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ダニエル・リーゼル 修復的司法の神経科学

「事故で損傷を起こした脳に新しく神経回路ができるなら、脳に道徳心を再生させることもできるのではないだろうか?」リーゼルは語りかける。ここでは、50万ビューを超える Daniel Reisel のTED講演を訳し、修復的司法の神経科学について理解する。

要約

ダニエル・リーゼルは精神病質犯罪者の脳を研究しています。彼は大きな問いを投げかけます。「犯罪者を、ただ纏めて収容するのでなく、脳についての科学的知識を用い、彼らをリハビリさせるべきではないだろうか?」というものです。言い換えるならば、「事故で損傷を起こした脳に新しく神経回路ができるなら、脳に道徳心を再生させることもできるのではないだろうか?」ということです。

Daniel Reisel searches for the psychological and physical roots of human morality.

 

1 精神病質者と診断された者達の研究

今日お話ししたいことは 私たちの脳や社会を 変えられるということについてです。彼はジョー 32才の殺人犯です。私は13年前 ロンドンのワームウッド・ スクラブズ刑務所の 厳重に警備された無期刑囚の収容棟で 彼に会いました。この場所を想像して頂くと ワームウッド・スクラブズ(ヨモギの低木) という名の通りの所です。ビクトリア朝後期に 囚人達によって建てられ イングランドの最も危険な囚人 極悪の犯罪を犯した者達が 収容されています。私はそこに彼らの脳を 研究する為に UCL研究チームの 一員としていました。私たちは 英国保健医療省から 研究助成金を受けていて 私の仕事は 精神病質者と診断された者達を 研究することでした。つまり その刑務所の囚人の中で 最も冷酷で攻撃的な者ということです。そんな行動の根源には 何があるのでしょう? 神経学的原因が あるのでしょうか? もし そうだとしたなら 治療法が見つかるのでは?

 

2 「ブザーのことは心配するな。どうせ鳴らないんだから」

それで情動変化について お話ししたいと思います。子どもの頃 常に私は 人が どう変わるか 興味がありました。私の母は臨床心理士で 時々 夜に家で患者を 看ることがあり その時は 母は 居間のドアを閉め 私は想像しました。居間で何か摩訶不思議な事が 起きているのではないかと。5才か6才の頃 パジャマのまま そっと忍び寄り ドアに耳をピッタリくっつけて 座っていたものでした。何度となくそこで眠ってしまい セッションが終わると母たちは 私を押して出なくてはなりませんでした。

そんな私が ワームウッド・スクラブズでの第一日目 警備された接見室に 入って行くことになったのです。ジョーは鉄のテーブルの反対側に座って 無表情な顔で私に挨拶をし 看守も同じように無表情で 「何かあったら、その赤いブザーを押して下さい」 「直ぐに駆けつけますから」と言いました (笑)私は座り 重い金属製のドアが私の背後で ガチャンと閉められました。赤いブザーを見上げると それは反対側のジョーの ずっと後ろにあったのです (笑)私はジョーを見 ジョーは私の心配を読み取り 身を乗り出し 精一杯 私を安心させようと こう言ったのです 「ブザーのことは心配するな。どうせ鳴らないんだから」 (笑)

 

3 扁桃体に欠陥があると感情移入できなくなる

それから数ヶ月間 私たちはジョーと他の囚人を 検査しました。種々な感情を示す写真を 分類する彼らの能力を特に診て そうした感情に対する 彼らの生理的反応を調べました。例えば私たちのほとんどは このように 悲しそうな人の写真を見ると 直ぐに 少しですが はっきりした生理的反応があり 心拍数は増え 汗が出ます。私たちの研究対象の精神病質者は 写真を正確に説明出来ましたが それに伴う感情や 生理的反応を示す事は できませんでした。彼らは言葉の意味は分かっても 感情移入の喜びを 知らないかのようでした。もっと詳しく調べたかったので MRIを使って彼らの 脳の画像を取りました。これは それ程簡単な事 ではありませんでした。ロンドン中心部を 精神病質者達に 足枷や手錠をかけて ラッシュアワーの中を 移動させました。彼らを一人一人 MRIの台に乗せる前 金属は全部 取り除かなくてはなりません。足枷と手錠は勿論の事 体に入れている 全てのピアスも取るのです。

検査後しばらくして 暫定的な結論が出ました。彼らは悲惨な子ども時代の 犠牲者だというだけではなく 他にも原因があったのです。ジョーのような人々は 脳のある部分 ― 扁桃体に欠陥があるのです。扁桃体はアーモンドの形をして 脳の両半球深くにあり 感情移入反応の鍵だと と考えられています。通常 他の人と共感出来る人程 扁桃体はより大きく活動的です。私たちが検査した囚人は 扁桃体に問題がありました。それで彼らが感情移入できなくなり 非道な行動へ至ったのでしょう。

 

4 道徳的行動の基盤は先天的なもの

では1歩下がってみましょう。普通 道徳的な行動を学ぶのは 成長の一過程というだけで 言葉を学ぶようなものです。ほとんどの子どもが 生後6ヶ月で 生物と無生物の違いが 分かるようになります。1才で 人の意図的行動を 真似できます。例えば母親が手を上げ 背伸びをすると 子どももその真似をします。最初は 完全な模倣ではありませんが 私のいとこのサーシャは 2才の時 絵本を見ていて 指をなめながら もう一方の手で ページをめくっていました (笑)

それから少しずつ 社会性を持った脳の基礎が作られて 3、4才までに 全てではないのですが ほとんどの子どもが 他人の意図を理解するという 感情移入に欠かせないことが 出来るようになります。この発育過程が 世界中どこであろうと どの文化であろうと 同じだという事実は 道徳的行動の基盤は 先天的なものだということを 強く示唆しています。疑われるなら 私もやったことがありますが 4歳児との約束を破ってみて下さい。4歳児は決してうぶでは ない事が 分かるでしょう。スイスアーミーナイフのように 不動の判断基準で 成長過程に研ぎすまされ 鋭い公平感覚を持っているのです。発育初期は道徳心を学ぶための 絶好のチャンスであり きわめて重要です。その後は道徳心を習得するのは もっと難しくなります。大人が外国語を学ぶようなものです。不可能ではありませんが 最近のスタンフォード大学の 研究によると 仮想現実のゲームの中で 善良なる人助けをする スーパーヒーローの役をした人は 実生活でも 思いやりが増し 人の役に立とうとするように なったということです。犯罪者にスーパーパワーを と提案しているのではないのですが ジョーや彼のような人々の脳や行動を 変える方法を 見つける必要があると思うのです。彼らの為にも 私たち皆の為にも。

 

5 成体哺乳類の脳でも新しい脳細胞は形成される

では脳は変わることが できるでしょうか? 過去1世紀以上 神経解剖学者や 神経科学者の考えとは 幼年期の発育段階を過ぎると 成人の脳では 新しい細胞が増える事はなく 脳はある限界の中でのみ変わる というものでした。それが定説でした。しかし1990年代に プリンストン大の エリザベス・ゴールドなどの研究により 成体哺乳類の脳で ニューロン新生 つまりー 新しい脳細胞の形成が行われる ことが示されるようになりました。最初は嗅覚を司る嗅球に 次に短期記憶を司る海馬に そして ついに扁桃体で 新細胞の出現が確認されました。

この過程を理解する為に 私は精神病質者の研究を離れ オックスフォード大の研究所で 「学習と発育」を専門に 精神病質者の代わりに マウスを使って研究しました。同じような脳反応が 種々の社会的動物に渡り 見られるからです。もし普通のケージか 靴箱に脱脂綿を入れて マウスを飼い あまり刺激を与えなければ 元気に育たないだけでなく 頻繁に おかしな反復行動を するようになります。本質的には社会的な動物なのに 他のマウスと仲良くする 能力を失い 他のマウス達の中に入れると 攻撃的にさえなります。しかしいわゆる 豊かな環境 ― 他のマウス達とともに 広々とした 回し車やはしごや探索する場所もある 環境で育ったマウスには 新生ニューロン つまり新しい脳細胞ができ 記憶がよく学習が上手です。道を渡る年老いたマウスの 買い物袋を 運んであげる程の 道徳心はできませんが 良い環境は 健康的で社会性のある行動を生みます。一方 普通のケージで 育ったマウスは その環境は監獄と 同じとまででは行かなくても 脳内で新しいニューロンができる度合いが 劇的に低いのです。

 

6 脳は大人になっても大きく変わり得る

私たちのような霊長類を含む 哺乳類の扁桃体には 明らかにニューロン新生が見られ 脳のある部分では 細胞の20%以上が 新しく作られています。最近やっとこれらの細胞が どんな働きをするのか正確に 分かり始めたばかりですが 脳は大人になっても 大きく変わり得る ということです。私たちの脳はまた ストレスを繊細に感じ易いのです。ストレスホルモンである グルココルチコイドが 脳から放出されると 新しい細胞産生を抑制します。ストレスがあればある程 脳の発達は妨げられ それにより 順応性がなくなり さらにストレスレベルが 上がることになります。これが私たちが実生活で 直に目にしている 「自然と育成」の相互作用です。

このように考えると ストレスを受けた扁桃体を持つ人々を 脳の成長を妨げる環境に置いて 解決法だとしている今の状況は 皮肉なものです。もちろん 懲役刑は刑事司法システム上 必要なもので 社会を守る為にも必要です。私たちの研究が示しているのは 「犯罪者は裁判で MRIスキャンした画像を 証拠として提出し 扁桃体の欠陥があれば責任を回避される べきだ」というものではありません。むしろその逆です 私たちの脳は変わり得るので 自分たちの行動には責任を 持たなければならないし 扁桃体に欠陥がある人は 責任を持って リハビリに取り組まなければならない ということです。そのリバビリが うまく行く可能性を持つ 1つの方法が 「修復的司法プログラム」を使うことです。被害者が参加することを選んだ場合は 安全で整備された環境の中で 加害者と向き合います。加害者は自分の行動に 責任を取るようにと促され 被害者はその過程で 積極的な役割を果たします。そんな状況下で加害者は たぶん初めて 被害者を 考えや感情を持った ― 真の感情で反応する 生の人間として見ることができます。これは扁桃体を刺激し ただの投獄より もっと効果的な リハビリ実践になるかもしれません。皆に効果がある訳ではありませんが 多くの人にとって 内からの打開策の1つです。

 

7 環境を変え調節する意識改革

今何ができるでしょうか? この知識をどう応用できるのでしょうか? 最後に私が学んだ3つの事を お話しします。まずは 我々の意識改革が必要です。ワームウッド・スクラブズが 130年前に建てられて以来 学校や病院の運営方法など 社会はあらゆる面で進歩してきました。しかし刑務所に関しての話になると 途端に まるで19世紀にもどったかのようです。中世までとは言わないにしても 私たちは あまりに長い間 人が持つ人間性は変えられないという 間違った考えを植え付けられてきたので 社会全体が大きな代償を払うことに なっています。脳は大きく変われることが 分かっています。それを成人においてでも 成し遂げる一番の方法は 私たちの環境を変え 調節する事です。

 

8 科学が不可欠だと信じる人々を結びつける

私が学んだ2つ目の事は 社会に変化をもたらす為には 科学が不可欠だと信じる人々を 結びつける必要があるという事です。1人の神経科学者が 厳重に監視された囚人を MRIの機械に乗せるのは 簡単なことです。実は 簡単ではなかったのですが…最終的には 再犯率を減らせるかどうかです。そんな複雑な質問に答える為に 違った背景の人々を 必要としています。実験ベースの科学者 臨床医 ソーシャルワーカー 政治家 慈善事業家そして 人権活動家などが 共に働くのです。

 

9 私たち自身の扁桃体を変える

最後に 私たち自身の扁桃体を 変える必要があると思います。なぜならこの問題は ジョーだけでなく 私たちは誰なのかという 核心の問いに触れるからです。ジョーのような人間は 全く矯正不可能だという 私たちの考えを 変える必要があります。なぜなら彼を完全に 矯正不可能と見るなら 彼はどうやって自分を 変えて行けるでしょう ― 後10年でジョーは ワームウッド・スクラブズから 出所します。彼は再犯してしまう 70%の囚人の中に入り 刑務所に戻るのでしょうか。それよりも 刑に服している間 ジョーが自分の扁桃体を リバビリで訓練して 新たな脳細胞の成長と結びつきを 促進することで 出所後 世間と向き合って行けるように なることの方が よいのではないでしょうか? きっと それは私たちみんなにも 利益となるでしょう(拍手) ありがとうございました(拍手)

 

最後に

精神病質者と診断された者達の研究。扁桃体に欠陥があると感情移入できなくなる。道徳的行動の基盤は先天的なもの。成体哺乳類の脳でも新しい脳細胞は形成される。脳は大人になっても大きく変わり得るため「修復的司法プログラム」は有効。最終的には再犯率を減らせるかどうか。環境を変え調節する意識改革をし、科学が不可欠だと信じる人々を結びつけ、私たち自身の扁桃体を変えよ

和訳してくださったReiko O Bovee 氏、レビューしてくださった Wataru Narita 氏に感謝する(2013年2月)。

被害者‐加害者調停ハンドブック―修復的司法実践のために

カンデル神経科学


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