前回は、日銀の政策委員会は正統派経済学を軽視する 日銀の金融政策の決定者についてまとめた。ここでは、中央銀行による信用・市場リスクのある証券の売買 非伝統的金融政策について解説する。
日銀は最も消極的な中央銀行
リーマンショック後の各国・地域の中央銀行の資産増加率を見ると、経済危機からの脱却のための日銀の消極性が浮き彫りになる。中央銀行の資産が増えることは、中央銀行から流出するお金の量が増えることを意味する(金融緩和)。前年同月比でFRB(連邦準備制度理事会)が2.4倍、イングランド銀行が1.9倍、欧州中央銀行が1.3倍まで資産を増やしているのに対し、日本は1.02倍(2%)しか増やさなかったのだ。
主要国では日本経済が最も厳しい
主要先進国の鉱工業生産の動き(前年同月比)を見ると、2008年9月から2009年2月にかけて、日本はまさにつるべ落としに下がっている(▲5%→▲35%)。IMFやOECDの経済見通しでも2009年から2010年が2年連続マイナスで、雇用も09年5月の失業率は5.2%に上昇した。消費者物価も、09年3月には前年同月比で▲0.3%にまで低下し、デフレ警戒水準に達した。
日銀の伝統的金融政策へのこだわり
日銀が欧米、特に英米の中央銀行と比べて金融緩和政策に消極的なのは、前例主義に従って伝統的金融政策にこだわるためである。伝統的金融政策とは、日銀が短期国債を銀行と売買することによって、無担保翌日物コール・レート(銀行間で無担保で一営業日の期間、資金を融通し合うときの金利。オーバーナイト・レート)を変化させる金融政策をいう。
日銀は2008年10月末にオーバーナイト・レートの誘導目標を0.5%前後から0.3%前後に、さらに08年12月には0.1%前後に引き下げた。一方、金融市場の安定確保のための措置として、09年3月の長期国債の買い入れを年間21.6兆円に増額したが、これはあくまでも時限的な措置である。白川日銀によるCP(コマーシャル・ペーパー)等の民間証券の買い入れは、3月期や5月期などの決算における「資金繰りを助ける」程度のもので、08年秋口以降の大不況から脱出するための政策ではないのだ。
FRB「ゼロ金利でもやることはたくさんある」
日銀に比べて、ベン・バーナンキ議長が率いる米FRBの金融政策は実に果敢である。それを象徴する発言が「今やFF金利(日本のオーバーナイト・レートに相当)はほぼゼロであるが、FRBにはこの危機に大して利用できる数多い政策手段がある」というものである。FRBが採用した非伝統的金融政策は次の3つなどである。
- CPや資産担保CPの買い入れ
- 学生ローン、自動車ローン、クレジット・カード・ローン、中小企業庁によって保証されたローンなどを担保とするトリプルAの資産担保証券を担保とするFRBの貸出
- 長期債の買い入れ。すなわち、政府支援期間の長期債と政府支援機関発行の住宅ローン担保証券および長期国債の買い入れ
こうした従来FRBが買い入れ対象としなかった証券の買い入れやそうした証券を担保とするFRBの貸出を、バーナンキ議長は「信用緩和(credit easing)」と呼んで、かつて日銀が採用した銀行の日銀当座預金を増やすという量的緩和(quantitative easing)と区別している。その違いは、信用緩和は中央銀行が銀行からどんな証券を買うか、あるいはどんな証券を担保に銀行に資金を貸すかを重視することである。それは、異なる証券は完全には代替的でないという点に着目しているからである。
2009年3月末のFRBの貸借対照表を見ると、非伝統的金融政策によるFRBの信用供与(CPなどの資産の買取や資産担保証券を担保とする貸出)は全体の信用供与の約26%に達している。一方、日銀の非伝統的金融政策による信用供与は、信用供与全体の2.4%にとどまっている。
英米中銀は日銀をしのぐ長期国債買い入れを開始
英米中銀は金融政策の手段を前もって縛らずに、経済危機の大きさに合わせて選択するプラグマティズムが不可欠であると考えている。その結果、FRBとイングランド銀行は長期国債を月額換算でそれぞれ約5兆円と約3.5兆円購入することになった。日銀は2009年3月18日に長期国債購入を月額1.8兆円に増額したが、英米の4割弱から5割にとどまっている。
FRBは低すぎるインフレ率を警戒
リーマンショック後のアメリカの消費者物価(食品とエネルギーを除く、コア・インフレ率)の対前月比インフレ率は0.2%程度が続いており、2009年4月現在、年率のコア・インフレ率は1.9%である。FRBはこの水準を低すぎる水準に低下するおそれがあると考えている。一方、日本は09年に入って4月までマイナスが続いているが、デフレを懸念している様子はうかがえない。
過度の円高の恐れ
日銀が伝統的金融政策にこだわる一方、欧米中銀が量的緩和を進めることを考慮すると、一層の円高が進むだろう。実際にFRBの長期国債購入の発表を受けて、円は1ドル95円台まで急騰した。
非伝統的金融政策とは
非伝統的金融政策とは、中央銀行が信用リスクや市場リスクのある証券を売買することである。経済危機に直面すると、民間の経済主体の信用リスクや市場リスクを負担する能力は著しく低下する。そのため、長期国債、住宅ローン担保証券、CP、社債などの買い手がいなくなる(信用収縮)。この状況で信用リスクと市場リスクをとれるのは、課税権を持つ政府と通貨発行権を持つ中央銀行しかいないため、中央銀行がそのリスクを背負うのだ。なお、伝統的金融政策とは、中央銀行が信用リスクも市場リスクもない証券を銀行やディーラー(短資会社)と売買することである。
日銀が損失をかぶると日銀券の信認がなくなるか?
日銀が損失を被ると自己資本比率が減るため、日銀券の信認がなくなると白川日銀は述べている。しかし、そもそも日銀券を使っている人が日銀の自己資本比率を見ながら、日銀券の信認の程度を測っているとは到底思えない。仮に、日銀券に対する信認を失ったとすれば、日銀券を受け取るそばから株式や外貨に替えるのだろうか。そうなれば、株価が上がり円安になるから、消費や投資や輸出が増えて景気は回復するだろう。
ただし、歴史が示すようにインフレ率が高くなりすぎると実体経済も悪化してしまうことがわかっている。結局、日銀が長期的にインフレ率を2%から3%程度の範囲に維持できるように、日銀の損失の程度をコントロールできるかにかかっている。日銀がこの能力に不安を感じるならば、政府が損失保証を約束すればよい。実際、FRBが自動車担保ローンを担保に貸し出すときには、連邦政府が損失を保証している。
最後に
日銀は経済危機時にも信用・市場リスクを取らない伝統的金融政策に固執していた。結果として円高・デフレを招いた。非伝統的金融政策は中央銀行による信用供与がポイント。中央銀行の能力が不安ならば、政府が損失保証をすればいい。日銀の財務の健全性と日銀券や金融政策の信認は関係ない。
次回は、日銀当座預金と日銀券残高は操作できない? 責任逃れの「日銀理論」についてまとめる。
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