「人の良いところを見てポジティブに生きたい。いやネガティブなところにも向き合って受け入れることが大事だ」心理学は様々な文脈で語られることが多い。ここでは300万ビューを超えるショーン・エイカーのTEDでの講演を要約し、ミルトン・エリクソンの逸話も交え、たとえ話とユーモアの持つ力について考える。
要約
私たちは幸福になるために努力し成功しなければならないと思っていますが、逆だとしたらどうでしょう? このTEDxBloomingtonでの目まぐるしくも楽しい講演で心理学者のショーン・エイカーは、幸福は実際生産性や成功の可能性を押し上げるのだと言っています。
Shawn Achor is the CEO of Good Think Inc., where he researches and teaches about positive psychology.
1 「お前はユニコーンだってことさ」
エイカーが7歳、妹が5歳のときの話から講演は始まった。
私が7歳で妹が5歳の時、2段ベッドの上で一緒に遊んでいました。当時私は妹より2つ年上で・・・今でも2つ年上ですが・・・当時は何でも私が仕 切っていて、戦争ごっこをすることになりました。それで2段ベッドの上で、一方の端には私のG.I.ジョーの兵士と武器が並び、もう一方には妹のマイリト ルポニーが騎馬突撃に備えていました。
あの日の午後起きたことに関しては見解の相違があるのですが、今日この場に妹は来ていないので、皆さんに真実をお話しすることにしましょう。(笑) 妹はすこしばかり不器用なところがあって、兄が押しも何もしていないのに突然ベッドの上から姿を消し、床に落下しました。妹に何が起きたのか恐る恐るベッ ドの脇から覗いてみると、妹は四つん這いで痛々しく着地していました。
私は不安になりました。危ないことをせず大人しく妹と遊びなさいと、親にきつく言われていたからです。特に一週間前に妹の腕を怪我させたばかりとい うこともあって・・・。(笑) 空想上の狙撃手から妹を守ろうと勇敢にも押し飛ばしたんです。(笑) まだお礼も言ってもらっていませんが、必死で助けようとしたんです。妹は弾に気づきもしなかったんですから。私はいつだって兄らしく振る舞ってきたので す。
下にいる妹の顔を見ると、痛みと苦しみと驚きに泣き声を上げそうになっていて、冬の長いお昼寝中の両親を今にもたたき起こさんとしていました。パニ くった7歳児の頭で悲劇を回避すべく思い付いた唯一のことをしました。お子さんがいればよく目にするでしょう。こう言ったんです。「エイミー、お願い、泣 かないで。どんな風に着地したかわかる? 人間なら四つん這いで着地なんてしないよ。これはつまり、お前はユニコーンだってことさ」(笑)
「ベットから落ちて足を痛めた5歳児の私は、実はユニコーンなのだ」エイカーは妹に、見事にこう認識させることができた。決して自分にケガをさせた悪いアニキと思わせることなく(笑)。この体験が「ポジティブ心理学」の先駆けであった。
2 ポジティブな異常値を研究すること
ポジティブ心理学とは、ポジティブな異常値を研究する学問である。通常、経済、統計、心理といった分野では、統計的に適切なやり方で異常値を排除する。その結果、平均的であることが正常であるとなされることが多いと語る。そして「精神医のビジネスモデル」やニュースの特徴、「医学部症候群」の例を出し、現実が私たちを形作るのではなく、脳が世界を見るレンズによって私たちの現実が形づけられているとしている。
精神医のビジネスモデルは1つの問題を抱えて診療を受けに来た人に、問題を10個抱えていると自覚させ、繰り返し通院させることだからです。必要なら子ども時代にも遡り、最終的には患者を正常に戻したいと思いますが、正常というのは単に平均的というに過ぎません。
ニュースの多くは殺人や汚職や病気や自然災害といった話です。そのため脳は、現実はネガティブなことばかりだと思い込みます。俗に言う医学部症候群 を起こすのです。医学部に行った知人がいれば分かりますが、彼らは医学部での最初の年に様々な症状や病気について読むうちに、ふと、どれも自分に該当すると気づくのです。
私にはボボという義理の弟がいて・・・また別な話になりますが、ボボはユニコーンのエイミーと結婚しました。イエールの医学部にいるボボから電話が かかってきて言うのです。「ショーン、僕はハンセン病みたいだ」。(笑) イエールでもきっと珍しことでしょう。私には哀れなボボをどう慰めていいのか分かりませんでした。何しろ先週ずっと思い悩んでいた更年期障害を克服したば かりだったんですから。(笑)
3 感謝日記を21日間つけてみよう
エイカーは、脳がよりポジティブになるよう訓練する方法として「ありがたく思うことを毎日新たに3つ書く」ということを勧めている。筆者が感動したのは、この方法論を語る短さである。12分間の講演の中で、わずか1分間でまとめたのである。
この方法を「認知行動療法的には…」とか、「引き寄せの法則的には…」と語ることもできよう。しかし、エイカーはそうしなかった。その端的さがエイカーの魅力であり、300万回も見られる理由なのだろう。この方法論を話す前に、十分な数値データをちりばめているのだから。
私たちの発見は、仕事での成功についてIQによって予測できるのは25%だけで、残りの75%は楽観の度合いや、周りからのサポート、ストレスを脅威ではなく挑戦と受け取る能力にかかっているということです。
ポジティブな状態の脳はネガティブな状態の脳より31%生産性が高くなります。販売で37%成績が上がります。ネガティブやニュートラルでなくポジティブなときに、医者は19%早く正確に診断するようになります。
最後に
「成功するから幸福になるのではなく、幸福だから成功するのだ」
ショーン・エイカーは短い講演の中で、数字とユーモアを交えて語りかけた。筆者はビデオを観ながら、なぜか催眠療法家ミルトン・エリクソンを思い出していた。決して「ポジティブ心理学はすごい!」と思うことはなく(笑)。エリクソンの逸話は多くあるが、印象的なものに「すきっ歯の女性」がある(以下引用)。
ある日のこと。
エリクソンの前にある女性が現れました。
彼女は、3カ月後に自殺すると決めていました。その理由は「人生に何も興味が持てないから」でした。
その女性の風貌は、ひどいものでした。
美容院に生まれてから一度も行ったことがなく、
自分で切るので髪の毛はボサボサ。ブラウスはボタンがとれかかっていました。
スカートはいつも同じスカートをはいているらしく、
擦り切れて、お尻のあたりは下着が透けて見えるほどでした。靴には泥がベッタリとついていて、
前はワニの口のようにパカパカと割れていました。そして、すきっ歯でした。
「わざとやっているのでは?」と思わずにはいられない風貌でした。
彼女は言いました。
「自分は人生にまったく興味がない。
自分に子供が産まれれば、もしかしたら、唯一興味がもてるかもしれない。でも、それも自分は醜いからありえない。
生まれてから一度も男性とお付き合いをした事はないし、身寄りもない。
だから、3カ月後に死にます」と。彼女は、変わった人がいるとエリクソンの噂を聞いて、冥土の土産にでもと
ふらっと訪ねてきたのでした。「風貌はひどいけれども、素顔はキレイな人だ」と
エリクソンは感じ、こう質問しました。「あなた、貯金はいくらあるの?」
彼女は答えました。
「働いているから、お金はあるわ。何にも興味がないので、使ってないの」それに対して、エリクソンは言いました。
「どうせ死ぬんだし、死ぬ前にハチャメチャしたいんでしょ?
それなら、一気に散財してお金を使いきっちゃいましょう。
今まで買った事のない綺麗なドレスを買って、美容院でセットして、
いい靴も買って、無駄遣いをしましょう。」彼女は、目を輝かせて言いました。
「それはいいわね。それほど無駄な事はない。やりましょう」彼女は、エリクソンから言われたとおりにしました。
そして、翌週。
彼女は綺麗な身なりでエリクソンの前に現れました。
そして言いました。
「散財して気持ちがよかったわ。
もっとすぐにでも地獄に落ちるような事はないの?」「それなら、お風呂に入った時にその前歯のすきっ歯の間から
シャーと水を出してビンにあてる練習をしましょう」「なるほど、そんな事をしたら、すぐにでも地獄におちそうね」
そう納得し、練習をすることにしました。
そして、さらに翌週。
また、彼女は訪ねてきて言いました。
「私の唯一の楽しみは、休憩時間一人で炊事場でいる事なの。
でも、それを邪魔してくる男性がいるんです」「それでは、その男性に向かって前歯のすきっ歯の間から、
水をシャーと出して出して命中させなさい」「さすがに、それはやりたくないわ」
「あなたは3カ月後に死ぬんでしょ。
ハチャメチャやって地獄に落ちるのでしょう。
そんな事では地獄に落としてくれませんよ!」彼女は、エリクソンの説得に折れ、実際に行動に移すことにしました。
彼女は、翌日、休憩時間の炊事場に訪ねて来た男性に
前歯のすきっ歯から水を命中させました。
さらにその男性に暴言を浴びせかけました。すると、その男性は追いかけてきました。
彼女は逃げたのですが、つかまってしまいました。
その男性は彼女を捕まえてキスをしました。
その翌日、また休憩時間、彼女が前歯のすきっ歯から水をかけました。
男性は水鉄砲を持ってきて応戦しました。
炊事場は水びたしです。そして、また男性はキスをしてきて、言いました。
「今日、夕食にいかない?」「いいわよ」と彼女は言い、生まれて初めて男性とのディナーに行きました。
そして、3カ月後。
二人は結婚をして、一年後には第一子が生まれました。めでたし。めでたし。
いかがだろうか?
エイカーも最初に子ども時代の兄弟ゲンカの話から始めて、「ユニコーン」というたとえを用いて妹の意識を痛みから離した。それはユーモアともいえるし、もしかしたら妹がかわいそう!と怒る人もいるかもしれない。しかし、実際の講演ではとても朗らかな空気で会話が進んでいる。当時の妹にも「ユニコーンとしての自分に浸り」、ポジティブな結果をもたらした。
TEDで講演する人全般に言えることだが、たとえ話やユーモアがとてもうまい。数字や画像で実績も語るのだが、それに加えてユーモアを入れてくる。聞き手がその場面をありありと想像できるような話し方をする。その結果、聞き手は笑って、元気になる。
エイカーにとっての人を元気にさせる話は「ポジティブ心理学」が題材だった。でもエリクソンだったら「ネガティブ心理学」が題材でも、同じように聞き手を元気にさせるのかもなと。相当な観察力と鍛錬の賜物なのだろうと想像しながら、人を元気にする話ができるエイカーを、尊敬してやまない。
翻訳してくださった青木靖氏、翻訳をレビューしてくださったAkinori Oyama氏に感謝する。
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