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サラ・ケイ 私にいるのがママでなく娘であるなら…

「私にいるのがママでなく娘であるなら、その子は私を”B地点”と呼ぶだろう…」ケイは語りかける。ここでは、710万ビューを超える Sarah Kay のTED講演を訳し、2つのパフォーマンス「B」と「ヒロシマ」を披露する。

要約

「私にいるのがママでなく娘であるなら その子は私を“B地点”と呼ぶだろう…」で始まるこの講演で、スポークンワードの詩人サラ・ケイはTED2011の聴衆から2度のスタンディングオベーションを受けました。ニューヨークの「バワリー詩の会」で詩の世界に浸る目を丸くした十代の女の子だった頃から、Project V.O.I.C.E.を通して自己表現の力で子どもたちと繋がる教師になるまでの自らの変遷について彼女は語り、そして息をのむ2つのパフォーマンス「B」と「ヒロシマ」を披露します。

A performing poet since she was 14 years old, Sarah Kay is the founder of Project VOICE, an organization that uses spoken word poetry as a literacy and empowerment tool.

 

1 私にいるのがママでなく娘であるなら…

私にいるのがママでなく 娘であるなら その子は私を“B地点”と呼ぶだろう。そう覚えていれば 何が起ころうとも 少なくとも私にたどり着けるから 私はその子の手の甲に 太陽系を描いてやる。そしたら宇宙全体のことを 学ばなければならなくなるわ 「自分の手の甲みたいによく知ってる」 と言う前に 人生が 顔を 強くぶつことも学ぶだろう。そして立ち直るのを待って お腹に蹴りを入れることも でも息を詰まらせるのは 空気の味がどんなに好きか 肺に思い出させる唯一の方法なのだ。絆創膏でも 詩でも 治せない傷がある。ワンダーウーマンは来てくれないのだと 初めて気づくときに その子に知っていてほしい。マントを全部一人で 着なくてもよいのだと。手のひらをどんなに広げようとも 癒したい痛みをすべて受け止めるには いつだって小さすぎる。本当よ やってみたんだから 「それからね」私は言ってやるわ 「鼻をそんなに上向けないで その手なら知っている 何百万回もやったもの。ただ煙の臭いがかげるだけ。だから燃えている家を辿って行って 火事ですべてをなくした男の子を見つけ 救えるか やってみることができるわ。あるいは そもそも火をつけた男の子を見つけ 変えられるか やってみることができるわ」 でもその子は どうせやるんだろうから 代わりにチョコレートと雨靴を 余分に入れておこう。チョコレートで癒せない心の傷はないもの。そりゃまあ癒せないのだってあるけど そのために雨靴はあるんだもの。雨はすべてを洗い流してくれる あなたがそう望むなら。

その子にガラス底ボートの 下を通して世界を見てほしい。人の心の中の ほんの小さなところにある銀河を 顕微鏡で覗いてほしい。だってママが教えてくれたことだから。こんな日もあるって こんな日もあるってママが言っていた。捕まえようと 手のひらを広げても 水ぶくれとアザができるだけ。電話ボックスを出て飛ぼうとすると 救おうと思った その人たちが マントを踏んでいる。ブーツが雨で満たされるとき 絶望に崩折れるだろう。そういう時こそ ありがとうと言うべき理由が余計にある。何度押し返されようとも 海が岸辺にキスするのを やめようとしない様ほど 美しいものはないのだから 風を起こしては 何かを手にし 何かをなくす。お星さまをつける 繰り返し 繰り返し 1分間に地雷が何個爆発しようとも この人生という おかしな場所の美へと あなたの心を たどり着かせるように 1から信じすぎまで目盛りがある中で 私はすごく騙されやすい。でもこの世界が お砂糖でできていることを知ってほしい。すごく壊れやすいけど 舌を出して味わうのを恐れないで 「だからね」その子に言ってあげる 「ママは心配性だけど パパは戦士だし あなたは小さな手と 大きな目をして もっと望むことをやめない女の子だわ。良いことが3つ 一緒にやってくるのを覚えておいて 悪いこともそう 間違ったことをしたときは必ず謝って でも絶対謝らないでほしいのは 目の輝きを失うのを拒むこと あなたの声は小さいけれど 歌うのをやめないで そして彼らがあなたの心を傷つけ 戦いや憎しみをドアの隙間から押し込み 皮肉や敗北のパンフレットを 街角で渡そうとするなら あなたたち私のママに会うべきだわって言うのよ」 ありがとうございました(スタンディングオベーション)

 

2 自分が本当だと知っていること

じゃあ ここで少し時間を取るので 自分が本当だと知っていることを 3つ考えてください。何でも構いません。テクノロジー エンターテインメント デザイン 家族のこと 朝食に食べたもの 難しく考えすぎないというのがルールです。準備いいですか? はじめ! はい いいでしょう

私が本当だと知っている3つのことは ジャン=リュック・ゴダールが 「良いストーリーには 始まり 中間 終わりがあるが 必ずしもこの順序通りではない」と言ったのは正しい 私はここにいて すごく緊張し興奮しており それが格好良くやろうとする私の能力を 大いに妨げている (笑) 私はこのジョークを言おうと 一週間ずっと待ち構えていた (笑) かかしはなぜTEDに招かれたのか? 彼の畑では頭1つ抜け出しているから (笑) ごめんなさい これが私が本当だと知っている 3つのことです。私が理解に苦労することは たくさんあります。だから詩を書いて分かろうとします。詩を書くことが 私にとって何かを克服する 唯一の方法という時があります。詩の最後まで行って 振り返ってみると 「ああ こういうことだったんだ」と分かります。また時には 詩の最後まで行っても 何も解決しないこともありますが 少なくとも そこから新しい詩が1つできます。

 

3 「ねえ 私も同じように感じてた ありがとう」

スポークンワードは パフォーマンスとしての詩です。これは紙の上に じっとしていようとしない詩を作るということで 声として聞かれることを 直接的に体験されることを その何かが求めるのです。中学1年の時の私は 緊張ホルモンの塊みたいでした。成熟不足で 興奮過剰でした。長く見つめられることへの 怖れにもかかわらず スポークンワードの考えに 魅了されていました。私が密かに憧れていたのは詩と演劇で それが1つになって子どもができたとあれば その子のことを知る必要がありました。それで試してみることにしたのです。私の最初のスポークンワードは 14歳の知恵をめいっぱい詰め込んだ 女らしくないと見られることの 不当さについてでした。その詩は義憤に満ちたもので やたら誇張されていましたが それまで見たのが 義憤の詩ばかりだったので そういうのが 期待されているのだと 思っていたのです。初めてパフォーマンスしたとき 10代の聴衆からヤジや共感の声が上がり ステージから降りたときには震えていました。誰かに肩を叩かれて振り向くと フード付きのスウェットを着た 体の大きな女の子がいました 背が2メートルくらいもあって 私なんか片手で叩きのめされそうでした。でも彼女は うなずきながら 「ねえ 私も同じように感じてた ありがとう」と言ったのです。雷に打たれたようでした。それから夢中になったんです。

 

4 「バワリー詩の会」

マンハッタンのロウアー イーストサイドにあるバーで 毎週 詩のオープンマイクがあるのを知り 戸惑いながらも理解のあった両親が 連れて行ってくれ スポークンワードの世界に すっかり浸れました。私はそこで 少なくとも10年くらいは最年少でしたけど 「バワリー詩の会」の詩人たちは 14歳がうろついていても気にかけず むしろ歓迎してくれました。そこで詩人たちが話すのを聞き スポークンワードは 義憤でなくとも良いことを知りました。楽しいのでも 辛いのでも 真剣なのでも 馬鹿げたのでもいいのです。バワリー詩の会は 私の教室となり 私の家となりました。そして参加していた詩人たちは 私にも話をするよう 背中を押してくれました。私が14歳であることなど問題にせず 「14歳がどういうものか書けばいい」と言ってくれました。それで私はやることにし この素晴らしい大人の詩人たちが 毎週私の話を聞いては笑い 共感の呻きを漏らし 喝采し 「ねえ 私も同じように感じてた」と言うのに 驚きを感じていました。

 

5 私は詩で分からないものを乗り越える

私のスポークンワードの旅は 3つの段階に分けられます。ステップ1は 「自分にはこれができる」と思った瞬間です。これはあのフードの女の子のお陰です。ステップ2は「私は続ける スポークンワードが好きだから 毎週ここに戻ってくる」と思ったときです。ステップ3が始まったのは 自分の気持ちが義憤でなければ 義憤の詩を書かなくて良いと 知ったときです。私に固有なものがあり それに集中すればするほど 私の詩は変わったものになりましたが より自分のものと感じられるようになりました。よく言う「自分に分かることを書け」ということだけでなく これまでに集めてきた知識と経験 すべてをまとめて 未知のことへ飛び込む糧にするのです。私は詩で分からないものを乗り越えます。私がいた あらゆる場所の詰まった バックパックを背負って 新しい詩に出会うのです。

 

6 「私が本当だと知っている10のこと」

大学に入って このスポークンワードの魔法に対する 考えを共有できる 仲間の詩人に出会いました。フィル・ケイと言い たまたま私と名字が一緒なんです。高校生のとき私は Project V.O.I.C.E.を作って 一緒にスポークンワードをやるように 友達を誘っていました。フィルと私はこのProject V.O.I.C.E.を改めて始め スポークンワードによって 楽しみと教育と刺激を生み出すことを ミッションにしました。私たちは学生でしたが 合間の時間に旅をして パフォーマンスし みんなに教えました。9歳児から美術学の大学院生まで カリフォルニアや インディアナから インドまで 公立高校や 街角から 大学まで。

そしてスポークンワードが 鍵を開いていくのを 何度も見てきました。でも詩を書くというのは 時にとても怖く感じるものです。10代の子に詩を書かせるには 何か仕掛けが必要なことが 分かりました。それでリストを使うようになりました。みんなリストなら書けます。最初に書かせるリストは 「私が本当だと知っている10のこと」です。そしてみんなで互いに そのリストを共有すると 見つかるものがあります。ある時点で 誰か他の人も 自分のリストにあるのと まったく同じか かなり近いものを 持っていることに気づきます。それからまったく逆のものを 持っている人に気づくこともあります。今まで聞いたこともないようなものを 持っている人もいます。それから何か知っているものだけど 新しい見方をしている ということもあります。ここが素晴らしいストーリーの始まるところなのだと教えています。自分が情熱を持っていることと 他の人が投じてくれたものが この4つの点で交わる部分です。

 

7 「私が学んでいるべきだった10のこと」

多くの人はこの課題に とても良く応じてくれます。でも生徒の1人 シャーロットという1年生は 違いました。シャーロットはリストならとても良く書けるのですが 詩を書くことは拒んでいました 「先生 私面白くないんです。詩に書くほどのことは何もありません」 と言います。それでいくつもリストを書かせました 「私が学んでいるべきだった10のこと」 というのを ある時書かせると シャーロットのリストの3番目に 「年齢が3倍の人に恋すべきではなかった」 とありました。どういうことか聞いてみたら 彼女は 「先生 長い話になるんですけど」と言います。私は「シャーロット すごく興味あるわ」と言いました。それで彼女は初めて詩を書きました。私がこれまで聞いたこともないような恋愛詩です。その詩はこう始まります 「アンダーソン・クーパーという華麗な男がいる」(笑)

「60ミニッツで彼が マイケル・フェルプスと プールで競争したのを見ただろうか? 水泳パンツひとつで 水に飛び込み 水の王者を打ち負かそうとしたのだ ゴールした後 雲みたいに白い濡れた髪をかき上げながら “あんたすごいよ”と言ったけど すごいのはあなたの方 アンダーソン・クーパー (笑)(拍手)

 

8 スポークンワードは即座の繋がりを生み出す

クールであるためのルール第1番は 動じないこと。何事にも恐れず 感心せず 興奮しないかのように 見せるということです。それでは 人生をこんな風にして 歩んでいるようだと 言った人がいます。予期しない悲嘆や傷心から いつも身を守ろうとしているのです。でも私は このように人生を歩もうとしています。そうすることで あらゆる悲嘆や傷心を 受け止めることになりますが 同時に 美しく素晴らしいものが 空から降ってきたときに つかまえられる準備ができています。生徒たちがスポークンワードを使って 好奇心を再発見する手助けをしています。クールで動ぜずにいようとする本能に反して まわりで起きていることに 積極的にかかわり そして再解釈し そこから何かを作れるように。

スポークンワードが 理想の形態とは限りません。私はいつも そのストーリーに一番ふさわしい方法を探します。ミュージカルを書くことも 短編映画を作ることもあります スポークンワードを教えているのは それが誰にでもできるからです。楽譜を読めない人や カメラを持っていない人はいても 誰でも何かの形ではコミュニケートでき 他のみんなが何かを学べるような ストーリーを 誰しも持っているものです。加えてスポークンワードは 即座の繋がりを生み出します。孤独だとか 誰も理解してくれないと 感じている人は少なくありませんが スポークンワードが教えてくれるのは 自分を表現することができ 自分のストーリーや意見を 示す勇気を持つなら 部屋いっぱいの仲間や 耳を傾けてくれるコミュニティから 報いを受けられるということです。もしかしたら大柄なフードの女の子と あなたの話によって 通じ合えるかもしれません。それは驚くような気づきです。とくに14歳には 今ではさらにYouTubeがあります。繋がりはその場だけに留まりません。生徒たちと共有できる パフォーマンスの倉庫があるのは 私にとって すごく幸運なことです。それは生徒たちに 繋がりを持てる詩人や詩を見つけ出す より多くの機会を与えてくれます。

 

9 自分を自分たらしめているものを自分の作品に注ぎ込むこと

一度やり方が分かると 繰り返し同じ詩を書き 同じストーリーを語るようになりがちです。それで喝采をもらえるのが分かると 自分を表現できると知るだけでは十分でなく 成長し 探索し リスクを取り 自分に挑戦する必要があります。それがステップ3です。自分を自分たらしめているものを 自分の作品に注ぎ込むこと。たとえそれが常に変わっていようとも ステップ3は 終わることがないのです。でもステップ3にたどり着くには ステップ1の「私にはできる」を 乗り越える必要があります。

教えているとき 旅をたくさんします。生徒がステップ3にたどり着くのを いつも見られるわけではありません。でもシャーロットのときはラッキーでした 彼女の旅が展開していくのを見られました。自分が本当だと知っていることを 作品に込めることで 自分だけが書ける詩を作れることに 彼女が気づくのを 目の当たりにしました 「目玉」に「エレベーター」に 「ドーラといっしょに大冒険」 私は自分だけが語れることを語ろうと 努めています。このストーリーのように 私はこのストーリーを語る 一番いい方法は何かと ずっと考えてきました。PowerPointだろうか 短編映画だろうか 始まりと中間と終わりは 正確にどこにくるのか? この講演の最後まで行ったら すべて分かるようになるのか ならないのか。

バワリー詩の会がはじめだと思っていましたが もっと早い時期だったのかもしれません。TEDの準備をしていて 古い日記のページを見つけました。12月54日というのは24日の間違いだと思いますけど [日記さんへ クリスマスの夜 くらやみに 虹があった] 私は子どもの頃 既にこのような人生を歩んでいたのです。私たちは みんなやっているのだと思います。私は他の人が好奇心を再発見する手助けをしたい それに関わり 学びたい 彼らが学んだこと 本当であるのを見つけたこと 探していることを共有したい。

 

10 これは私の伝える最後の言葉ではない

詩で締めくくりたいと思います。

ヒロシマに爆弾が落とされたとき 爆発は小さな超新星となって 動物も 人も 植物も その太陽からの光に 直接触れたものはみな 一瞬にして灰になった。この都市に残されたものも すぐにそうなった 長期間続く放射能のダメージは 都市の全体とその住民を 粉へと変えた。私が生まれたとき ママの言うには 病室を見回す私の眼差しは こう語っていた 「これ? フン 前にもやったことあるわ」 私は大人の目をしていたのだと。ゲンジおじいちゃんが亡くなったとき 私はまだ5歳だったが 母の手を取って言った 「大丈夫よ 赤ちゃんになって戻ってくるんだから」 もう誰かこれをやっているみたいだけど 私はまだ何も分かっていない。今でもステージに上がると 膝がガクガクする 私の自信は ティースプーンで量れ 詩と混ぜ合わされて いつも口の中で妙な味がする。でもヒロシマでは 人々がきれいに払拭され 腕時計と日記のページだけが残された。だからポケットを満たすのに どれほど抑制があろうとも 私は努力し続け いつか誇れるような詩を書きたい。博物館に展示され 私の存在した唯一の証拠となるように 両親は私をサラと名付けた。聖書に出てくる名前で 物語では 神がサラに「おまえには不可能なことができる」と言ったとき 彼女は笑った。だって最初のサラは 不可能なことを どうすれば良いのか分からなかったから 私? 私にも分からない。でも不可能なら毎日目にしている 不可能は この世界で繋がろうとすること。まわりでものが吹き飛んでいるときに 他の人につかまっていようとすること。こちらが話している間に 相手は自分の番を待つだけでなく 聞いているのだと知ること。彼らはあなたが感じるのと同時に あなたが感じることを感じる。私が口を開くときに いつも努力していること。それがこの不可能な繋がり。ヒロシマにある壁があって 放射線で真っ黒に焼け焦げているが 階段の最初の段に座っていた人がいて 光線が石に当たるのを防いでいた。今残されているのは ポジティブな光の永遠の影だ 原子爆弾の後 放射能で損なわれたヒロシマの土に 再び植物が生えるには 75年かかるだろうと 専門家は言っていた。しかし次の春には 地面から新しい芽が生えだした。私があなた方と会う その瞬間 私はもう あなた方の未来にはいない。私は速やかに あなた方の過去になる。しかしこの瞬間 あなた方の現在を共有している。そしてあなた方も 私の現在を共有している。これがあらゆるものの中で 最大の贈り物だ。だから私に不可能ができると言うなら 私はたぶん笑うだろう。私は世界を変えられるのかまだ分からない。そんなに知ってるわけではないから 生まれ変わりについてもあまり知らない。でも私はひどく笑わせられると 時に自分のいる世紀さえ忘れてしまう。私がここにいるのは これが最初ではない。私がここにいるのは これが最後ではない。これは私の伝える最後の言葉ではない。でも 万一のため 今回をきちんとやろうと 精一杯努力している。

ありがとうございました(スタンディングオベーション)

 

最後に

私にいるのがママでなく娘であるなら…。「ねえ 私も同じように感じてた ありがとう」「私が本当だと知っている10のこと」「私が学んでいるべきだった10のこと」スポークンワードは即座の繋がりを生み出す。自分を自分たらしめているものを自分の作品に注ぎ込むこと。これは私の伝える最後の言葉ではない。わからないものを詩で乗り越えるのもいい

和訳してくださった Yasushi Aoki 氏、レビューしてくださった Maki Shimura 氏に感謝する(2011年3月)。

ぼくはこうやって詩を書いてきた 谷川俊太郎、詩と人生を語る


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