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マシュー・カーター フォントをめぐる私の人生

「ヴァーダナやジョージア、電話帳専用のベル・センテニアルなどの書体をデザインしたのが私です」カーターは語りかける。ここでは、90万ビューを超える Matthew Carter のTED講演を訳し、フォントをめぐるカーターのキャリアについて理解する。

要約

本や雑誌やコンピュータ・スクリーンを眺めると、かなりの確率でマシュー・カーターがデザインした書体を目にするはずです。ヴァーダナやジョージア、電話帳(覚えていますか?)専用のベル・センテニアルをはじめとする書体をデザインしたのが彼です。この魅力的な話では、フォントに含まれる全ての文字の1ピクセルに至るまで神経を集中してきたキャリアの全容を紹介してくれます。

Even if you don’t recognize his name, chances are you’ve seen Matthew Carter’s work — his type designs include some of the world’s most familiar digital typefaces.

 

1 テクノロジーと活字デザインとの関係

私達は活字を 大量に消費しています。どこにいようと 逃れられない現実です。でも こんなことを 知りたがる人は ほぼゼロでしょう。ある書体が どこから現れ いつ 誰がデザインしたのか。そもそも人間が制作したものなのか。それとも ソフトウェアが 生み出したものなのか…でも私はそういうことに 関心があります。仕事だからです 「T」と「e」の 間隔が気に入らなくて 怒り狂う人達は ほんの少数でしょうが 私はその1人です。スライドは消しましょう。私にもクリスにも堪え難い これでいい。

さて 私がお話しするのは テクノロジーと 活字デザインとの関係です。この仕事を始めてから 技術上の変革を 何度も経験してきました。写植 デジタル デスクトップ スクリーン ウェブなどです。変化を繰り返し経験して 私はデザインにおける その意味を理解しようと 努めてきました。このスライドでは ツールが 形に与える影響がわかります 「K」が2つあります。向かって左の「K」は現代的です。コンピュータで作りました。直線はどれもまっすぐで 曲線には数学的な なめらかさがあります。ベジェ曲線が使われているためです。右は昔のゴシック体です。耐久性の高い素材である鉄に 手彫りされています。どの直線もまっすぐではなく 曲線は繊細です。この文字には機械や プログラムには捉えられない ― 手作りによる 生命の輝きがあります。なんという違いでしょうか。

 

2 活字には適応力がある

でも実は全部ウソです。TEDなのにウソをつきました すみません。実はどちらもコンピュータを使い 同じソフトとベジェ曲線 ― 同じフォント形式で作りました。左はエミグレ社の ズザーナ・リッコが作ったもので 右のは私が作りました。ツールは同じですが 字体は異なります。字体が違う理由は デザイナーが 違うからです。ズザーナは左の様に作り 私は右の様にしたかった ただ それだけです。活字には適応力があります。彫刻や建築といった 美術と違って 活字を見ても制作方法はわかりません。私は自分のことを 工業デザイナーだと思っています。私がデザインしたものは 印刷され 読まれ 意味を伝えます。ただ それだけではなく 美的な要素もあります。なぜ2つの文字は デザイナーそれぞれの 解釈によって 違うものになるのでしょう? なぜ 作品には デザイナーのスタイルが 現れるのでしょう? ファッションデザイナーや 自動車デザイナーの 作品でもそうですが…。

 

3 工業デザイナーには必ず制約がある

確かに デザイナーとして テクノロジーの 影響を感じることがあります。これは60年代中頃の作品です。金属活字が 写真植字に変わった時代 ― 鋳造から写真への転換期です。写植は便利でしたが 大きな欠点もありました。文字を配置する際の ユニットが18個しかない システムだったのです。当時コンデンス・サンセリフ体を シリーズでデザインする 依頼を受けたのですが その18ユニットの範囲で 可能な限り たくさんの種類を 作って欲しいというのです。計算結果を見て すぐに 3種類しか作れないことが わかりました。ご覧の通りです。

ヘルベチカ・コンプレス エクストラコンプレス ― ウルトラコンプレスの デザインでは 18ユニットの システムに手を焼きました。まるでシステムが書体の プロポーションを 決めているようでした。ここには小文字の書体しか ありませんが こんな感想をもつかも知れません。「気の毒に 問題が克服できずに こんな結果になってしまった」 そうでなければいいのですが 今 同じ仕事を引き受けたら ユニットは18個どころか 千個は使えるでしょう。もっといろいろな 書体を作れるはずです。ただ それでこの3書体が もっとよくなるでしょうか? 実際にやってみないとわかりませんが 1,000対18の割合で よくなるとは思えません。私の直感では よくなったとしても わずかでしょう。なぜなら これらの書体は システムに合わせて デザインされたもので 活字は それに適応するからです。活字を見ても制作方法はわかりません。工業デザイナーには必ず制約があります。美術ではないのです。

 

4 制約は意識していても、妥協はしない

ただ制約があるからといって 妥協する必要はあるでしょうか? 制約を受け入れると 水準は低くなるでしょうか? そんなことはありません。私はチャールズ・イームズの 言葉を励みにしています 「制作する上で 制約は意識していても 妥協はしない」 確かに制約と妥協の境界線は とても微妙です。ただ 私が仕事に向き合う上で この区別はとても重要です。

これを使っていた頃を 覚えていますか? 電話帳です。皆さんがノスタルジーに浸れる様に 画面はそのままにしましょう。これは70年代の中頃 電話帳用に 私がデザインした ベル・センテニアルの 初期の試作です。デジタル・タイプは 初体験だったので 新鮮な経験でした。電話帳は 新聞用紙に極小サイズの文字を ランプブラックと灯油のインクを使って 超高速の輪転機で印刷します。書体デザイナーにとっては 恵まれた条件ではありません。私にとって挑戦だったのは 条件が厳しくても 印刷できて きちんと読める 文字のデザインでした。

当時はデジタル・タイプの黎明期で 文字はすべて方眼紙に 手書きしました。ベル・センテニアルには ウエイトが 4種類ありましたが 1ピクセルずつ手書きし1行ずつ エンコードしました。作業には2年かかりましたが いろいろ学びました。この文字は まるで犬か何かが かじったみたいですが ストロークが交差したり 分岐したりする部分の ピクセルが欠けているのは 安い紙でインクがにじむ様子を調べ それに従ってフォントを 改良した結果です。私は 文字のサイズと 制作過程から生じる ― 影響も考慮して この奇妙な書体を デザインしたのです。

一方 AT&Tは 電話帳にヘルベチカを 使おうとしていました。ただ友人の エリック・シュピーカーマンが 映画『ヘルベチカ』で言った通り この書体は それぞれの文字が できるだけ似た形になる様に デザインされています。文字が小さい場合の読みやすさが 目的ではありません。スライドで見ると とてもエレガントです。一方 私は文字を 見分けやすくする必要があったので ベル・センテニアルでは 文字の形を少し広げました。スライドの下にある通りです。

 

5 技術者の課題を救うのはデザイナー

続いて80年代の中頃 ― デジタル・アウトラインフォント ― すなわちベクター技術の 幕開けです。当時の課題はフォントの データ・サイズでした。コンピュータのメモリ上で フォントの検索と記録に必要な データ量が問題になりました。そのせいで 植字システムで 利用できるフォントの数に 制限があったからです。私はデータを分析して 画面の左にあるような 典型的なセリフ体は 中央のサンセリフ体と比べて 約2倍のデータが必要だと知りました。文字の末端の 優美な曲線の定義に必要な ポイントのせいです。ちなみに スライドの下にある数字は それぞれのフォントを 記憶するのに必要な データ量を表しています。ですから中央のサンセリフ体は データ量が81で セリフ体の151と比べて はるかに少ないのです。

そこで私は考えました 「技術者は課題を抱えている。それを救うのはデザイナーだ」そこで私は右にある ― 曲線のないセリフを作りました。セリフを多角形 つまり直線で構成し 曲線部分は面取りしました。こうすることでサンセリフ体並に データを減らせました。これをチャーターと名付けました。私はデータサイズの値を持って 得意げに技術チーフの ところに行きました。

「問題を解決したよ」するとチーフは 「問題って何だ?」と聞くのです。だから こう説明しました 「サンセリフ体に必要な データ量の問題とかだよ」彼は こうこたえました 「問題は先週片付けたよ データ圧縮ルーチンを使って データサイズを1桁減らしたんだ。もう システムに好きなだけ フォントを載せられるよ」「なるほど ありがとう」と 言うしかありませんでした。また失敗です。デザイン上の解決策を見出したのに 技術上の問題は 既になくなっていたのです。

 

6 チャーターの簡素な形にはある種の率直さと簡潔性が表れている

でも面白いのは ここからです。私は このデザインを ゴミ箱行きにはせずに 取っておいたのです。はじめは技術上の取り組みでしたが 美学上の実践になっていたのです。要は 私はこの書体が気に入りました。きっかけはどうでもいい。私はデザイン自体が 気に入りました。チャーターの簡素な形には ある種の率直さと 簡潔性が表れています。私には それが心地よかったのです。技術革新のまっただ中で デザイナーは時代の空気から 影響を受けようとします。私達デザイナーは 時代の空気に反応して 新しいものを追い求めます。チャーターは 私にとって一種の比喩です。結局 チャーターのデザインと テクノロジーとの間には 明確な因果関係はなかったのです。私はテクノロジーを 誤解していました。確かにヒントをくれたのは テクノロジーですが それに縛られてはいませんでした。これはよくあることです。

 

7 解像度が低いディスプレイという表示上の課題に対応できるフォント

技術者はとても頭の回転が速く 私は少し鈍いので ストレスは感じますが 彼らと一緒に作業して 学ぶのは楽しいことです。さて90年代の中頃になって 私はスクリーンフォントについて マイクロソフトと検討を始めました。それまで画面表示用のフォントは どれも印刷用のフォントを 使い回していました。一方 マイクロソフトは 時代の流れを 正しくとらえていました。つまり電子コミュニケーションや スクリーン上での読み書きへと 急速に転換することで 印刷物の重要性が 低下するという流れです。

その頃 まさに 優先順位が変わろうとしていました。マイクロソフトが求めたのは 使い回しのフォントではなく 新たなデザインでした。解像度が低いディスプレイという 表示上の課題に 対応できるフォントです。マイクロソフトにはこう伝えました 「特定のテクノロジー用に デザインした書体は いつか古びてしまう。私はこれまで技術的な問題を 解決するために 書体をたくさんデザインしたし 技術者達のおかげで 問題は解決したけれど 同時に私の書体も消えていった。つなぎの手段に 過ぎなかったからだよ」 マイクロソフト側の返答は より高解像度で価格を抑えた モニターの開発には 10年はかかるというものでした。それを聞いて思いました 「10年なら悪くない。つなぎで終わることはなさそうだ」

 

8 その時技術的に可能な最高の水準に従うだけ

私は説得されて制作を始め ヴァーダナとジョージアが 生まれました。この時 初めて紙は使わず 最後の1ピクセルまで スクリーン上で作りました。当時スクリーンは 「バイナリ」で ピクセルには オンとオフしかありませんでした。これは大文字「H」の アウトラインです。黒い輪郭線ですが メモリ上ではこのように 記録されています。その下にグレーで ビットマップを表示しています。画面上には これが表示されます。ビットマップは アウトラインから生成されます。「H」は直線だけで構成されるので ビットマップとアウトラインは 方眼上でほぼ一致します。一方「O」の場合は そうはいきません。文字というより レンガを積んだようですが これは正しいビットマップです。理由は単純で x軸と y軸について対称だからです。バイナリのビットマップで これ以上は 望めません。小文字の「a」など 難しい文字の場合は 3~4種類 作っておいて 一番よい字を選ぶため 少し下がって眺めたものです。いや 「一番よい字」というより デザイナーの直感で 「最も悪くない」字を 決めようとしていました。これは妥協でしょうか。私はそうは思いません。その時 技術的に可能な 最高の水準に従うだけです。ただ その水準が 理想とは かけ離れているだけです。ご覧いただいているのは どちらもビットマップフォントです。上の「a」の方が 下のものよりは いいですが 決して最高とは言えません。文字を小さくすると 効果がもっとよく わかるかも知れません。

 

9 ヴァーダナとジョージアの歴史は18年

私は理想主義者ではなく 現実主義者ですが そうなる必要がありました。私の性格だと 完ぺきには できないことにも 力の限り全力で取り組むことに 満足感を覚えます。これはジョージア・イタリックの 小文字の「h」です。ビットマップだとギザギザで 粗い印象を受けます。でも いろいろ試してみて 画面にイタリックを表示したときに ピクセルの境界部分で ストロークがきちんと離れて見える 最適な傾きがあることがわかりました。見てください。粗いかも知れませんが 左右の脚の部分が 同じ線上にあって離れて見えます。これはデザインの勝利です。もちろん さらに小さくすると 選択肢は限られてきます。これは「S」です。わかりますか?

ヴァーダナとジョージアが リリースされて18年が経ちました。マイクロソフトの予想は正しく まる10年かかりましたが 現在のディスプレイは アンチエイリアスなどのおかげで 空間解像度は高くなり 測光解像度も はるかに改善しました。彼らは目標を達成しましたが だからといって 低解像度ディスプレイ向けに かつて私がデザインした スクリーンフォントは なくなるでしょうか? それとも そのフォント群は すでに旧式になったディスプレイや 市場にあふれる 新しいウェブフォントよりも 長く存在し続けるのでしょうか? それともテクノロジーから離れた 進化上 独自の地位を 確立していくのでしょうか? 言い方を換えれば 書体デザインの主流に なっていくのでしょうか? 私にはわかりませんが 今のところはよくやっています。18年ですよ。今の消費スピードを考えれば 不満なんてありません。どうもありがとう(拍手)

 

最後に

テクノロジーと活字デザインとの関係。活字には適応力がある。工業デザイナーには必ず制約がある。制約は意識していても、妥協はしない。技術者の課題を救うのはデザイナー。チャーターの簡素な形にはある種の率直さと簡潔性が表れている。ヴァーダナとジョージアの歴史は18年

和訳してくださったKazunori Akashi 氏、レビューしてくださった Yuko Yoshida 氏に感謝する(2014年3月)。

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