前回は、ALM、財投債、政策コスト分析が財投改革の三本柱 財務省が隠した爆弾についてまとめた。ここでは、審議会事務局の「庶務権」が官僚の力の源泉 秘密のアジトはビルの一室について解説する。
オフィスビルの一室での密会
オフィスビルの一室での密会とは、著者の存在を注目させないために、真柄政務秘書官が選んだ部屋で行った竹中平蔵氏らと会合のことである。2001年4月、日本では小泉政権が誕生し、竹中平蔵氏が経済財政政策担当の大臣に任命された。しかし、スタート直後の経済財政諮問会議の内容がボロボロと新聞に漏れていた。
実は、諮問会議の事務方である内閣府の中に、竹中潰し、改革潰しを狙って、新聞にリークする人たちがいたのである。著者は竹中氏から直接誘いを受けなかったが、大阪大学教授の本間正明氏との話を通じて手伝うようになった。
金融界を震撼させた事件の証人に
金融界を震撼させた事件とは、破綻した日本長期信用銀行(現・新生銀行)の旧経営陣への東京地検の刑事告発である。不良債権に対する十分な引当金を積まず、粉飾決算をしたことが証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)と商法違反(違法配当)にあたるという容疑だった。
東京地裁が竹中プログラム着手直前の2002年9月10日に下した判決は、元頭取の大野木克信被告に懲役3年、執行猶予4年、元副頭取の須田正己と鈴木克治の両被告に懲役2年、執行猶予3年という厳しいもの。前代未聞の頭取の有罪判決で金融界に衝撃が走った。不良債権処理は法規に基づき粛々と行わないと罪になる、と司法判断されたのである。
著者は、1994年に書いた不良債権処理に関する著書『新版 ケース・スタディによる金融機関の債権償却』をもとに、この裁判の検察側と弁護側の両方から承認申請が来た。
不良債権を処理しないと刑務所行き
著者の理論は法的にも単純明快だった。不良債権を処理しないと、配当可能利益と役員賞与が増加する。その分、株主も役員も不当な利益を得る。これは利益の違法な社外流出で、背任罪・横領罪が成立するというものである。考慮すべきなのは、不良債権処理の額が客観的に決められているかどうか(今でいうDCF法かどうか)だけで、そうでないことさえわかれば有罪である。
財務省に潰された改革
財務省に潰された改革とは、2001年の政策金融改革である。日本政策投資銀行、国際協力銀行、国民生活金融公庫、住宅金融公庫などのいわゆる政策金融機関の統廃合を図って民営化し、整理しようとするものである。しかし、「今は民間の不良債権処理を優先すべし」との声が大きく、見送りと決まった。
御用学者たちの情けない実態
霞ヶ関がこれまで官僚主導の政策立案を継続できた最大のカラクリは、審議会システムにある。政府案は、審議会の答申に基づき練られる。審議会委員には、その分野の選りすぐりの学者や有識者が集められることになっているが、実態は役所に都合のいい人間が集められている。その結果できあがるのが、役所の代弁機関としての審議会である。
審議会に一回出席すれば、1万5000円から2万円の報酬が出る。審議会は2時間ほどで終わるので、時給1万円前後だ。20人の出席者がいれば、審議会一回あたりの報酬だけで40万円前後の税金が消える。地方から上京する旅費も支払われる。もちろん、審議会の学者の中には立派な方もいるが、ペーパーチェックもしない単なる「御用学者」がいることは否定できない。それは、著者が2002年秋、道路公団改革に携わったとき配布された道路需要予測の数値に間違いを発見したことからもわかる。
官僚たちの高等テクニック
官僚たちの高等テクニックとは、事務局は役所内に置く決まり(庶務権)を最大限に活用して、ドラフト(草稿)やスケジュール調整によって審議会をコントロールすることである。
事務局は制度上、複数の省庁にわたるものは内閣府に、そうでないものは所轄の省庁に置く。新しくつくられた審議会の方向性は、最初につくられたドラフトでほぼ決定する。役所に都合の悪い問題点をわざと落としたり、主張したい論点を強調してドラフトをつくり、審議会の結論を誘導するのである。
また、内容的に改ざんが無理なほど自分たちの意見とかけ離れていたり、触れてもらいたくない問題点を議題に乗せそうな人がいれば、今度はロジスティックス(スケジュール調整)で対抗する。都合が悪い意見の人を外せる日を選んで、審議会の日程を組むのである。
さらに、人数の水増しも多用する操作術である。審議会のメンバーに20〜30人の名が連なっていたら、意見を言える時間は1人あたり2分程度である。これでは結論がまとまらず時間切れとなって、「座長一任でお願いする」という動議が出される。座長はペーパーなど書く暇はないので、事務局がまとめることになるのだ。このように、事務局さえ握っていれば審議会はいかようにもコントロールできるのである。
そこで、経済財政諮問会議では事務局を置かず、代わりに事務局機能を果たす機関として経済財政諮問会議特命室が設置され、メンバーは竹中氏の指名によって集められた。そして財政審で審議された議論を諮問会議に移し、再スタートさせ、官邸主導の骨太の方針としてまとめた。こうした仕組みが、官邸主導を守り通せた大きな理由の1つでもあった。
道路公団債務超過のウソを暴く
道路公団は債務超過だとされていたが、キャッシュフロー分析によって資産査定を行うと資産超過であることがわかった。
2002年、作家の猪瀬直樹氏が小泉総理から道路公団民営化推進委員に起用された。当初は6〜7兆円の債務超過という情報が流れていたが、将来の収入を資産に組み込むキャッシュフロー分析を行うと、少なくとも2〜3兆円の資産超過だとわかった。資産超過ならば資金の投入なしで民営化できるうえ、民営化後には高速道路の値下げもできるし、採算が取れれば道路も造れるので全く支障がなくなる。
日本の高速道路料金は諸外国に比べて非常に高い。100キロあたり、アメリカなら200円前後だが、日本ではその10倍以上の2500円も徴収される。そのため、将来の収入が多くなり、巨額の収入が保証されて資産超過になるのである(高速道路無料化、子ども手当、成長戦略 民主党の政策の問題点1参照)。
建設利権を潤す国土計画構想
当時の国交省が掲げようとしていたビジョンに「美し国づくり」がある。これは景観整備に名を借りた公共事業の促進で、中身は建設利権を潤す国土計画構想だった。
地方部局への左遷
2003年7月、政策金融改革が頓挫した後、関東財務局の理財部長に異動になった。この頃になると、著者が竹中氏の背後で手伝っていることは周知の事実で、財務省が地方部局に追いやったという噂が多かった。
ただし、関東財務局は財務省の支配下であるため、大手を振って竹中氏に協力できる。関東財務局は金融庁の業務も委託されている。これを機に「経済財政諮問会議特命室」の辞令が下り、著者は正式に竹中氏直属のスタッフを兼務することになったのである。
特命室の辞令が下りたのは2003年8月だったが、しばらくは理財部長の仕事で手一杯だった。関東財務局が所管する信用金庫や信用組合に問題が多かったからである。2003年11月29日、関東財務局がカバーする栃木県の足利銀行が、預金保険法第102条第1項第3号の認定を受けた。事実上の破綻・倒産である。
当時、竹中氏も金融担当大臣を兼務しており、足利銀行の倒産だけでなく、りそな銀行の危機などもあり、多忙であった。
最後に
官僚は審議会事務局の「庶務権」を活用することで、政策立案の主導権を握ってきた。ドラフト(草案)、スケジュール調整などによって、審議会をコントロールするのである。事務局を制するものが、政策立案を制す。
次回は、四分社化、数値化、竹中大臣と小泉総理 郵政民営化の全内幕についてまとめる。
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