「自分と家族の将来を真剣に考えるとき、必要なのは人生の大海原を漕ぎ渡る海図と羅針盤ではないだろうか」著者は冷徹に語りかける。ここでは、橘玲『世界にひとつしかない「黄金の人生設計」』を10回にわたって要約し、経済的独立を早期に達成するために必要な知識と技術を学ぶ。第1回は不動産。
1 不動産とは何か
不動産は「資産の王様」
不動産は「資産の王様」といわれてきた。それは、これまでの日本人の資産運用が人生のできるだけ早い時期に住宅ローンを組んで不動産を購入し、ローンを返済するというのがほとんどだったからである。しかし、バブル崩壊によって東京都心部ではピーク時の50〜70%も下落するなど、「土地神話」も崩壊した。
動く資産、動かない資産
動く資産(動産)は「不動産以外のすべての有体物」である。例えば、車や貴重品など形あるもので市場で売却可能なものはすべて動産となる。有体物とは、ブランドやのれん代など形はないが資産価値のあるものを抜かしたものである。
動かない資産(不動産)は「土地およびその定着物」である。定着物とは、大抵は建物のことで、山林などでは立木がそれにあたる。
不動産に夢中になる理由
不動産に夢中になる理由は、①商品自体の複雑さ、②固有さ、③人間の所有欲や名誉欲を満足させてくれるからである。不動産は時間の経過による劣化のない土地と劣化をする建物(上物)が混ざっている。土地は株式などと似た性格を持っているが、建物は減価償却の対象になる。また、不動産には同じものが2つとなく、商品自体に当たり外れがあるというギャンブル性がある。さらに、不動産は株や国債と違い、持っているだけで友人や他人に毎日見せびらかすことができる。
2 土地真理教の誕生
「家を持ちたい!」症候群
日本では、30歳を過ぎる頃からほとんどの人が「家を持ちたい」という不思議な衝動に駆られる。その理由は、支払った代償の大きさが自分の判断を正当化するという心理の錯覚だと考えられる。例えば、100円ショップで不要品を買ってしまっても「衝動買いをしてしまった」と冷静に判断できる人が多いが、それが100万円、1000万円の支出だと自分の判断を正当化したくなるということである。
自己開発セミナーのトリック
こうした人間心理をうまく利用したのが、自己開発セミナー(洗脳セミナー)である。当初は受講料が50万〜100万円と高額だったため、その代金を払った人の自己正当化(自己開発)の効果は高かった。しかし、最近では7〜10万円と低額になってきたため、その効果が弱まってきたのである。
失うものが大きければ信仰も強くなる
同じことは、オウム真理教(現・アーレフ)やヤマギシ会(コミューン志向の共同農場)などのカルト団体についてもいえる。これらの団体に入信・入村するときには、全財産を残らず寄付しなければならない。これは日本以外の宗教の世界では常識だが、今まで築いてきたすべての財産を失うという「大きな賭け」をすることによって、宗教心を揺るぎないものにするという目的があるのである。大きくなった宗教心を否定することは自分の人生を全否定をすることになるため、そこから抜けることがとても難しくなるのである。
戦後日本を支配した「土地真理教」の洗脳テクニック
「土地真理教」の信者も、実はこうした人とあまり変わらない。土地真理教の最大の教義は「日本の地価は永遠に上がり続ける」というものだった。この教義に確固とした宗教心を植え付けるものが住宅ローンである。年収の4〜5倍もの借金を背負った人には、全財産を教団に寄進した人と同様に自分の判断を否定することができない。住宅ローンという大きな借金を組ませること、これが戦後日本社会を支配した土地真理教の洗脳テクニックである。
3 バランスシートで見る持ち家と賃貸
持ち家と賃貸はどちらが得か
持ち家と賃貸はバランスシート上全く違いはない。資産を不動産(ストック)で所有する(持ち家)か、有価証券などの流動資産(フロー)で所有する(賃貸)かの違いだけである。優劣は、それぞれの資産が将来にわたってどれだけのキャッシュを生み出せるかにかかっている。
家賃をめぐるセールストークのトリック
「持ち家だと家賃を払わなくて済む。しかも、ローンを払い終われば資産になる。しかし、賃貸だと一生家賃を支払わなければならない。だから家は買った方がいい」こうしたセールストークがよくなされている。ここで重要なことは利回り(1年当たりの利益)である。持ち家の利回りが賃貸の家賃と同じになり、持ち家だとその利回りを自分自身に支払うことになり、賃貸だと大家さんに払うという違いがあるだけである。
リアル・マネーとバーチャル・マネー
家賃を自分に払うのと他人に払うのとでは、経済行為としては両者は全く同じことである。例えば、不動産を他人に貸し出す目的で購入すれば、そこから年間○○万円の家賃収入(リアル・マネー)を得ることができる。反対に、不動産を自分に貸した(住んだ)場合は帳簿上のお金(ヴァーチャル・マネー)になるだけである。このように、購入した不動産を他人に賃貸しても自分で住んでも、同じ利回りを得ることができるのである(もちろん賃貸した場合は市場の動向で変動する)。
キャピタル・ゲインとインカム・ゲイン
キャピタル・ゲイン(売却益)は不動産の値上がり益のことで、インカム・ゲインは不動産の使用価値から生まれる賃貸収入のことである。キャピタル・ゲインとインカム・ゲインの両方を持つ投資商品は、不動産以外にも株式や債券などもあるため、不動産だけが特別優れた投資商品というわけではない。
不動産の保有コスト
不動産だけが保有しているだけでコストがかかる。例えば、固定資産税や管理費、修繕積立金など、様々な維持・管理コストがかかるからである。
不動産の取引コスト
不動産には取得金額の6〜7%もの取引コストがかかる。例えば、不動産仲介業者に対する手数料が3%、不動産取得税(地方税)や登録免許税、登記費用などもかかる。建物部分には消費税も払わなければならない。さらに、この不動産にローンを組んで購入する場合にはローンの保証料などが別途必要になる。反面、債券(国債)取得手数料はほとんどの銀行・証券会社で無料であり、株式の手数料も高くても0.1%程度である。
また、不動産は売却コストも高い。不動産売却時の課税額(2013年5月現在)には、長期譲渡所得(取得期間が5年超)の場合は所得金額の20%(所得税15%+住民税5%)、短期譲渡所得(取得期間が5年未満)の場合は所得金額の39%(所得税30%+住民税9%)がかかる。マイホームの場合の3000万円の特別控除、買い換え特例、10年超所有の特例などはあるが、複雑でわかりにくい。これに対し、株式のキャピタル・ゲイン課税は10%(2014年より少額投資非課税制度(日本版ISA)が始まる)で、債券には課税されない。
買ったとたんに価値が下がる投資商品
不動産は保有しているだけで資産価値が減少していく。土地部分は市場による変化しかしないが、建物部分は時間の経過とともにその価値が劣化していく。原則日本における建物部分は、30年で無価値になってしまうのである。
4 住宅ローンのトリック
不動産営業マンの殺し文句
「こんなに金利が安いんだから、今の賃貸料で家が持てますよ」不動産営業マンの殺し文句はこうしたものである。典型的な初めての持ち家購入パターンは、住宅ローン金利3〜4%、1000万円を頭金に4000万円銀行から借り入れ不動産を購入するというものだ。
BSからトリックを見破る
バランスシート(BS)上の持ち家か賃貸かの違いは、借金をするかしないか(資産運用にレバレッジをかけるかかけないか)ということに尽きる。つまり、営業マンの殺し文句の正確な意味は「自己資金だけで資産運用するより、借金して投資金額を膨らませた方が有利ですよ」ということなのである。借り入れた資金で不動産に投資する必要はないが、「金利の支払い」と「家賃の支払い」という全く異なる支出を同一のものにして比較することで、借りたお金で不動産を購入するほかに選択肢がないかのように論理のすり替えをしているにすぎない。
家を買うのはハイリスク・ハイリターン
このように、住宅ローンを組むことは資産運用にレバレッジをかけることに過ぎず、必然的にリスクは大きくなる。地価(資産価値)が上がればハイリターンとなるが、下がればハイリスクとなるのだ。
住宅ローンを借りるポイント
こうしたリスクを理解しても不動産を購入したい場合には、以下の5つの注意点を覚えておけばよい。
- できるだけ頭金を多くする
- 金利が上昇するという前提で返済計画を立てる
- 「ゆとり償還」を使うのはやめる
- 地価の下落を覚悟しておく
- 低金利のうちにできる限り借り入れ元本を減らす
最後に
持ち家と賃貸はバランスシート上全く違いはない。資産を不動産(ストック)で所有する(持ち家)か、有価証券などの流動資産(フロー)で所有する(賃貸)かの違いだけである。人が不動産に夢中になる理由は、商品自体の複雑さ、固有さ、人間の所有欲や名誉欲を満足させてくれるから。不動産は資産運用の手段の1つに過ぎない。
著書は1999年に発刊された『ゴミ投資家のための人生設計入門』の改題本だが、不動産や生命保険、そして日本の年金と医療保険についてわかりやすく解説されている。データが古いのは否めないが、その仕組みはほとんど変わっていないため、現在でも十分役立つ内容となっている。10日間付き合っていただければ幸いである。
次回は、不動産の値段はどう決まる?年間収益/利回りが世界標準の収益還元法についてまとめる。
![]() |