「太陽光は皮膚がんになるリスクはあるが、心臓疾患を予防するメリットもある」ウェラーは語りかける。ここでは、45万ビューを超える Richard Weller のTED講演を訳し、太陽光が血圧と心臓血管によい効果をもたらしている可能性について理解する。
要約
リチャード・ウェラーは、我々の体は太陽光からビタミンDを生成するが、太陽光にはもう1つの驚くべき働きがある、と指摘します。 彼のチームの新しい研究によれば、皮膚に大量に蓄えられている窒素酸化物は紫外線で放出され、血圧と心臓血管に非常によい効果をもたらしている可能性があります。これは何を意味するのでしょう?この発見から、スコットランドに住む人がオーストラリア人より病気がちな理由を説明できるかもしれません…。
Dermatologist Richard Weller wants to know: Why are Scots so sick?
1 オーストラリア人は競争心が強く、負けず嫌い
皮膚科の医者になる前、他の多くのイギリスの皮膚科医と同じように 私は内科医として仕事を始めました。内科医として働いていた時期の最後に オーストラリアにいきました。20年ほど前です。オーストラリアで感じるのは オーストラリア人はとても競争心が強く 負けず嫌いであるということです。そう感じることが よく起きました。例えば 「君たちイギリス人はクリケットもラグビーもできない」という感じです。まあ これはその通りですが。
2 「君たちイギリス人の心臓疾患の比率は驚くほど高い」
しかし仕事のこととなると… そのころ毎週 論文の輪講をしていました。他の医者と共に 医学関係の論文を読んで 勉強する集まりです。ある週の話題は心臓疾患に関連した死亡率 でした。データに基づいた心臓病でどのくらいの人が亡くなるか。その比率はどのくらいかという話題でした。彼らはこの話題でも競争心をもっていました 「君たちイギリス人の心臓疾患の比率は驚くほど高い」
3 オーストラリア人の心臓疾患の比率は我々の3分の1
そして彼らは正しかったのです。オーストラリア人の心臓疾患の比率は我々の3分の1です。心臓発作 心臓麻痺で死亡する可能性は低く 一般的に我々より健康的です。彼らはもちろん その理由として 道徳性が高い 運動をよくする 彼らはオーストラリア人で我々はイギリス人だからといったことを挙げました。
4 我々より健康なのはオーストラリア人に限らない
しかし我々より健康なのはオーストラリア人に限りません。また イギリス国内でも健康の度合いには違いがあります。これは 標準化死亡率と呼ばれるもので 基本的には あなたが死亡する確率です。これは20年前の論文のデータですが 今日でも正しいものです。北緯50度の地域の死亡率 これは ロンドンなどイギリス南部です。これが北緯55度 残念ながら これは我々のいるグラスゴーです。私はエジンバラ出身です。これまた残念なことに 状況は同じです(笑)
5 我々は北に行くほど死亡率が高くなる
スコットランド南部と イギリス南部との間の この極端な違いの原因はなんでしょうか。我々は 喫煙や 揚げ菓子 フライドポテトといったグラスゴーの食習慣 についてはわかっています。しかしこのグラフは それらのリスク要因を 考慮した結果です。これは喫煙 社会階級 ダイエットといったリスク要因を 考慮した上での結果です。我々は 北に行くほど死亡率が高くなる この失われた空間に取り残されています。
6 ここで太陽光が絡んでくる
ここで 太陽光が絡んでくるのです。ビタミンDは非常に注目されていて 多くの人がビタミンDを気にしています。ビタミンDは必要なものです。子ども達は ビタミンDをとることを義務づけられています。私の祖母はグラスゴーで育ちました。くる病が大きな問題だった1920年代 1930年代に 肝油が使われ始めました。この街でごく普通に見られたくる病の予防に 肝油は効果的でした。祖母は 子どもだった私に肝油を飲ませました。その味をはっきり覚えています。誰も忘れられないと思いますが。
7 血液中にビタミンDが多く含まれるほど心臓病や癌の比率が減る
血液中にビタミンDが多く含まれるほど 心臓病や癌の比率が減ります。ビタミンDが体にいいという証拠はいろいろあります。くる病といった病気を防ぐ効果もあります。しかし ビタミンDのサプリメントを服用しても 心臓病の発症率の高さは変わりません。同じように 癌を予防する効果もあまりありません。ビタミンDだけが主役ではないと言えます。ビタミンDだけが心臓病を予防しているのではないのです。ビタミンDが多いという事は単に日光を浴びている証拠で これからお話するように日光を浴びることが 心臓病の予防に効果があるのではないかと思います。
8 一酸化窒素は血管を拡張させる効果がある
それはそれとして私はオーストラリアから戻り 健康へのリスクが高いことを承知でアバディーンに移りました(笑)。そして アバディーンで皮膚科医としてのトレーニングを始めました。また研究にも興味をもつようになりました。特に一酸化窒素という物質に興味を持っていました。ここにいる3人の人物 ファーチゴット、イグナロ、ムラドは ノーベル医学賞を1998年に受賞しました。彼らは 一酸化窒素が 新しい化学伝達物質であることを最初に見つけました。一酸化窒素は血管を拡張させる効果があります。つまり 血圧を下げる効果があります。また 冠状動脈を拡張させて狭心症を防ぐ効果もあります。
9 血圧を下げることや神経伝達にとって非常に重要な物質
この発見の画期的なところは いままで体内の化学伝達物質というと 女性ホルモンやインシュリン神経伝搬といったものを 想像していました。非常に複雑なプロセスをもち非常に複雑な化学反応が起き 非常の複雑な受容体に影響を与えるようなものでした。一方 これは非常に単純な分子です。窒素の原子と酸素の原子が結合したものです。しかし これは血圧を下げることや神経伝達にとって 非常に重要な物質です。特に心臓血管の健康維持に重要な意味を持ちます。
10 一酸化窒素は皮膚でも生成されることを発見した
そこで私は研究を始め皮膚が一酸化窒素を生成する という驚くべき事実を見つけました。心臓血管システムのなかで生成されるだけではなく 皮膚でも生成されるのです。このことを発見し 論文としてまとめた後 私は 次に何をするべきか考えました。皮膚が低血圧になる とはどういうことか 心臓ではありませんどう考えればいいのでしょうか。
11 一酸化窒素は細胞死に関係しているのではないか
そこで 多くの研究者と同じように私はアメリカに渡り 数年間ピッツバーグで過ごしました。これがピッツバーグです。私は 非常に複雑なシステムに興味をもちました。我々は 一酸化窒素が細胞死に関係しているのではないか と考えました。細胞の生存や様々なものに対する耐性に関係があるのではないかと。そこでまず育てた培養細胞を使って研究を始めました。次に 遺伝子を作らないノックアウトマウスを使った 研究に取り組みました。我々は 一酸化窒素が細胞の生存を助ける仕組みを解明し、エジンバラに戻ってきました。エジンバラでは医学生が我々の実験動物です。それは人類に近い種で マウスよりも優位な点がいくつかあります。費用が掛からず 毛を剃る必要がなく自分でえさを探すことができます。そして「実験用医学生を救え」と言いながら 研究室の周りを占拠する人もいません。彼らは本当に理想的な実験動物です。
12 マウスで得られた実験結果は人間では再現しない
ところが マウスで得られた実験結果が 人間では再現しないことがわかりました。皮膚の一酸化窒素の生成を止めることは できませんでした。酵素の生成を抑制するクリームを塗ったり いろいろな注射をしましたがー酸化窒素の生成を止めることはできませんでした。
13 我々の皮膚には一酸化窒素を大量に蓄える機能がある
そして2、3年の研究の結果 我々の皮膚にはそのままではありませんが 一酸化窒素を大量に蓄える機能があることがわかりました。一酸化窒素はガスで 数秒でなくなるので 窒素酸化物として蓄えます。硝酸塩 (NO3) や亜硝酸塩 (NO2)ニトロソチオールなど これらはより安定した物質です。皮膚は非常に多くの窒素酸化物を蓄えることができます。そこで考えました。もし太陽光が皮膚に蓄えられた窒素酸化物を活性化して 皮膚から放出できるとしたら その量は 循環している一酸化窒素の約10倍になるのではないかと。太陽光が貯蔵されたものを活性化して循環させられるでしょうか?そして循環した一酸化窒素は心臓血管に良い効果をもたらすのでしょうか。
14 ビタミンDは紫外線B波から生成されるため、紫外線A波を使用した
さて 私は実験を重んじる皮膚科医です。そこで実験動物を 太陽に当ててみることにしました。多くのボランティアを集めて 紫外線ライトに当てました。太陽灯の一種です。ここで我々が注意したのは ビタミンDが紫外線B波から生成されるということです。実験からビタミンDの影響を排除するために ビタミンDを生成しない紫外線A波を使用しました。
15 紫外線ランプに当てることで、一酸化窒素のレベルが上がり血圧が下がった
実験ボランティアの人々を紫外線ランプに当てて エジンバラの夏の日差しに30分当たるのと同じ条件を作りました。結果的に 循環する一酸化窒素の生成量を 増加させることができました。そこで 患者に同じように紫外線を当てました。その結果 一酸化窒素のレベルが上がり 血圧が下がりました。個人個人の変化は大きくありませんが 集団全体としては 心臓疾患の比率に変化を及ぼすのに十分です。紫外線を当てる代わりに 同じ温度まで患者の皮膚を暖めた場合には この効果は顕われませんでした。これは 紫外線を皮膚に当てたときの効果と言えると思います。
16 効果は高齢者の方が高く、ビタミンDとは別のメカニズムである
いまもデータの収集を続けています。良い点をいくつか挙げます。この効果は 年を取った人の方が高いようです。どのくらい高いか具体的にはわかりませんが 私の義母が一例です。もちろん正確な年齢は知らないのですが 私の妻より年齢の高い人々では このような傾向が高いようです。もう一つ指摘しておきたいのは ビタミンDの量には変化がなかったということです。これはビタミンDの効果とは別の効果です。ビタミンDには くる病や カルシウム代謝障害を防ぐ効果があります。しかし今お話したことはビタミンDとは別のメカニズムです。
17 人体は血圧を一定に保つためにあらゆる反応をする
血圧を考えるときに課題となるのは 人体は血圧を一定に保つために あらゆる反応をする ということです。仮に 脚が切断され血液を失うと あなたの体は引き締まり 心拍数を上げ 血圧を一定に保つためにできることを全て行ないます。これは生理学的な基本原理です。
18 紫外線を照射することで血管拡張が観察された
そこで我々が次に行なったのは 血管拡張を観察することです。そこでまた実験を行いました。これが医学生です。しっぽがなく 毛がないのが特徴です。腕で血管の膨張を測定することで 血流を測ることができます。ここでは偽の照射をおこなっています。この太い線です。紫外線を腕に当てているもので温度が上がりますが カバーによって紫外線が皮膚に当たらないようにしています。血流や血管拡張に関して変化は見られません。しかし 有効な紫外線を照射した場合 照射中と その後1時間とでは 血管拡張が観察されました。これが血圧を下げるメカニズムで 冠状動脈も心臓から血液を送り込むために 拡張します。これは紫外線の効果 つまり 太陽光の効果を示す別のデータです。紫外線が血流や心臓血管に良い効果を与えていることがわかります。
19 皮膚に蓄えられた窒素酸化物等から一酸化窒素を取り出せないか
そこで 以下のようなモデルを考えました。紫外線の量は場所や時期で変わります。そこで皮膚に蓄えられた窒素酸化物 硝酸塩や亜硝酸塩ニトロソチオールから 一酸化窒素を取り出すことができるのではないかと考えました。異なる波長の光には異なる効果があるので うまく作用する光の波長を探すことができます。赤道直下に住んでいる場合太陽の光は真上から降り注ぎます。光は 非常に薄い空気の層を通して届きます。冬と夏の光の量は同じです。ここに住んでいる場合 夏は 太陽の光はかなり高いところから降り注ぎます。しかし冬には光は非常に厚い空気の層を通り 紫外線の多くが失われます。地表に届く光の波長も 夏と冬では違います。これらのデータと 放出された一酸化窒素の量を掛けることで どれだけの一酸化窒素が皮膚から放出され 循環したかがわかります。
20 赤道からの距離によって放出される一酸化窒素の量が大きく変わる
赤道直下にいる場合には この赤と紫の2つ線が該当します。放出された一酸化窒素の量はこの線の下側の面積になります。この部分です。12月でも6月でも 大量の一酸化窒素が皮膚から放出されます。ベンチュラは南カリフォルニアにあります。夏は赤道直下にいるのとあまり変わりません。たくさんの一酸化窒素が放出されます。冬のベンチュラはまだある程度の一酸化窒素の量があります。夏のエジンバラでも十分な一酸化窒素の量があります。しかし冬のエジンバラで放出される一酸化窒素は ほとんどありません。非常に小さい値です。
21 窒素酸化物が太陽の光で放出されることはよい効果をもたらす
ここから何がわかるでしょうか。我々はこの問題に取り組んでいます。理解を深め 理論を拡張しています。この問題は非常に重要だと考えています。これがイギリスの北と南での健康の違いの大きな原因だと予測しています。これは妥当な結論だと考えています。皮膚は 窒素酸化物をいろいろな形態で保存できる 大きな貯蔵庫だということがわかっています。窒素酸化物の多くは 正しい食事 新鮮な葉野菜 ビーツ レタスから採れるだろうと考えています。これらの食物は皮膚に保存できる窒素酸化物を多く含んでいます。窒素酸化物は皮膚に蓄えられて 太陽の光で放出されます。これは通常 よい効果をもたらします。
22 太陽光にはリスクだけでなくメリットもある
これはまだ研究中の内容ですが 皮膚科医としての私の毎日の仕事は 人々に「皮膚癌があります」 「太陽光が原因なので外出禁止です」と言うことです。本当は もっと重要なメッセージがあると考えています。それは 太陽光にはリスクだけでなくメリットもあるということです。確かに 太陽光は皮膚癌のリスク要因です。しかし 心臓疾患の死亡率は 皮膚癌の死亡率より 100倍も高いものです。我々はリスクとメリットを正しくに理解し リスクとメリットの割合を見極める必要があります。どの程度の太陽光ならば安全で 健康にとって最適な解をどのようにして導きだせるのか。ありがとうございました (拍手)
最後に
オーストラリア人の心臓疾患の比率はイギリス人の3分の1。人間の皮膚に蓄えられた窒素酸化物等に太陽光を当てることで、一酸化窒素が放出される。その結果、血流や心臓血管が拡張され、心臓疾患の死亡率を下げることができる。東工大は遺伝子発現を光で自在に調節する新技術「ピッコロ」を開発した。光の可能性はすごい。
TED公式和訳をしてくださった Shigeto Oeda 氏、レビューしてくださった Ami Yokoyama 氏に感謝する(2013年1月)。
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