「震災復興を全力で解決して経済がよくなれば、財政再建は自動的にできる」著者は解決策を語りかける。ここでは、高橋洋一『これからの日本経済の大問題がすっきり解ける本』(アスコム)を6回にわたって要約し、日本経済の危機克服のための「高橋」経済学を理解する。第1回は、復興増税の問題点。
1 財源はどのくらいの規模が必要か
「小出し」の予算では効果が薄い
日本の緊急時には、金融政策をうまく使って円高是正を行う必要がある。さもないと、財政支出も輸出減少で相殺されてしまうからである。
阪神淡路大震災のときは、被害額10兆円に対して復興財源は3兆円の補正予算だけだった。何度かの補正予算を経て、最終的に予算は9.8兆円ほどになったが、総体的に小出しの印象であった。
日本は基本的に「マネー不足」
実際、東日本大震災直後に円は史上最高値を更新し、1ドル=76円前半をつけた。そこで、まず直接被害額の半分程度に相当する復興国債20兆円を発行し、それを日銀が直接引受する。さらに埋蔵金などで10兆円以上を利用して上乗せすることが救国策の基本になる(特別会計には資産負債差額がある 「埋蔵金」とは何か参照)。
8兆円のGDPがこれから失われる
経済被害には直接被害と間接被害があり、直接被害は建物、施設等の物的資産の損害額、間接被害は災害がなければ達成できたであろう経済活動の水準と災害による水準との差である。
直接被害については、政府のまとめでは16兆〜25兆円という数字である。間接被害については、国内シンクタンクは2011年度の実質国内総生産(GDP)伸び率で、従来見通しから0.2〜0.4ポイント低下すると予想している。世銀は0.2〜0.5%低下すると見ている。仮に最悪の世銀のケースのように初年度0.5%低下して回復まで5年とすると、その間に失われるGDPは8兆円程度になる。
どさくさまぎれに進む「増税大連立」
民主党と自民党が大連立すれば、増税路線は震災のどさくさで確固たるものになる。また、日銀引受は毎年行われており、18兆円は何の問題もなく出せる。さらに、財務省の国債整理基金の10兆円、労働保険特別会計の5兆円の埋蔵金を足した33兆円は、すぐに捻出できる(復興財源は国債の日銀引き受けと埋蔵金の活用 シンプルな復興政策参照)。
2 国債発行と増税のどちらがいいか
昭和恐慌時の高橋是清の決断に学べ
復興策の財源は国債(建設国債)である。その理由は、100年以上に1度のショックに対しては、時間分散して対応する必要があるからだ。しかも、今はデフレであるので、日銀直接引受がふさわしい。日銀引受分の国債は、実質的に財政負担にならない。例えば、その国債に対して金利を政府が日銀に払ったとしても、その分は日銀から政府への国庫納付金になるからである。
デメリットは、全国レベルでのインフレになるという点だが、いまはデフレであるので弊害は少ない。被災地での物資不足に対して、局地的な価格上昇の可能性はあるが、それに対しては不当価格値上げがないかどうかを行政で監視する必要がある。
なぜ「禁じ手」に否定的な論調ばかりなのか
日銀引受について否定的な論調ばかりな理由は、財務省や日銀の意見を代弁していることが多いからである。例えば、財務省内の「財研」や日銀内の「日銀クラブ」といういわゆる記者クラブの記者が中心だからである。
「通貨の信認」は失われない
通貨の信認とは、モノに対する円の価値が失われないという意味で、極端なインフレにならない状態である。財務省は金利が上がると主張して日銀引受に反対している。しかし、前述のように日銀引受は毎年行われていて、金利も高くなっていない。むしろ、成長率が高くなると金利はおのずと上昇するため、株式市場は金利が高くなるような状況のほうがいい。
インフレ目標から逃げていることが問題
そもそも極端なインフレにしないようにするには、日銀が適切なインフレ目標を設定する必要がある。なお、2013年7月現在は2%のインフレ目標を立てている(目標設定は政府の責任、手段は日銀の責任 透明性を担保するインフレ目標参照)。
3 復興と財政再建は違う
「災害復旧負担法」が復興の邪魔をしている?
災害復旧負担法では、復旧を「現状維持」に定めているものがある。これをそのまま適用すると、津波被害があったところに再び家屋を建てることになってしまうため、政治力によってはずしていく必要がある。
復興と財政再建は話が別
復興と財政再建は解決すべき時間軸が異なる。復興はすぐにやらなければならないが、財政再建は長い時間軸の下で解決すればよい。例えば、イギリスでは戦時内閣では財務大臣をメンバーから抜くという。国難のときに財源論からの意見は、国家戦略に有害だからだ。
また、大震災からの復興事業は、いわばゼロからのスタートなので、限界的な生産力アップは大きく、財政支出としても正当化される。
大量の公共投資とマンデル・フレミング効果
大量の公共投資を行う場合には、マンデル・フレミング効果を考慮しなければならない。マンデル・フレミング効果とは、変動相場制では財政政策の効果はなく、金融政策は効果があるというものである。大まかに言うと、国債発行によって財政政策を行うと金利が高くなり、その結果、為替が強くなって(自国通貨高)、輸出が落ち、公共支出増を相殺してしまうのである(変動相場制では財政政策は効果なし 物価の安定が目的の金融政策参照)。
阪神淡路大震災、3ヶ月後に円高になっていた
それはまさに、1995年の阪神淡路大震災の3ヶ月後、円高になっていたのである。為替は日本国内事情だけでなく、海外の金融政策も関係する。もし日本だけが適切な金融政策をとらなければ、結果として円高に振れてしまうのである。
日銀引受についての大きな誤解
日銀引受は但し書きにて法律上も認められている。たしかに、財政法第5条では「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない」と書かれている。しかし、その後に「但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない」とある。
さらに、今年度も含めて毎年度の予算総則では「日銀保有国債分については「財政法」第5条ただし書の規定により政府が平成23年度において発行する公債を日本銀行に引き受けさせることができる」とあるのである。
4 「震災増税」で日本は二度死ぬ?
震災増税は復興を遅らせる
震災増税が復興を遅らせる理由は、旺盛な経済活動で被災地を支援すべき他の地域に、被災地と同じようなショックが与えられるようになるからだ。
実質的に会議を取り仕切る「庶務権」
政府の復興構想会議は、東日本大震災から1ヶ月以上経過した4月14日にやっと第一回会合を開いた。1923年9月1日に起こった関東大震災では、帝都復興院はその翌日の2日より設立が検討され、9月27日にはすでに設置されていた。
復興よりも増税が大事な要人たち
復興より救助・救援が必要な大震災直後の3月13日には、菅総理と谷垣禎一自民党総裁(当時)は、震災増税で話し合っていた。しかも復興構想会議は、まだ議論も行われていないスタートから増税を打ち出した。著者が「庶務権」と呼ぶ、会議を取り仕切る人が動いていたのである。
財務省はこうやって会議を仕切る
復興構想会議運営要領7条で「会議の庶務は、内閣官房において処理する」と書かれている。具体的には、佐々木豊成内閣副長官補(当時)を室長とする被災地復興に関する法案等準備室である。
佐々木氏は財務省出身で、このポストは代々財務省からの指定席である。そのほかにも、総理秘書官や官房長官秘書官など官邸内の様々な重要ポストを握っており、官邸を自由にコントロールできる。
会議の庶務の業務の一環で、会議のスケジュール調整や会議の説明ということで、委員に直接接触する機会が多い。そのときに、どのように進行するかについてレクチャーしているのである。
復興構想会議は増税へのワンステップ
復興構想会議は、復興税を集中的に議論するために検討部会をつくっているが、その中の大竹健一郎氏(大塚ホールディングス株式会社代表取締役)は、税務畑の財務省OBである。同氏が中心となって議論することで、増税へのワンステップにしているのである。
ドイツは増税でどうなったか
ドイツの復興連帯税(連携付加税)とは、東西ドイツの統合に際して行われたもので、財務省OBなどが復興増税の理由付けとして挙げている。しかし、これは統合に伴う恒久的な負担に対処するためで、今回のような100年に1度への対処とは違う。しかも、それまで好調だった経済成長がダウンしているため、失敗だったといえる。
最後に
復興財源は、復興国債18兆円の発行と、国債整理基金の10兆円、労働保険特別会計の5兆円の合計33兆円は捻出できる。国債だと負担を分散させることができるが、増税だと現役世代に負担が集中するからである。復興と財政再建の時間軸を同時に捉えてはならない。
次回は、増税なし、東電解体、脱原発 復興の原理原則と3つの切り札についてまとめる。
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