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虜理論と天下り バランスシート思考で考える東電問題

前回は、伸び率や水準と変化のすり替えに気をつけろ 絶対値によるリスク表示についてまとめた。ここでは、虜理論と天下り バランスシート思考で考える東電問題について解説する。

1 東電問題は虜理論

虜理論と天下り

虜理論(Regulatory Capture)とは、規制される企業が規制当局を取り込むことである。ジョージ・スティグラーというアメリカの経済学者が自著で唱えたものだが、日本では「天下り」として合法的に行われている

例えば、東京電力は経産省やその外局である資源エネルギー庁などから大量の天下りを受け入れ続けてきた。そうなれば、経産省の植民地(子会社)である保安院が、東電に対してまともな規制などできるはずもないのである。

 

奇妙な組織、原子力安全・保安院

そもそも経産省が原子力安全・保安院をつくった目的は、原子力安全委員会をブロックするためである。原子力安全委員会は内閣府の組織で、総理大臣官房原子力安全室が事務を請け負っている。このメンバーはみな原子力の専門家で、技術に精通している。この人たちが直接東電に規制をかけられないように、その間に保安院が入る形にしているのである。

具体的には、資源エネルギー庁の長官は、原子力安全・保安院を踏み台にしてステップアップする。また、原子力安全・保安院の人は原子力のことは全くわからない。さらに、経産省の人たちのほとんどは文系出身者で、技術系の官僚はほとんどいない。したがって、検査は天下り組織に全部丸投げしている。その検査をする人は原子炉設備のメーカーから来ているため、お得意様の東電の検査には手心を加える。つまり、お互いに監視の効かない組織の典型なのである。

 

経産省 – 東電と財務省 – 日銀との相似形

こうした経産省 – 東電の関係に最も似ているのが、財務省 – 日銀の関係である。法人形態は違えど、財務省が日銀の規制・監督官庁であるのと同様に、経産省も東電の規制・監督を行う官庁だからである。

また、学会やマスコミへの対応といった行動も似ている。経産省は組織や委員会の人事を通じて、東電は大学や研究機関などへの寄付や助成を通して学会に強い影響力を持った。これは、財務省は各種審議会や委員会の人事を通じて、日銀は寄付等を通じて学会に御用学者のグループを作り上げたことに似ている。マスコミ対応も、足並みを揃える形で記者クラブに働きかけ、世論形成等で強い影響力を確立した。

さらに、東電の場合、これに加えて巨額の広告宣伝費を投じて、新聞やテレビ、雑誌メディアに有無を言わせぬ言論権力を打ち立てたことも、原発事故後には広く知られた。

このように、共通利益を見出した人々が閉じられたサークルでそれを追求する中、そこに不在なのが納税者である国民なのである。

 

天下りか、回転ドアか

回転ドアとは、アメリカのように政権政党によって官僚がほとんど入れ替わる方式のことである。辞めた人の多くは、民間のシンクタンクに戻ったり、民間企業で経営の実務に当たったりする。天下りは個人の能力が関係ないのに対し、回転ドアでは実力がなければ仕事がなくなるという意味でフェアである。

 

東電を悪者に、そのかわり潰さない

原発事故について、現時点でもはっきりしないのが、震災翌日のベント(ventilation:排気)の遅れの原因である。東電は当日朝の首相の視察の責任にし、官邸は東電の責任にしている。結局、政府は東電を悪者にしているが、その代わりに潰さないという賠償スキームが提出された。

 

2 東電の賠償スキーム

東電を温存するプラン

東電を温存するプランとは、地域独占や発送電を一体のままにした現在の仕組みを残し、賠償額の多くを国民に負わせるものである。賠償額は「東電負担分+国民(政府)負担分」という公式が成り立つが、政府は東電負担分をほとんどさせない方針である。例えば、当時の海江田万里経産大臣は東電株主を救済する意向を示し、株主を保護するということになれば、東電の社債を保有している人も保護される可能性が高い。つまり、賠償額のほとんどは電力料金の値上げで賄うのだ。

 

国民負担を最小にするプラン

国民負担を最小にするプランは、東電のステークホルダー(利害関係者)である株主や債権者が負担するという、資本主義のルールに則ったものである。株主の100%の減資(資本金を賠償に充てること)で1.6兆円、債権のカットで6.0兆円(「一般担保による優先弁済」を考慮)も国民負担は減少する。

 

送電網を売却して送電と発電を分離すれば、電力の自由化の契機となる

このプランでは現在の東電は実質的に解体となるが、その過程では事業や資産の売却が行われる。例えば、5兆円以上の資産として東電のバランスシートに計上されている送電網を売却して、賠償金の原資とすることができる。これを行えば、電力自由化の肝である送電と発電の分離を、実務上同時に達成できることになる。

日本の電力料金は国際的にも高いが、それは送電網が開放されていないためである。電話事業で電話網を開放することで多くの新規事業者を参入させ、電話料金が低下したように、送電網を開放して新技術を持つ事業者が参入することで、電力でも健全な競争を喚起できる。

 

原子力賠償支援機構法 – 得するのは誰か

原子力賠償支援機構法は政府案を修正し、2011年6月14日に閣議決定され、8月3日に国会成立した。この法律は「東電救済法」という呼び名がふさわしく、株主や銀行の責任を曖昧にしたまま、電気料金値上げや税金という形で国民が負担する内容である(「国の責任を明確化して、6兆円国民の負担が増えて、電気料金に換算するといくらです」と言ったらわかる)。

その証拠として、6月上旬以来、東電の株価が上がり、東電CDS値(クレジット・デフォルト・スワップ)が下がっている。CDSとは、年間何%の保険料を払えば倒産リスクから逃れられるかというもので、これが大きいほど倒産確率が高いと市場が判断していることになる。

今回の修正で得をするのは、東電の株主や債権者である。特に問題なのは、それに該当する国会議員である。フェアな市場ルールである法的整理を回避し、国民負担を増やす修正案はアンフェアとしかいいようがない。

 

最後に

虜理論は規制される企業が規制当局を取り込むことだが、日本では「天下り」として合法的に行われている。その結果が「東電救済法」であり、公平な市場ルールがねじ曲げられている。問題の本質を見抜こう

次回は、復興財源は国債、日銀引き受け、埋蔵金の活用 シンプルな復興政策についてまとめる。

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