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ピコ・アイヤー 故郷とは何か

「出身はどこですか?この単純な質問に対する答えが複雑になっています。今の時代、自分の国を離れて暮らしている人の数は2億2千万人に達しているからです」ピコは語りかける。ここでは、200万ビューを超える Pico Iyer のTED講演を訳し、故郷の意味について考える。

要約

自分の国を離れて暮らす人の数が、世界中で増えています。複数の「故国」を持つ作家のピコ・アイヤーが、故郷の意味、旅する喜び、そして立ち止まることで得られる心の静けさについて語ります。

Pico Iyer’s travel writing chronicles fascinating (and often jarring) examples of cultural mashups. Now he shows how travel can rescue us from our technological distractions.

 

1 「出身はどこですか?」に対する複数の答え

出身はどこですか?という質問は とても単純なものです。でも今の時代 単純な質問に対する 答えが どんどん複雑になっています。私も出身地をよく聞かれます。聞いた人は インドという答えを思い浮かべています。祖先や血筋という点ではまさにその通り 私は100% インド人です。でも 生まれてから1日たりともインドに住んだことはありません。22,000以上あるインドの方言のうち 単語ひとつすら話すことができません。なので 自分をインド人だと言う― 資格はないと思っています。出身を尋ねる質問が 「どこで生まれ 育ち 教育を受けてきたのか」という意味であれば 私の出身は イングランドという 小さくて変な国です。でも 大学を卒業してすぐに イングランドを離れましたし 子どもの頃は ずっと 教科書に出てくるー 古典的なイギリスの英雄と見かけが全く違うのは クラスで 私だけでした。

出身を尋ねる質問が 「どこで税金を払いー 病院や歯医者にかかるのか」という意味ならば 私はアメリカ人ということになります。小さな子どもだった頃から もう48年間にもなります。でも 長年にわたって 定住外国人であることを示す 顔のところに 緑の線が入ったー 変なピンク色のカードを携帯しなければなませんでした。長く住むほど 外国人なのだと強く感じていますが…(笑)では もし出身とは 「心のもっとも奥深くにありー 多くの時間を過ごしたい場所はどこか?」という意味ならば 私は日本人です。この25年間 できるだけ多くの時間を日本で過ごしてきました。でも 私はいつも観光ビザで入国していますし 多くの日本人は 私のことを同朋だとは思いたがらないでしょう。

 

2 故郷とは進行中の作品

こんな話をしたのは自分の経歴がいかに時代遅れで― 単純なものかということを強調したかったからです。香港やシドニーバンクーバーに行くと そこで出会う子どもの多くは 私よりもずっと国際的ですし多くの文化に接しています。彼らには 両親とつながった故郷のほかに 自分の配偶者や恋人に関連する故郷 その時 たまたま住んでいる場所も故郷でしょうし 住みたいと思っている場所も故郷です。他にもたくさん あるでしょう。彼らは いろいろな場所のかけらを手に取り それをステンドグラスのように組み立てながら 人生を送ります。彼らにとって 故郷とは進行中の作品なのです。常にアップグレードし 改善や修正を加えるプロジェクトのようなものです。

 

3 故郷は土壌ではなく魂とつながった場所

多くの人たちが 故郷は土壌(soil)ではなく 魂(soul)とつながった場所だと考えています。もし突然 誰かに「故郷はどこですか?」と聞かれたら 私は いとしい人や親しい友人 いつも頭の中にある曲のことを考えます。いつも そう思っていました。このことを痛切に感じる出来事がありました。数年前 カリフォルニアにある両親の家で 階段を上っているとき リビングの窓を覗くと 家が 20メートルの高さの炎に囲まれているのが見えました。カリフォルニアの丘陵地帯をはじめ 多くの場所をー 焼き尽くす 山火事です。3時間後 炎は私の家と 中にあったすべてのものを灰にしました。無事だったのは我が身だけです。次の朝 友人の家の床で 目を覚ましたとき 持っていたのは夜中にスーパーで買った 歯ブラシだけでした。もしその時 誰かに 「家はどこですか?」と聞かれても 物理的な場所を指し示すことはできませんでした。私の故郷は 心の中にしかありませんでした。

 

4 現代は故郷を自ら選び取り、形成できる

多くの点で これは素晴らしい解放だと思います。祖父母が生まれた頃は 故郷やコミュニティの意識 さらには敵対心といった意識までが生まれながらに 与えられました。そこから抜け出す機会はほとんどありませんでした。しかし現代なら 故郷とは何かを 自ら選び取り コミュニティの意識を作り出し 自己意識を形成することもできるようになりました。祖父母の時代にあったような 人種差別や 単純な価値判断をー 克服できるようになったのです。地球で最も力のある国家の大統領がケニアの血筋を半分受け継ぎ 一時 インドネシアで育てられ 中国系カナダ人の義兄弟がいることも不思議ではありません。

 

5 自分の国を離れて暮らしている人の数は2億2千万人

自分の国を離れて暮らしている人の数は 今や 2億2千万人に達します。想像を超えるような数です。カナダとオーストラリアの全人口を合わせて そこにもう一度 2つの国の人口を 足し上げて その数を2倍にしても この多大なる 流動する人々の― 数には及ばないのです。古い国民国家の枠組みを超えて 生活する人の数はものすごい速さで増えています。この12年で 6,400万人も増えました。じきに アメリカの人口よりも多くなるでしょう。すでに 地球で5番目に大きな国が作れる人数です。実際 カナダ最大の都市である トロントの一般的な住民は 以前は外国人と呼ばれていた違う国で生まれた人たちです。

 

6 旅行とは恋のようなもの

異国的なるものに囲まれることの美点は 目を覚まされることです。当然だと思えることは何もありません。旅行とは 私にとって恋のようなものです。突然すべての感覚のスイッチが入り 世界の秘める側面を感じ取るようになるのです。マルセル・プルーストの有名な言葉にもあるように ”真の発見の旅とは新しい景色を探すことではないー” ”新しい目を持つことなのだ”と。新しい目を手にしたならば 古い景色や 故郷でさえ 別なものに見えるでしょう。

 

7 異国で暮らす人の多くは避難者

異国で暮らす人の多くは 避難者です。故郷を離れたいなど思ったこともなく 帰郷を切望しています。でも 幸運な者にとっては 大移動時代はワクワクするような新たな可能性をもたらしてくれます。私が旅行するとき 特に世界の大都市に旅行すると こんな人々に出会います。たとえば パリに暮らす韓国とドイツのハーフの 若い女性 もし タイとカナダのハーフで エディンバラ出身の若い男性と彼女が出会ったならば すぐに彼を仲間だと思うでしょう。100%韓国人だったりドイツ人である人よりも 共通点が多いと 思うのでしょう。2人は友人になり 恋に落ち ニューヨークに引っ越します (笑) エディンバラでもいいです。この2人から産まれた小さな女の子は 韓国人 ドイツ人フランス人でもない。タイ人 スコットランド人カナダ人でもありません。アメリカ人でもありません。しかし― これらすべての場所の要素を合わせ持ち 発展させていくのです。もしかすると この女の子が 世界について夢見たり 世界のことを書いたり考えたりする方法は 他の人と違っているかもしれません。これまでになかったような文化の混合から 生まれるものなのですから 「どこから来たのか」よりも「どこへ行くのか」ということの方が はるかに重要な時代になりました。より多くの人たちが過去と同じぐらい 現在や未来に軸足を置いて暮らしています。故郷というのはただ自分が生まれた場所― というだけではありません。故郷とは本当の自分になれる場所なのです。

 

8 動き回っていると自分の居場所を知るのがとても難しい

でも 移動には ひとつ大きな問題があります。動き回っていると自分の居場所を知るのが とても難しいのです。数年前 私はユナイテッド航空だけで 100万マイルを貯めたことに気づきました。6日間ひどい思いをすると 7日目が無料になるというあのおかしなシステムです(笑)私はこう考えるようになりました。移動とは 立ち止まることができてこそ 役に立ち その意味がわかるものなのだと。両親の家が焼けた8か月後 地元の高校で教えている友人とばったり出会いました 「君にぴったりの場所を見つけたよ」と言われ 「本当に?」と答えました。そういう言葉は すぐには信じないようにしているのです。「本当さ」と彼は続けました 「車でほんの3時間ほどだしー 値段も高くないんだ」 「泊ったことのないような場所だと思うよ」私は少し興味を惹かれ始めました「どこなんだい?」「え~と」 友人は咳払いをして口ごもり― 「実は カトリックの修道院なんだ」良い答えではありませんでした。英国教会系の学校に15年間通っていたので 讃美歌や十字架は一生分 経験しましたし もうたくさんなのです。でも 友人や 彼の教え子も カトリック教徒ではないけど 毎年 春に生徒たちをそこに連れて行くのだと言いました。彼によると もっとも落着きがなく 注意力散漫で 男性ホルモンに惑わされているカリフォルニアの15歳の男子でも たった3日間 静寂の中で過ごすと 心が静まりすっきりするのだそうです。自分自身を知ることができるのです。

 

9 静寂にはある種のエネルギーや脈動があった

「15歳の男子に効くのならー 自分にも効果があるはずだ」と思いました。それで 車に乗って3時間海岸沿いに 北へ向かいました。行き交う車はだんだんと減り道が狭くなっていきました。やがてより狭い小道に入り 舗装もされていない曲がり道を3キロほど進み 山の上までのぼりました。車から降りると 空気が力に満ちていました。場所全体が 完全な静寂でした。その静寂は騒音がないということではなく ある種のエネルギーや脈動があったのです。足下には 太平洋が静かな青い板のように はるかに広がっていました。周囲は800エーカーに及ぶ乾燥した低木地帯です。自分が泊まる部屋に入りました。小さいけれど とても快適で ベッドと揺り椅子 長机と もっと長い大きな窓があり 窓からは 壁に囲まれた小さな庭が見え そこから 黄金色に輝くシロガネヨシが 350メートルほど斜面に連なり海へと続いていました。私は腰を下ろして文章を書き始めました。仕事場から離れるために― ここを訪れたのに書き始めると止まりませんでした。

 

10 「何もしない」ということ

机から立ち上がった時には4時間が過ぎていて もう夜でした。空には 塩を振りかけたように星が広がり 車のテールランプが 20キロほど南にある岬の突端に消えていくのが見えました。前日まで 自分を悩ませていたものが 消えていきました。その翌日 電話もテレビもパソコンもない部屋で目を覚ますと 1日が1,000時間もあるかのように長く感じられました。こうしたことは 旅行中に得られる自由だと思っていましたが 故郷に帰ってきたような気分にさせてくれるものでした。私は信心深くはありませんから礼拝には行きませんでした。修道士に助言をあおぐこともしませんでした。ただ修道院の周りの道を歩き 親しい人に絵葉書を送ったり 雲を眺めたりしていました。そして 普段なら一番難しいことに取り組みました。何もしない ということです。

 

11 わずかしか持たない者ではなく、多くを望む者が貧しい

私は 繰り返しその場所を訪れるようになり ただそこで静かにじっと座っているだけで 知らないうちに一番大切な仕事をしていたのです。メールの処理や人との約束に忙殺される中では 決してできないであろうー 重要な決断を行なっていたのです。自分の中の何かが 静けさを渇望していたのです。でもあまりに忙しかったのでその声を聞くことができませんでした。自分から目隠しをして「何も見えない」と文句を言う おかしな人間のようでした。子どものころにセネカの本で読んだー 有名な言葉を思い出しました 「わずかしか持たない者ではなくー 多くを望む者が貧しいのである」

 

12 故郷とはよりどころとして立ち止まる場所

もちろん 皆さんに修道院に行くべきだと 言うつもりはありません。大事な点はそこではないからです。でも 立ち止まってこそー 行く方向が分かるのだと思います。そして 人生や世界の動きから一歩 脇にそれてこそ 何が一番大切なのかが分かりー 故郷を見つけることができるのです。今では多くの人が 意識して毎朝30分間 静かに座り 電子機器などを持たずに 部屋の片隅で考えをまとめたり 毎晩ランニングをしたり 携帯を持たずに 友人との会話を楽しみに出かけたりしています。移動というのは素晴らしい特権です。祖父母の時代には考えもつかなかったようなことが たくさんできるようになりました。でも移動が意味を持つのは 帰り着く故郷があってこそです。つまるところ 故郷というのは ただ休むための場所ではなく よりどころとして立ち止まる場所なのです。ありがとう(拍手)

最後に

故郷とは進行中の作品。故郷は土壌ではなく魂とつながった場所。現代は故郷を自ら選び取り、形成することができる。自分の国を離れて暮らしている人の数は2億2千万人。旅行とは恋のようなもの。「どこから来たのか」よりも「どこへ行くのか」ということの方がはるかに重要な時代。移動は特権だが、それが意味を持つのは帰り着く故郷があってこそ。故郷とは、よりどころとして立ち止まる場所

和訳してくださった Wataru Narita 氏、レビューしてくださった Ayumi McMullen 氏に感謝する(2013年6月)。

あの頃映画 「故郷」 [DVD]


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