということがわかる。円がすべての通貨に対して高くなっているのに対し、ドルはイギリスポンド、韓国ウォン、メキシコペソにとってはむしろドル高になっているからである。

 

「通貨安競争」のウソ

また金融緩和によって「通貨安競争」が引き起こされるという煽りも見られる。しかし、金融政策は世界の中央銀行が普通に行っていることであり、インフレ目標もFRB(米連邦準備理事会)、ECB(欧州中央銀行)、ニュージーランド、カナダ、イギリス、スウェーデン、フィンランド、オーストラリア、スペイン、韓国、チェコ、ハンガリーなど、多くの国が標準的に採用している

残念ながら、日本国内においては金融政策が批判され、世界から批判される為替介入を行ってきたのである。

 

「日銀、4年ぶりのゼロ金利」のウソ

さらに、日銀は2010年10月5日の政策決定会合で、誘導金利を「0.1%前後」から「0〜0.1%程度」とすることを決定した。この決定を受け「実質ゼロ金利」と報道されたのだが、実はこの「前後」や「程度」というのは5割程度の許容幅があるため、従来の「0.05%〜0.15%」が「0〜0.15%」へと変更された程度のことなのである。

 

市場はシビア

こうした日銀の対応に対して、為替市場は円高に振れるなど冷静である。言葉の表現に反応する株式市場にはにぎわいが見られたが、デフレ下においては実質金利(名目金利—物価上昇率)は下がらないからである。経済に影響を与えるのは実質金利である。

 

金利はすぐには上がらない

インフレ目標や金融緩和によって金利がすぐに上がると煽る者もいる。しかし、企業内に内部留保があるため、長期金利に影響が出るのは通常1年以上経ってからである。これは1930年代の世界恐慌の金融緩和でも金利が上がらなかったことで、実証的に裏付けられている。

仮に1〜2年後に金利が上がったとしてもそのときには給与や不動産価格も上がるし、変動金利でローンを組んでいる人も借り換えなどを行ってリスクヘッジする余裕があるのだ。

 

日本人がノーベル経済学賞をとれない理由

日本の実質成長率(名目成長率—物価上昇率)は、ほとんどの先進国と同じ1.5くらいである。違うのは物価の上昇率だけである。物価の上昇率を上げるのはお金を刷ればよい。この考え方の基礎がノーベル経済学賞を設立したスウェーデン国立銀行にある。

経済学には、お金の量と物価の関係について「貨幣数量理論」というものがある。これは、お金とモノ(財やサービスなど)の関係は、お金が少なければお金が超過需要になり、同時にモノの超過供給になる。モノの超過供給とは、モノがあふれてモノの値段が下がるデフレである。反対にお金が多ければモノの値段が上がるインフレになる。

スウェーデン国立銀行は世界最初の中央銀行として知られ、1931年にスウェーデンを襲った危機に対してインフレ目標を導入し、大恐慌からいち早く抜け出たことで有名である。当時のステファン・イングブス総裁は、次のような貨幣数量式を書いた。

M(貨幣ストック)×V(流通速度)=P(価格)×Y(生産量)

「もしPとYが下がったらどうすればいいか。Mを上げればいい」という単純なものである。この貨幣数量理論は「ワルラスの法則」から出てきたもので、確実に成り立つ原理である(シニョレッジ(通貨発行益)を見落としている量的緩和「懐疑論」の誤り参照)。こうしたシンプルな式を信じられないとノーベル経済学賞はとれない。

 

外貨準備の不思議

金融政策の有効性を考えると、外貨準備(外為特会)を用意している合理的な理由が見当たらない。ただし、1つの仮説としては財務省の国際局の利権である。この円キャリー取引を管轄しているのは財務省の国際局であり、どの金融機関から何を買うか、どの金融機関にいくら預金するかなどを事実上決めている。つまり、この毎年100兆円という大金を動かす際に発生する手数料をもとに、天下りなどの見返りを要求している可能性が高いのである。

 

2 デフレの原因は人口減少なのか?

「人口減少とデフレ」を生データから検証する

「人口減少しているからデフレになっている」と唱える人がいる。こうした言説を生データから検証することで、それが正しいか否かについて判断することができる。

例えば、世界銀行のデータベースから各国のインフレ率のデータを取り、人口増減率、生産人口比の増減、従属人口比の増減などの各人口要因との関係を捉えればよい。人口要因ごとに分けるのは、人口減少という総数の話と生産人口の減少という構造の話を分けるためである。

その後、データを表計算ソフトのエクセルで散布図に書き出す。散布図とは、縦軸と横軸のそれぞれの項目に対応するデータを点でプロットすることで、2項目の分布、相関関係がわかる。正の相関ならば右肩上がり、負の相関ならば右肩下がりの分布図になる。

結果を見ると、デフレと人口減少、デフレと潜在成長率(実質成長率)には相関がないことがわかった。反対に、通貨の増加量とインフレ率には正の相関があった

 

データの扱い方、見方

データの扱い方、見方に際して、高度成長期は例外としてみる必要がある。人口でも株価でも鉱工業生産指数でも、すべてにおいて右肩上がりの成長が起こった高度成長期には、こうした説明はほとんど意味がないからである。

 

言葉の定義があいまい

こうした議論を行う上では言葉の定義を確認したほうがよい。例えば「デフレ」と「不況」を混同していることが多い。デフレ(deflation)は一般物価(消費者物価)の持続的な下落のことで、不況(depression)は経済の全体的な活動停滞のことである。つまり、デフレは単に物価の下落にすぎない

前述したように、人口の増減と物価の変動には何の相関関係も見出せないが、GDPとならば大いに関係がある。なぜなら、GDPは「人口×給料」という集計値だからである。GDPは国民が生み出す富の集計だから、人口が増えれば増加要因になるに決まっている。

デフレという物価や通貨に関わる言葉と、不況という経済活動に関わる言葉を混同しては意味がないのである。

 

最後に

「因果関係があれば相関はある。しかし、相関があっても因果関係があるとは限らない」科学の基礎であり、確率論の基礎である。数学には定義と定理と証明しかない。まず定義をせよ。定義が曖昧では文学になる。数字と論理を正しく使えなければ、真っ当な議論はできない

次回は、年金は決して破綻しない バランスシートで見る民営化と年金についてまとめる。

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