「科学は方法論です。法律や倫理や特許の問題、企業や国家やアイデアとは異なります」スペクターは熱く語りかける。ここでは、88万ビューを超える Michael Specter のTED講演を訳し、科学を否定して思考停止することの危険性を理解する。
要約
ワクチンによる自閉症の訴えや、遺伝子組み換え食品の禁止、ハーブ療法の大ブーム。これらは全て人々が科学と理性に不安を抱いて(そしてしばしば、短絡的な否定に走る) こととつながっています。こんなトレンドは人類の進歩に災いをもたらすとマイケル・スペクターが警告します。
Michael Specter is a staff writer for the New Yorker. His new book, Denialism, asks why we have increasingly begun to fear scientific advances instead of embracing them.
1 現在はこれまででこの惑星の最良の時代
ここに機械があるとしましょう。大型で かっこよい TED 的な機械です。それはタイムマシンです。ここにいる皆さんに 乗って頂きます。過去にも未来にも行けますが 現在に留まることはできません。どちらに行きますか?最近たくさんの友人に この質問をすると みんな過去に戻りたいと言います。なぜか 自動車、ツイッター、アメリカン アイドルがなかった そんな時代に戻りたがります。なぜでしょうね、郷愁を誘うとか そう思わせる何かがあるのでしょう。でも私はそんな人たちとは違うと 言わざるを得ません 過去には戻りたくありません。私が冒険好きだからではなく 後退などせず 前進していく — この惑星の可能性を信じているからです。だからタイムマシンで前に進みたいのです。現在こそ この惑星のこれまでで最良の時代です。どんなモノサシを選んでもです。健康 富 移動の自由 チャンス 病気にかかりにくい こんな時代は他にありません。ひいおじいさんの世代はみな 60歳までに亡くなりました。おじいさんの世代は70歳まで延び 両親は80歳に近づきつつあります。私の寿命は90の大台に乗ることも 考えられます。でも我々以外に もっと大きな影響を受けている人たちがいます。
2 トライ&エラーが人類の進歩を支えてきた
今日 ニューデリーに生まれる子どもの寿命は 100年前の世界で 一番のお金持ちと同じです。考えてみて下さい 信じられないことです。どうしてそうなったのか 天然痘です。この惑星では何十億人も 天然痘で亡くなってきました。どんな戦争で失われる人の数よりも 遥かに大きく人口を左右しました。でもそれは無くなりました。消滅したのです。我々が制圧したのです。豊かな国々では ひと世代前に何百万人もの命をおびやかしていた病気が もはやほとんど無くなりました。ジフテリアや風疹やポリオ これが何のことだか分かりますか? ワクチンや近代的な薬や 何十億人もの人に食糧を供給できるようになったこと、これらは科学的な方法の勝利です。私が考える科学的な方法とは 何かを試して 効果が出ることを確認し 駄目ならやり方を変えるというもの。これは人類の進歩を支えてきたのです。
3 飢餓とエネルギー問題は何年も語られている
これは良い話でした。残念ながら良い話はこれでおしまいで あとは問題があります。もう何年も語られている問題です。問題のひとつとして ここまでの進歩をもってしても 世界の10億人は毎日 腹をすかせているという問題があります。その人数は急速に増えつつあるという非常に残念な状況です。そればかりではなく 我々の英知で 地球が破壊されてしまいそうです。飲用水 耕作に適した土地 熱帯雨林や石油 天然ガスなど 全てはなくなりそうです。もうじきです。この事態から抜け出す方法を発明しない限り 我々もおしまいになります。
4 進歩に抗っていた時代は300年前まで
道を見いだせるか これが問題です。私は可能であると考えています。大地を傷めずに 数十億人の食糧を 生産することはできると考えています。世界を破壊することなく エネルギーを供給できると考えています。希望的観測などではなく 心から信じています。しかしこんなことが気になって夜眠れないことがあります。眠れぬ夜の理由の一つは 科学の成果が最も必要な現在 その成果を最も適切に実施しうる 現在なのに 多くの分野であきれた 実にあきれたことが 起きようとしているのです。進歩に抗っていた時代なんて 300年前の啓蒙思潮以前まで 遡らないとみつかりません。今以上に多くの局面でより活発に 進歩に抗っていた時代です。
5 独自の事実を見出すことは許されていない
人々は自らの観念に固執しています。手が付けられないほどに固執しています。真実をもってしても 変えられないのです。いいですか 誰でも自分の考えを持つことができます。進歩について自分の考えを持つこともできます。みなさんが許されていないことは何でしょう?独自の事実を見出すことは許されていないのです。申し訳ないけどだめです。私が理解に至るまでには時間がかかりました。
6 意図的な分子の改変は自然の領域への侵害?
10年前のことです。ニューヨーカー誌に ワクチンに関する短い記事を書きました。反論を受けて驚きました。何を反論されたのかというと 要するに人類史上最高の保健対策への反論でした。途方にくれました。そこでいつもの通り 記事を書いたら 次の仕事に移りました。その直後 遺伝子を組み換えた食糧の記事を書きました。今度も同じ でももっと大きな反響がありました 狂ったような反応でした。この反応についても記事にしました。なぜこれを「フランケン フード」と 呼ぶ人がいるのか分からなかったのです。自然に生じる改変ではない 意図的な分子の改変が 自然の領域への侵害だ と見なされる理由が分かりませんでした。でも いつものように 記事を書いたら 次の記事に移ります。だって 記者ですから 原稿を書いて 提出して 夕食に出かける いいじゃないですか(笑)
7 恐怖という疫病が広まっている
それでも こんな経験は私を悩ませました。理由が分からなかったのですが やがて気がつきました。やっかいに思えた狂信家たちは 全く狂信的ではなかったのです。思慮深い人たちで教育もありまともな人たちでした。ここに居る皆さんとまさにそっくり 私は本当に混乱しました。それから考えました。ほら 素直になろう この世界では 進歩と我々との関係が 今までとは変わりつつあるのです。進歩についての意見が相反するようになってきて 皮肉なニュアンスを込めて かぎ括弧が付くようになりました 「進歩」です。いいでしょう 皆さんもご存知のように そうなるには訳があります。制度と権威に対する信頼が 損なわれてしまったのです。ときには科学自身も信頼を失い 失うべきでなかったとも思っていません。みなが納得する 具体例はすぐに上がります。チェルノブイリやボパールやチャレンジャー Vioxx の撤収や「大量破壊兵器」 投票用紙の不備 だれでもこんなリストを作れます。いつも正しいと思われていた所に 問題や課題が見つかっています。疑ってかからないといけません。質問して 証明と証拠を求めましょう。そのまま受け入れられるものはありません。問題は 証明がなされたときに それを受け入れる必要があるのですが それが簡単なことではないのです。なぜそう言えるのか 恐怖という疫病が広まっているのです。かつてないほど 二度と見たくないほど。
8 我々はエピソードの方を信じてしまう
12年前のこと こんな話が広く知られました。ハシカやオタフクカゼや風疹の予防接種によって 自閉症が疫病のように広がるという 恐ろしい話です。非常に恐ろしい 真偽を明らかにするために多くの研究が行われました。多くの研究がなされるべきでした。重大な問題ですから データが得られました。アメリカから イギリスから スウェーデンから カナダから 全て同じ結果でした。相関はない 因果関係はない 全くなし 問題はない 全然問題なし。でも我々は エピソードの方を信じてしまうのです。我々は目にしたものや 見たと思うことや 真実と感じさせるものを信じてしまうのです。政府の官僚が提供するデータを記載した文書は 信じられないのです。みなさんそうだろうと思います。そしてどうなるか 悲惨な結果が待ち受けます。悲惨な事実です。アメリカでは 世界で唯一 ハシカの予防接種の接種率が低下しつつあります。嘆かわしい事態であり 恥ずべきことです。恐ろしいことです。何が起きたら こんなことになるのでしょう?
9 1時間あたり20人ハシカで亡くなっている
こういうことです。私には分かりました。ここにハシカの患者さんはいらっしゃいますか? ハシカで亡くなった方をご存知の人はいますか? めったに無いことなのです。この国では起きないことなのです。しかし地球では昨年 16万回起きたことです。多くの命がハシカで失われています。一時間あたり 20 人です。ただ身の回りで起きていないから気にも留めないのです。ジェニー マッカーシーのような連中は あちこちでトークショーのような場を使って 恐怖と無知のメッセージを 宣伝してまわります。彼女たちがそんなことをできるのは 因果関係と相関関係を区別しないからです。同じように見えるこの2つは 全くといってよいほど違うことを分かっていないのです。この違いは重要ですから すぐにでも知る必要があります。
10 ロタウィルスのワクチンは毎年4-50万人の子どもの命を救ってきた
ヒーローを紹介します。ジョナスソークです。人類最悪の疫病の一つを根絶させた男です。ポリオの恐怖や苦悩は 共に消え去りました。彼には及びませんが 真ん中の男は ポール オフィットです。多くの人と共同して ロタウィルスのワクチンを開発しました。発展途上国では 毎年 4-50 万人の 子どもの命を救ってきました。すばらしいでしょう。ポールがあちこちでワクチンの話をするということを除いては… 彼はそれがいかに価値があるか語り ワクチンを責めるのをやめよと言います。そういう言い方をするのです。それで ポールはテロリストと呼ばれます。公聴会でポールが話をするときには 武装したボディーガード無しでは話ができません。家に電話がかかってきて お前の子どもがどこの学校に通っているかわかっているぞ と脅されるのです。なぜ?ポールがワクチンを作ったからです。
11 知らないフリをしないで下さい
言うまでもなく ワクチンは必要不可欠なもの これを無くしてしまえば 病気が復活します。恐ろしい病気が 実際に起きています。今では 国内にハシカが戻ってきました。事態は悪化していて じきにハシカで 子どもが亡くなる事態となるでしょう。数字からわかることです。ハシカだけの問題ではありません。ポリオはどうか これを取り上げましょうか。大学の同級生から 数週間前に手紙をもらいました。私のことを少々目障りだというのです。こんなことを言われたのは初めてです。子どもにポリオの予防接種をさせるつもりはない ありえない と言うのです。いいでしょう なぜ?ポリオは存在しないからです。いいですか 国内には 昨日までポリオは存在しませんでした。今日は?知りませんよ。ラゴスから今朝飛行機に乗って ロスにあるいはオハイオに向かっている男が もう数時間で入国して 車を借りると ロングビーチに向かうかもしれません。今夜の豪華な TED ディナーに出席して 自分がその麻痺性の病に感染しているとも知らず 我々もそうとは知らない。世界はそういうものなのですよ。そんな惑星に暮らしているのです。知らないフリをしないで下さい。
12 色の濃い尿のために280億ドルを支払っている
我々は ウソにくるまれることを好みます。それが好きなのです。今朝 ビタミンを飲んだ人はいますか? 抗酸化剤のエキナケアで 元気を出している人は? アメリカ人の半分は毎日飲んでいるのですから普通のことですね。こんなサプリメントを口にして代替医療を実践するのです。それが役に立たないということを どれほど目にしてもやめません。データを調べればいつでもわかります。尿に色が付きます。それ以外何の作用もしません (笑) 構いません 色の濃い尿のために280億ドルを支払いたいのですね。結構じゃないですか (笑) 尿の色が濃いのです。何のためでしたっけ? なんでそんなことをするのでしたっけ? もちろんわかります。大きな製薬会社が嫌だからです。巨大な政府が嫌なのです。彼らを信じていません。信用してはいけません。健康保険制度はひどいです。何百万人もの人を見捨てる制度です。まさしく驚異的に冷たい制度で お金を払える人でも気が気ではありません。近づかないようにしましょう どこに逃げたらいいでしょう。思い切ってプラセボ効果を信じてみましょう (笑) 素晴らしい プラセボ万歳 (拍手)
13 ビート生姜とレモン汁を信じて40万人の国民を殺した
いや 冗談ではありません。クズのようなサプリに 数十億ドルです。ここに様々なサプリを揃えました。イチョウ ? まがい物です。エキナケア ? まがい物。アカイ ? そもそも何でしょう? こんなまがい物に 数百億ドルを費やしています。そしてさらに こんなことを言うと 皆さんに非難されます 「何が問題ですか?好きなようにさせなさいよ そうしたいというのだから」 いいですか 間違っています。保健社会福祉省の長官が 「マンモグラフィーについての専門家の意見は採用しない」 と発言しても別に構わないし 半可通がガンを コーヒー浣腸で治したいというなら 私の知ったことではない。証拠と科学よりも 信念と魔術が優先する世界を突き進めば 誰も望まぬ結果がもたらされます。南アフリカのタボ ムベキのようになります。彼は AIDS の進行を遅くすることが知られた 抗レトロウイルス薬よりも ビート生姜とレモン汁の方が はるかに効果があると主張して 40万人の国民を死に追いやりました。他のどの国よりも酷くAIDSを蔓延させて 何十万人もの国民に 不必要な死をもたらしたのです。それとこれとは関係ないなどと 言わないで下さい。大いに関係しているのです。
14 我々が口にするものは全て人が改良した作物
実は今 ばかばかしい思想が 蔓延しています。これは遺伝子組み換え作物の推進者と 有機農産物にこだわる人との 闘いです。馬鹿げた論争です。もう終りにしなければなりません。言葉尻や喩え話の論争です。イデオロギーであり 科学ではありません。我々が口にするものは全て 米の一粒や パセリの一房や 芽キャベツに至るまで 人が改良した作物です。エデンの園にはミカンは無かったのです。メロンもありませんでした。クリスマスツリーもありませんでした。みんな作られたのです 過去一万一千年で作り上げたのです。うまく行ったものも そうでないものも うまくいかないものは消え去りました。そして今 さらに精緻な方法が得られました。もちろん そこにはリスクが存在します。それでも コメにビタミンAなどを導入することができて それは何百万人の人を救うのです。数百万人の寿命を長くします。これをやりたくないのでしょうか。理解できないこと と言わざるを得ません。
15 科学は方法論。企業や国家やアイデアとは異なる
遺伝子組み換え作物に反対します。なぜでしょう。いつも聞く説明は 化学物質や農薬やホルモンが 多すぎるから 単一作物を巨大な畑で作るのはよくないから 間違ったことだから 生命の特許をどこかの会社に握られたくないから 会社に種を支配されたくないから。私はいつもこう答えます おっしゃる通りです。それは修正しましょう。食糧に関して大きな問題があるのは 真実です。でもこれは科学ではありません。科学とは関係ない話です。法律や 倫理や 特許の問題です。科学は企業とは異なります。国家とは異なります。アイデアとも別のものです。科学は方法論です。上手く行く時も だめな時もあります。しかし 心配だからという理由で 科学的アプローチを許すべきではないという 考え方は 思考停止の最たるものです。何百万人もの人の幸せを 妨げているのです。
16 キャッサバの遺伝子を組み換えて栄養素やタンパク質を含ませたい
これから50年で 今よりも70%多く食糧を生産しなければなりません。70%です。ここ30年のアフリカへの投資をご覧ください。不名誉なことです。彼らが必要としている でも我々はそれを与えない。なぜ?遺伝子を組み換えたものだから。キャッサバのようなロクでも無いものを 食べることを推奨したくないのです。およそ 五億人がキャッサバを食べています。じゃがいもと多少似ています。カロリーだけの食べ物です。ひどいものです。栄養素が含まれず タンパク質を含みません。科学者たちは 遺伝子を組み換えて 栄養素やタンパクを含ませようとしています。そうすればこれを食べるだけで失明しなくなります。飢えなくなります。素晴らしいことです。名店のメニューには載りませんが いいじゃないですか。
17 命を救うことになぜ抵抗するのか
私が聞きたいのは なぜこれに抵抗するのかということです。なぜ抵抗するのか自問してください。遺伝子を動かしたくないから? それは遺伝子の移動の話で 化学物質の話ではないですね。大騒ぎになっているホルモンの話でもないですね。もっと大きく 優れた 並外れた食物を 求めることの話でもありませんね。シリアル加工食品の話じゃありませんよ。私は命を救うことについて話しているのです。そろそろ本質を分かってください。いいですか 何も考えずに これまでと同じように振る舞い続けると 思わぬ罪を犯すことになります。先端技術の植民地主義です。今行われていることは こう表現するしかありません。利己的で 醜く 我々がやるべきことではありません。それはもう止めなければなりません。
18 今の世界に必要なものはきっと成し遂げられる
ですからこの驚くほど愉快なお話が終わったときに (笑) 「それでも この変なタイムマシンで未来に 行きたいですか?」と聞かれるかもしれません。私なら絶対に 絶対に行きたいです。今は身動きできませんが かつてない可能性を手にしています。思いのままにタイムマシンをセットできます。私たちが行先を決められるのです。行きたいと願うところに向かっているのです。もちろん議論をして考えることは必要です。でもタイムマシンに乗って未来に進めば 進んで良かったと思うはずです。今の世界に必要なものが きっと成し遂げられると 私は信じています。ありがとう(拍手)
最後に
「サプリメントは所詮プラシーボ(偽薬)効果でしかないからね。でもそれを売らないと利益にならないから、売るしかないんだよね…」筆者の友人の薬剤師は吐き捨てるように話す。サプリや健康食品の効果は確かにある。でもそれは自己暗示の延長に過ぎない。
和訳してくださった Natsuhiko Mizutani 氏、レビューしてくださった Satoshi Tatsuhara 氏に感謝する(2010年4月)。
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