前回は、政府活動の相対化と地方分権の強化 財政投融資の行財政面からの考察についてまとめた。ここでは、費用便益分析、情報開示、破綻判定条件の確立 財投と社会資本整備について解説する。
1 はじめに
財政投融資資金は、政策金融を目的とした公的金融機関に加えて、社会資本整備を目的として、国・地方自治体や公共事業実施機関に供給されている。財政投融資の特色が現れるのは、特別会計・特殊法人等の公共事業実施機関に対する融資の場合である。これらの機関は、公共性を持つサービスを提供しながら独立した会計を持ち、採算性の制約が課せられるのだ。
ここでは、社会資本整備に占める財政投融資の果たしている量的役割の把握、財政投融資によって適正な社会資本が供給されるための条件、政府の失敗が生じたときの財投機関の経営への影響、日本道路公団と国有林野特別会計の事例研究についてまとめる。
2 財政投融資による社会資本整備の実態
推計の方法
財政投融資資金のうちのどれだけの割合が公共投資に向けられているのかについて整合的な資料は存在せず、複数の資料を用いて推計を行う必要がある。ここでは油井[1994]のデータを部分的に修正し、最近時に延長したものを活用する。
財政投融資の役割
財政投融資資金が公共投資へ向けられる主要経路は、以下の4つである。第一は、特別会計・特殊法人が行う公共投資への資金供給。第二は、地方債引き受けによる地方公共団体が行う公共投資への資金供給。第三は、地方公営企業の行う投資に対して融資を行っている公営企業金融公庫への資金供給。第四は、一般財投に含まれていないが、資金運用部資金の国債引き受けは実質的に国の行う公共投資への資金供給であると考えられる。
出資金・補給金・補助金
財投機関に投入された政府資金は、その性格から出資金、補給金、補助金の3種類に分類できる。出資金はリスク・キャピタル(リスク負担する意思)の役割もあると考えられるが、無利子の資金を供給することによる資金コスト低減効果の役割を持つとみなすことができる。補給金は主に利子軽減、補助金は投資資金の補助を目的としている。しかし、出資金と補給金を支出する財政当局の観点からは、両者を合計した財政支出の総額を平準化させることが念頭にあることがうかがえた。
3 社会資本の効率的供給
社会資本は公共財としてのサービスを生み出す資本財である。したがって、公共財の供給と資本財の供給の両者の議論を踏まえた上で、社会資本の供給について考える必要がある。また、純粋公共財と準公共財の区別も重要である。純粋公共財は、2つの性質で私的財とは異なっている。第一に、複数の経済主体により消費されても各人の便益は損なわれることがないという「非競合性(non-rivalry)」である。第二に、その消費者を特定して対価を請求することが不可能であるか、または禁止的に高い費用となる「非排除性(non-excludability)」である。建設国債、地方債を引き受けた財政投融資資金は純粋公共財に、その他の財投機関の供給する社会資本は準公共財と捉えられる。
純粋公共財のケース
合理的な公共投資の水準に関する理論的研究は、1960年代から活発になされている。すなわち、費用便益分析を行った上で、意思決定がなされるべきである。純粋公共財型社会資本の供給は、収益率と社会資本ストックの二軸によって判断できる。公共財であることから受益者負担が不可能なため、政府がその投資費用を負担しなければならない。しかし、このことは必ずしも社会資本を直接政府が建設し保有しなければならないことを意味してはいない。例えば、民間企業が資金調達して投資を行い、社会資本を政府にリースするという形態も可能である。
準公共財のケース
準公共財の社会資本の最適供給ルールは、社会的便益と社会的費用が均等するところである。つまり、①費用便益分析を行い、②政府は社会資本の便益で使用料として徴収できない部分を代理支払いし、③資本市場の不完全性を補正する役割を果たせばよい。実態として、組織的かつ実効のある費用便益分析は行われていないため、代替として財投機関の独立採算原則を用いればよい。
4 政府の失敗
投資決定の規律づけ
通常の民間企業においては、資金供給者が経営者を監視するといった企業統治が働く。しかし、財投機関にはこうした規律づけが存在しないため、非効率な経営を無責任に続けることができる。この背景には、債務保証、補助金等による政府の金銭的な関与がある。政府の場合には、破綻の顕在化を避けるために財政資金を投入して救済する可能性が高いのだ。この場合に起こり得るのは、組織の存在そのものが自己目的化して、投資規模が拡大してしまうことだろう(財投膨張仮説)。
検証の方法
財投膨張仮説と合理的投資仮説(採算性重視)のどちらの説明が現実に当てはまるかを実証的に検証する方法として、収益と補助金との関係に着目することが考えられる。前者では補助金と収益が負の相関を持つが、後者では収益とは独立である。検証方法には、特定の時点における財投機関の状況の差異を見る横断面での分析と、特定の財投機関の推移を見る時系列での分析の2つがある。
非合理な投資による経営悪化の過程は、補助金の拡大か減価償却の圧縮→「新規借入で利払費を調達する「追い貸し」状態、という2段階がある。「追い貸し」状態に至るまでには時間を稼ぐことができるが、その状態なれば破綻は明確である。
5 事例研究(1) 高速道路
高速道路の沿革
道路建設を行う財投機関は、日本道路公団(1956年設立)、首都高速道路公団(1959)、阪神高速道路公団(1962)、本州四国連絡橋公団(1970)、東京湾横断道路株式会社(1986)の5つがある。このなかで最大規模を持ち、全国の高速道路網を建設・運営するのが日本道路交通公団である。
1963年の名神高速道路(尼崎—栗東間)の開通に始まる、わが国の高速道路の整備は、当初路線ごとに個別の法律により計画が定められていたが、66年の「国土開発幹線自動車道建設法」の制定により総延長7600キロの全体計画が定められた(その後11520キロに延長)。
公団設立当初の高速道路の建設・運営方法は、料金収入で30年かけて建設費を回収した後は無料化するというものだった(償還主義)。しかし、1972年に全路線をプールして、全体の未償還建設費を30年で償還する制度(料金プール制)に変更されたことで、新路線が建設され続ける限り既存路線の無料化は永遠に30年後となった。さらに、1995年11月の道路審議会の中間答申「今後の有料道路制度のあり方について(高速自動車国道について)」では、料金収入で償還する建設費は用地費を除いた工事費のみとし、用地費については償還期間終了後に財政負担とするか利用者負担とすることが提言された。
有料道路の理論的整理
償還主義
償還主義とは、道路は無料で使用されるものという前提に立ち、建設費が償還され次第速やかに無料化されるべきとする考え方である。一方、有料道路を受益と負担を合致させるための手段として考えると、償還後に無料化することは有料道路を使用した世代から将来世代に所得移転が起こっており、非合理的な制度ともいえる。
料金プール制
料金プール制とは、交通量の多い基幹路線から交通量の少ない地方路線への所得移転(内部補助)といえる。これを採用する根拠は、高速道路のもたらすサービスは全体のネットワークから生まれるもの(ネットワーク外部性)としているが、この外部効果が日本全体に波及しているかどうかを考えれば納得できるものではない。
道路公団の現状と将来
日本道路公団の財務状況の問題点は、利子補給金が膨張していく段階で顕在化していくだろう。補給金は高金利局面で上昇し、低金利局面で低下する。金利が上昇していくと補給金が急速に拡大していくだろう。なお、日本道路公団は2005年10月1日に民営化されている。
6 事例研究(2) 国有林
国有林野事業特別会計は、それまで農林省、北海道庁、宮内省に分かれていた国有林の経営管理を一元化して、1947年に設立された。林野特会の事業には、①国土保全、水源涵養、自然保護等のための森林保全、②木材の供給、③独立採算制での事業、の3つの目的が与えられている。しかし、この3つの目的を同時に満たすことができたのは設立当初の時期だけであった。すなわち、高度成長期の伐採量の増加、ニクソン・ショック以降の木材価格の低下と大量伐採期の人件費膨張などによる採算の悪化である。
林野特会は、1975年度まで無借金経営を維持してきたが、76年度には400億円を財政投融資から借り入れることになった。結果として、この財政投融資からの融資を完済することはできず、債務は膨張していった。財政投融資からの借入は、国鉄の例でも問題先送りの安易な手段になりやすいことがわかる。つまり、いったん危機が発生すると、適切な対応がとられなければ急速に状態が悪化するということである。なお、国有林野事業特別会計は2012年度をもって廃止されている。
7 おわりに
財投機関が社会資本を適切に供給するためには、①費用便益分析により、費用を上回る便益があることが確認されている、②政府からの補助金は、使用料の徴収が不可能な社会的便益に対応する、③資金供給者による経営者の規律づけがなされている、という条件が満たされる必要がある。しかし、実際にはこうした条件は満たされていないことが多い。
対策として、政府と公共事業実施期間に対して、合理的な意思決定が行われていることの説明責任を課すことが必要であろう。具体的には、①監督官庁と公共事業実施機関には、投資計画の策定に当たって費用便益分析を行うことを義務付ける。②政府の補助金について、算定方法を透明化し、経営悪化の救済策としない。将来に給付される補助金は現在価値化して表示するなど、必要な情報を明確に提示すべき。③資金運用部の側で可能な手段として、客観的な破綻判定条件を事前に決め、早期に経営改善措置をとるルールを作成することが考えられる。
最後に
財投による社会資本整備は、各団体への出資金・補給金・補助金によって行われる。社会資本の効率的供給の観点から、純粋公共財と準公共財とは分けて考えるべき。政府の失敗として投資の意思決定が正しく行われない可能性がある。客観的な破綻判定条件を確立しておけば、経営破綻時の対応が遅れて債務を膨らませる危険性を回避できる。財投にも合理性と説明責任と損切りの仕組みを導入せよ。
次回は、財投のガバナンスの確保と財投金利の市場化が肝 財政投融資の改革の方向についてまとめる。
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