前回は、不動産の値段はどう決まる?年間収益/利回りが世界標準の収益還元法についてまとめた。ここでは、世にも不思議な不動産市場 借地・借家権と定期借家権について解説する。
7 「土地神話」の栄光と悲惨
不動産投資と株式投資のパフォーマンス
日本の不動産を購入した場合(持ち家)とインデックス・ファンドで国債分散投資した場合(賃貸)のパフォーマンス比較を、以下の4つの指標で行う。
- 地価(賃料)と株価:地価の上昇率が株価の上昇率を上回れば持ち家が有利。逆ならば賃貸が有利
- 為替:円高になれば持ち家が有利、円安になれば賃貸が有利
- 金利:下がれば持ち家が有利、上がれば賃貸が有利
- インフレ率:上昇すれば地価も株価も上がり、住宅ローンの実質負担は減るため借金する側に有利。デフレになれば地価も株価も下がり、住宅ローンの実質負担は増える
「土地神話」はなぜ成立したのか
「土地神話」が成立した理由は、戦後地価の上昇率が一貫して高かったからである。そのため、日本社会ではできるだけ早く不動産を手に入れた人が、大きなキャピタル・ゲインを手にすることができた。
人生の勝利者
このような理由から、住宅ローンを借りることができる一部の職業の人が、その他の職業の人に比べて資産運用面で圧倒的に有利になっていたため、「人生の勝利者」ともてはやされていた。例えば、医師・弁護士・官僚・銀行員・大企業のサラリーマンなどである。
高値で不動産を購入したら
バブル期に高値で購入した人の資産内容は破滅的な事態になっている。例えば、1000万円の頭金で5000万円のローンを組み、6000万円の分譲マンションを買った人がいたとする。このマンションは現在2000万円でしか売れない。そうすると、不動産の売却価格が2000万円、投入資金が自己資金+ローン返済額で1億円(平均金利を4%で試算)、得るべき投資利益の逸失分が3000万円(5%の利回りで試算)、家賃分の隠れた利益が3000万円(5%の利回りで試算)として、計8000万円の損失となる。
8 地価が下がる理由
売れない商品
不動産投資の高コスト(取得・保有・売却コスト)以外にも、中古市場が成熟していないという問題がある。新築物件と中古物件の販売構成比は90:10とも言われ、不動産の中古市場が成立しているのは、東京圏のファミリー・タイプのマンションだけとも言われている。
新築至上主義は環境破壊の温床
日本の住宅税制は新築物件に手厚く、中古物件に不利なようにできている。例えば、都内で居住用に1億円クラスの新築マンションを購入する場合は、登録免許税・不動産取得税など合計300万円弱で済むものの、同価格の中古マンションを投資用に購入した場合は3倍近い850万円もの税金がかかるという。これで喜ぶのはゼネコン、住宅メーカー、産業廃棄物処理業者だけであり、環境破壊の温床となっている。
また、日本の住宅の耐用年数は平均30年くらいだが、アメリカでは80年、イギリスでは140年という統計もある。資産価値のない老朽化マンションは、売却することも新たに購入する人もいないため、格安で賃貸に出すほかない。その結果、マンションがスラム化してしまう可能性が高い。
欠陥住宅にご用心
それ以外にも、マンションの購入には欠陥住宅問題がある。地価下落とともに住宅の建築価格が値下がりしたため、建設業者がコスト削減(工期の無理やりの圧縮など)を行い、それに伴って様々な欠陥が発見されたことである。しかし、これまでの法律では、こうした欠陥住宅であっても被害者側が欠陥原因を立証しなければ建設業者に賠償させることができなかった。
住宅版PL法
こうした問題に対応するために生まれた法律が住宅版製造物責任(PL)法である。この法律制定後は、基準を超える欠陥が見つかった場合、立証責任は業者側に課せられることになった。
また、マンションの管理費や修繕積立金における業者と住民とのトラブルもある。例えば、修繕積立金を不当に安くして値ごろ感を演出したり、そのお金を管理していたマンション管理会社が倒産して銀行に差し押さえられてしまったというものである。
9 競売物件は魅力的か
不動産固有のリスク
不動産固有のリスクは動かすことができないという特性にある。例えば、シックハウス症候群で子どもがぜんそくやアトピーになってしまっても、すぐに売却して買い換えることは難しい。他にも、土壌汚染や震災などの災害に対する弱さがある。
ヤクザが仕切る競売会場
競売物件とは、住宅ローンを借りていたり不動産を担保に融資を受けていた人が経済的に破綻した後に、債権者である銀行など金融機関が裁判所に売却を依頼した担保物件のことである。競売物件の人気が高い理由は、最低入札価額が市価より30%程度安く設定されているからである。また、売却するのは裁判所なため、通常3%とされる売買手数料も必要ない。だからこそ、ヤクザが仕切る競売会場とも言われていた。現在は郵送での入札が認められているため、こうした問題は生じていない。
また、競売物件の購入資金も問題であった。入札するためには、あらかじめ入札価格の20%(保証金)を裁判所に納めなくてはならず、さらにそうした資金を得るための融資を受けることができなかった。現在は競売物件にも銀行や公庫の住宅ローンは使えるようになっている。
買ったはいいけど他人が住んでいた
さらに、誰も住んでいないはずの競売物件に他人が住んでいたという問題もあった。例えば、競売物件の一室を暴力団に貸し、短期貸借権を悪用して多額の立退料を支払わせるというものである。
民事不介入の原則
こうした無法に対しては、裁判所も様々な対応をしてきた。担保設定後の短期貸借権では債権者の対抗できないようにする、それでも居座る人間に対しては仮処分による強制執行も可能にするというものである。しかし、正式な賃貸契約を交わした借家人が住んでいる場合、立ち退いてもらうのは簡単ではない。警察も「民事不介入」として、当事者同士で解決してくれという原則がある。
こうした問題が広く知られるようになったため、現在では物件明細書に「短期貸借権あり」とか「貸借権あり」などと書かれているものには、みんな近づかなくなった。また、「管理費等の滞納あり」との記載があれば、新たな所有者が滞納分を支払わなければならないのである。
作業着姿で水道メーターをチェック
競売物件における最大の問題は、現在の制度では入札希望者が事前に物件内部を見ることができないことである。そのため、裁判所の調査官が調べた時点ではわからなかったり、調査後に誰かが入居したりすると入札者はお手上げとなる。プロの業者は、作業着姿で水道メーターをチェックするなど、様々な工夫を行っている。
競売物件を落札した個人のうち、40%が何らかのトラブルを経験しているという。30%程度の価格の安さで元が取れるかは、微妙であろう。
10 借地・借家権という大問題
底地権と借地権
日本では借地・借家人の権利が必要以上に過度に保護されている。いったん賃貸契約を結んでしまうと、不動産オーナーはめったなことでは借地・借家人に出て行ってもらうことができなくなる。
この場合、不動産を所有しているオーナーの権利を底地権、その土地を借りている人の権利を借地権、その土地に建てられた家を借りている人の権利を借家権という。通常、底地権(所有権)の方が借地・借家権よりも優先すべきだが、日本ではこれが反対になっているのである。
「地上げ屋」は悪くない?
地上げ屋とは、不動産の所有者や開発業者に依頼されて、借地・借家人と立ち退き交渉を行う人のことである。これは、不動産所有者と借地・借家人との間で立ち退きの際のルールが決まっていなかったため、交渉代理人として必要とされていた仕事である。バブル期に地価が高騰した理由の1つは、借地・借家人が巨額の立退料を要求したからである。
高額立退料に根拠はあるか?
借地・借家人に高額立退料を手にする権利はない。不動産所有者は購入した時点でリスクを取っているため、不動産が値上がりした際のキャピタル・ゲインを得る権利を持っている。しかし、借地・借家人は単に貸借契約を結んだだけで何らリスクを負っていないため、高額立退料という大きな利益を得る権利はないのである。
現在の借地借家法は、終戦直後に外地からの引揚者や、夫を失った母子家庭などが家主の横暴で住む場所を失わないようにとの配慮から生まれたものである。このような戦後混乱期の臨時立法が、未だに残っていること自体異常である。
無限に拡大された私的所有権
また、日本においては不動産を賃貸する場合の私的所有権を制限する一方で、持ち家として不動産を所有する人の権利を、ほぼ無限に認めていることである。行政当局の説得に地権者が応じず、自分の土地と家にしがみつくことで都市交通を麻痺させているという例が発生している。今の日本に求められているのは、私権と公共性を調整するルールづくりである。
11 定借住宅と定期借家権
貸し不動産はレンタル・ビジネス
家を借りることは金銭(家賃)を払って商品(住宅)の使用権を買うことで、TSUTAYAでDVDを借りるのと全く同じレンタル・ビジネスである。しかし、敷金・礼金システムなど、貸す人よりも借りる人の方が不利な条件を負わされがちである。
借地権のリスク・プレミアム
その理由は、前述の強い借地・借家権が存在するからである。家主にとっていったん誰かに不動産を貸してしまえば、次にいつそれを取り戻せるかわからない(リスク・プレミアム)。そこで、日本の賃貸住宅は確実に入居者の退去を見込むことのできる学生向けの賃貸アパートや、単身者向けのワンルーム・マンションばかりになってしまったのである。
強すぎる借家権なんていらない
日本の賃貸住宅は、家主側のリスク・プレミアムの分だけ割高になっている。例えば、礼金(通常、家賃の2ヶ月分)や香辛料(通常、2年に1回、家賃の1ヶ月分)という余分なお金がとられる。
また、日本の賃貸住宅は入居者に確実に出て行ってもらえるよう、意図的に不快に設計されているともいえる。前述の学生向けやワンルーム・マンションが多いというものがそれを物語っている。
定借住宅の登場
こうした借地・借家権の乱用による不動産賃貸市場の歪みを是正するために考えられたのが、1993年に導入された「定期借地権付住宅(定借住宅)」である。これは、借地権者に無限に近い権利を認めるのではなく、契約によって借地期間を制限する代わりに、これまでよりも地代を安くして長期に貸し出すという制度を利用した住宅である。こうした定借住宅は、標準的な50年の借地契約で不動産を購入して所有権を得るのに比べて、40〜50%程度安くなる。
定借住宅は、50年後には更地にして土地を地権者に返さなければならないため、その時点で資産価値はゼロに戻る。前述の収益還元法によってその価値を計算すると、理論上は分譲住宅の10%引程度にしかならない。この価格差を心理的な「所有権プレミアム」といい、どうしても持ち家にこだわるならば定借住宅が有効な選択肢になる理由である。
定期借家権という試み
この定期借地権と同じ発想で99年11月に成立したのが「定期借家権」である。これは強すぎる「借家権」を制限し、一定期間後に退去することをあらかじめ決めた上で、通常の「借家権」に基づく賃貸物件よりも安く貸し出そうというものである。この「定期借家権住宅」も流通市場が整備されれば同種の賃貸物件に比べて20〜30%程度安くなる(借家権のリスク・プレミアム)。
敷金・礼金・更新料の根拠
敷金は保証金(退去時の保全など)の一種であるためある程度の根拠はあるが、礼金・更新料には何の根拠もない。アメリカではこのような制度はなく、1ヶ月分の家賃を前払いするだけで入居が可能である。敷金は一時的に家主が入居者から預かる資金であるため、いわば入居者から家主への融資といえる。
敷金をめぐるトラブル
敷金の返済をめぐっては業界の間で大まかなガイドラインがあり、解約時に敷金の20〜30%が取られる。しかし、「敷金は金利分を上乗せして退去時に全額返済し、必要な修繕は入居者の責任で行う」としたほうが、家主と入居者の関係はずっとすっきりする。入居者が家主に修繕を任せたり、必要な修繕をしようとしない場合に限り、敷金からの充当を認めることにすればいいだろう。
賃貸契約は不平等契約
たいていの賃貸契約書には、家主側に家賃の値上げ交渉を行う権利があることが明記されているが、借り手側に家賃の値下げ交渉を行う権利を認めたものはない。こうした不平等な契約は明らかに法に反している。いずれは一般の賃貸住宅でも、地価に応じた価格交渉が可能となる時代がやってくるだろう。
12 すばらしき賃貸生活
不動産は値上がりするのか
いわゆるアベノミクス効果によって、円安株高で不動産市場も活気が出てきている(2013年5月現在)。しかし、中短期的には税制面で特典がなくなった農地の宅地転用などで不動産の供給増が続き、長期的には少子化による人口の減少から、不動産は値下がりする可能性が高い。
金利が上がれば地価は下がる
収益還元法においては、金利が上がると賃料が上昇するか地価が下落するかして、還元利回りも上がることになる。しかし、借地・借家権問題などがあり、すぐに賃料を上げるわけにはいかない。そのため、地価が下がるしかない。
明治人のライフスタイルを見よ
このように考えると、現在の経済環境では賃貸生活を続けながら金融商品を中心に資産運用する方が、多額の借金をした上で有り金を残らず不動産に注ぎ込むよりも、ずっと健全だという結論になる。明治人のライフスタイルのように、割安で快適な賃貸物件に効率的に転居していく方がずっと合理的なのである。
最後に
「日本人はルールに従うのは得意だが、ルールを作るのは下手」TPP交渉などにおいてもよく言われている。不動産においても、戦後混乱期に決めたルール(借地・借家権)の運用に四苦八苦している歴史がうかがえる。ただし、定期借家権や礼金の減額など、徐々に改善されてきているのも事実。著者たちは「すばらしき賃貸生活」と結論づけているが、最終的には価値観の問題であろう。あなたは住居の所有にこだわりますか?それとも使用にこだわりますか?
次回は、定期保険、配当と解約返戻金、医療保険 生命保険の仕組みについてまとめる。
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