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仕切レートの取引別固定方式への変更が鍵 戦略的ALMの実践と課題

前回は、5つのデータと5つの分析でリスクを制御せよ ALMシステムの構築についてまとめた。ここでは、仕切レートの取引別固定方式への変更が鍵 戦略的ALMの実践と課題について解説する。

1 把握すべきリスクとその認識方法

金利変動に対するリスクの表現方法

金利リスクの表現方法には金利感応度分析による方法、マチュリティーラダーによる方法、金利変動に対するセンシティビティーを定量的に算出する方法などがある。金利感応度分析は、資産と負債を金利感応度によって分別し、主に金利感応的資産と金利感応的負債の比率(RSA/RSL)に注目して金利の変化に対する利ざやの変動性を少なくしようとするものである。ただし、現在ではデリバティブ取引の発達によって資金ポジションのリスクを変更する自由度が増しているため、適切ではない。

ここでは、運用・調達側の取引状況が直感的につかみやすいマチュリティーラダーによる方法、今後の金利予測が現実化した場合の収益影響を測定する収益シミュレーションによる方法、金利変動に対するセンシティビリティーを定量的に算出する方法について説明する。

 

マチュリティーラダーによる金利リスクの表現

マチュリティーラダーとは、金利の受取・支払が発生する資産・負債について、金利が確定している期間を一定の期日の区間フレームごとに集計し、その金額と加重平均金利を表現したものである。マチュリティーラダーによる資金ポジション状況の表現は、いわばバランスシートに金利固定期間の情報を加えたものであり、いつ、どのくらいの金額について金利が更改されるのかを書き留めたものということができる。

ただし、マチュリティーラダーでは途中の利払いにかかる金利リスクを把握することはできない。また、金利変動に対する定量的な損益影響が直接的にはつかめないため、別途損益シミュレーションを行う必要がある。

 

収益シミュレーション

収益シミュレーションは、現状の資金ポジションに翌期以降について立てている新規預貸金のボリューム計画を織り込み、先行きの金利予測どおりに金利が推移した場合に、翌期以降の資金益(=半期の受取利息—半期の支払利息)がどのようになるかを計量するものである。策定される複数種類の金利シナリオに対してそれぞれ行い、メインシナリオに対する期待収益のほか、収益を最も悪化させるシナリオが現実化した場合に生じうる影響をつかんでおくことが重要である。

 

現在価値ベースのリスク指標(BPV・SPV)による金利リスクの表現

資金ポジションの金利リスクの状態を表現するもう1つの方法として、イールドカーブ(市場金利)の形状の変化に対して当該ポジションが被る損益影響を計量する方法が考えられる。リスクを定量化するための指標には、以下の3つがある。

  1. NPV(Net Present Value):現在価値ベースの全期間損益(≒含み損益)。すべての期間に対応した金利が同じ幅だけ同じ方向に変動した場合のポートフォリオの現在価値変化を計量する
  2. BPV(Basis Point Value):イールドカーブが一律1bp(Basis Point=0.01%)だけ上昇した場合のNPVの変化額
  3. SPV(Slope Piont Value):イールドカーブの傾き(各期間の金利差)が1bpずつ拡大場合のNPVの変化額

BPVのメリットは、ポジションが内包している金利変動に対するリスクが数値化されることで、あらゆる種類の資金取引の金利リスクを統一的な尺度で捉えられる点である。デメリットは、期間ごとの金利がまちまちの動きをした場合に生じる損益(イールドカーブリスク)が計量できないことである。このデメリットを解消するものがSPVである。ただし、もちろんBPVとSPVだけでリスクを完全に表現できるわけではない。

 

標準ヘッジツールへの換算によるリスク値の表現

標準ヘッジツールへの換算によってリスク値を表現するとは、あるヘッジ対象ポジションに対して、ヘッジツールとして活用する取引の種類をあらかじめ定め、リスクをニュートラルにするにはどれだけそのヘッジツールによるヘッジを執行すればよいのかを算出したものである。実際のリスクコントロールをより精緻に行うために効果的な方法である。

 

把握すべきその他のリスク

オプション内包商品のリスク

オプション内包商品のリスクには、解約によるリスク(再調達時の市場金利の上昇)、単位額面当たりのリスク(総合講座における貸し越し金利)、中途返済に伴うリスク(固定金利のローン商品)などがある。例えば、5年物スーパー定期に内包されているオプション(解約権)では、満期まで預入した場合でも解約権に対する対価は支払うという「預金者全員負担方式」の商品設計にしなければ、オプション料の回収は不十分になる可能性が大きい。

 

ベーシスリスク

ベーシスリスクとは一般的に「現物価格と先物価格の差(ベーシス)の変動リスク」などとされるが、ここでは期間が同じであっても必ずしもマーケットの資金取引の金利、金利スワップ取引の金利と一致しない金利が適用される取引に関するリスクと定義する。貸出については、手形貸付のように書き換えを半ば前提として数ヶ月ごとに金利を見直す変動金利の貸出と、金利固定の条件で数年間貸し付ける固定金利の貸出に分けることができる。

1年以上の固定金利の貸出では、一般的に実行時の市場金利(金利スワップの実勢レート)にスプレッド(差額)を乗せた金利を銀行が提示し、最終期日まで金利固定という条件で銀行と顧客が約定を交わすものである。銀行はこれと同じ期間の固定金利支払サイドの金利スワップを市場で締結し、短期資金調達を実施することによってほぼ金利リスクをヘッジすることができる。

1年以内の短期の貸出や数ヶ月での金利見直しのある貸出では、短期プライムレートをベースに金利が決定されるケースが主流だが、実行時の日本円TIBOR・LIBORなどの市場金利をベース金利とする市場金利連動型の割合も徐々に増加してきている。

また、消費者ローンに関する金利設定も、特に変動金利型において実行時の市場金利を完全に反映したものではないという点でベーシスリスクを含んだものといえる。さらに、預金や株式もベーシスリスクを内包しており、コントロールしなければならない負債・資産である。後者の例として、株価が下落した場合に必要となる劣後債務調達のコスト(劣後プレミアム)をカバーできる株式の売りポジションを立てる必要がある。

 

非金利資産・非金利負債の取扱

銀行のバランスシートには以下のような非金利資産・非金利負債がある。

非金利資産 非金利負債・資本
現金
日銀預け金(無利息)
決済勘定(未決済為替貸)
未収利息
先物取引差入証拠金
先物取引差金勘定
保管有価証券
仮払金
動産・不動産
支払承諾見返り
当座預金
別段預金
決済勘定(未決済為替借)
前受利息(前受貸付金利息等)
先物取引受入証拠金
先物取引差金勘定
借受金
引当金勘定
支払承諾
資本勘定

キャッシュフローが確定していない非金利資産・非金利負債の中で、ALMの観点から特に注目すべきなのは長期間固定的に存在しうる資産・負債である。例えば、動産・不動産、引当金勘定、資本勘定、そして政策目的の株式である。

 

2 戦略的ALMの実践課程

戦略的ALMの背景

ALM(資産負債総合管理)は、歴史的には1970年代後半に米国での金利自由化の進展とともに米大手商業銀行を中心に導入され、1979年以降ドル金利の急騰により導入が加速した経緯がある。しかし、特に新短期プライムレート導入前の規制金利下の日本では、あまり導入が進まなかった。

こうした銀行の安定的資金益獲得の構造を変えていったのが、金利スワップをはじめとしたデリバティブ市場の拡大、預金金利と預金商品設計の自由化およびBIS規制の導入である。デリバティブ市場によって、円固定金利と円変動金利を交換する円/円金利スワップを利用することによって、銀行の定期預金等固定金利調達を変動金利調達に、固定金利の中長期貸出(固定運用)を変動運用に変換することが実質的に可能となった。

また、預金金利の自由化と金利スワップ市場の充実から、銀行は調達の期間を意図的にコントロールすることができるようになり、貸出・預金両サイドで顧客の様々な金利固定期間ニーズに対応できるようになった。さらに、BIS規制の導入によって、預金・貸出の量を増加させることでの資金益拡大戦略が、単純には選択できなくなったこともALM運営が重要視された要因でもある。

 

戦略的ALMの対象となる資産・負債

戦略的ALMとは、ヘッジ取引実施のタイミングを計りつつ、銀行としての金利観に従って最も収益拡大に寄与するよう市場リスクをマネジメントすることである。戦略的ALMの対象となる資産・負債は、以下のような銀行全体の国内の資産・負債からディーリング部門により執行された取引を除いた円貨部門(ALMセクション)である。

資産 負債・資本
貸出取引
当座貸越
商業手形割引
手形貸付・証書貸付
ローン(証書貸付消費者金融口)
邦貨買入外国為替
コールローン・買入手形
オフショア勘定での邦貨預け金
ALMヘッジ目的の金利スワップ受
ALMヘッジ目的の金利先物買
株式
その他の非金利資産
ディーリング部門への資金放出
定期性預金
流動性預金
譲渡性預金
コールマネー
売渡手形
借入金(日銀・市中・劣後ローン)
オフショア勘定での預金
従業員預り金
ALMヘッジ目的の金利スワップ払い
ALMヘッジ目的の金利先物売
非金利負債
ディーリング部門からの資金受入れ
資本勘定

 

ディーリングにおけるリスクコントロールとの相違点

ALMセクションとディーリングにおけるリスクコントロールとの相違点は、前者は経常の資産・負債のリスクマネジメントを目的としているため、銀行としての金利観を反映したヘッジオペレーションの執行が中心となり、後者は収益目標達成のために能動的にアセットを造ったり、長めに調達金利の固定化を行ったりすることが求められる点である。

 

戦略的ALMにおけるリスクコントロール方針の策定

先行きの金利予測

先行きの金利予測の方法としては、各マーケットセクション、調査担当部、貸出の動向などから資金需要を見る企画担当部などと、それぞれの景況感や金利動向予測で重視するポイントなどを出し合う機会を定例的に持つべきである(金利予測会議)。また、メインシナリオになる確率(予測値)や想定どおりにならなかった場合の金利推移も考慮する必要がある。

 

期間損益と市場アベイラビリティの考慮

ALMヘッジの方針を策定する上で考慮すべき点は、以下の4つが挙げられる。

  1. 経常部門の資産・負債にかかるリスク(市場リスク)の状況およびヘッジ取引によるリスクコントロールの効果
  2. 金利予測をもとにしたシミュレーションで計算されるヘッジ取引全期間の損益効果
  3. ディーリング部門まで含めたベースの現状のリスクの状況(VaR)
  4. ヘッジ取引による目先の会計期間への損益影響とヘッジ取引にかかる市場アベイラビリティ(市場の取引規模)

 

ALMの組織体制

経常部門資産・負債に関するリスクコントロールの方針(ALMの組織体制)は、金利予測会議による金利予測の結果や預金の導入状況、需資動向、流動性リスクの状況、円債ポートフォリオの運営方針などを参考に市場リスク委員会で決定されるべきである。その前提として、市場リスク統合管理部門が市場リスク委員会に、国内・海外拠点が保有する市場リスクの報告をしなければならない。

ALMセクションの役割は以下の8つである。

  1. ディーリング部門による取引を除いた国内円貨経常資産・負債についての市場リスク状況把握
  2. 銀行としての長期的な(数ヶ月および数年)金利観の醸成
  3. 金利予測をもとにした1.に対するリスクヘッジ方針の策定
  4. リスクヘッジ方針を加味した預貸金についての仕切レート(≒卸価格)提示
  5. インターバンク市場・ユーロ円市場での資金運用・調達
  6. デリバティブを用いたリスクヘッジオペレーションの実施
  7. 新種商品に内在するリスクの分析・ヘッジ方法の検討
  8. ALMセクションのリスクコントロールに関するパフォーマンス評価

 

戦略的ALMの実践に必要な金融インフラ整備

戦略的ALMを実践するためには、市場の厚みの拡大や流動化市場の整備、そして金融機関のALM運営状況の公開が必要である。市場の厚みが不十分であれば、取引を締結しようとすることによってマーケットの取引水準自体を大きく変動させてしまい、ヘッジ取引執行の機動性を阻害することになるからである。

また、流動化市場の整備とは、貸出債権流動化市場の確立やトレーディング勘定への時価会計の導入、オフバランス取引についてのネッティング(決済額の圧縮)の導入をすることである。これらを整備することで、信用リスクや市場リスクもコントロールできる。

さらに、金融機関のALM運営状況の開示によって、投資家や預金者における金融機関評価の材料になるとともに、自らのALM運営のレベルを高める動機となるだろう。

 

3 ALMのパフォーマンス評価

パフォーマンス評価の重要性

金利予測に従った戦略的ALMでは、方針の選択の幅が広いだけにリスクコントロールについて、決定した方針と行動を評価する仕組みが必要である。

 

期間別・取引別仕切レート設定の意義

ALMのパフォーマンスを測るためには、対顧客取引についてALMセクションと営業店との間の仕切レートをALMセクションとしての運用・調達レートとして認識することが必要である。つまり、対顧客取引に適用される金利は営業店の収益となるスプレッド部分を含んでいるが、この部分を除いたベースでの運用効率・調達効率がALMのパフォーマンスでは求められるからである。

また、本支店レートを適用してきた貸出に対しては、固定金利の中長期貸出のように金利別に異なる仕切レートを金利固定期間が1年以内の貸出についても用意し、適用すればよい。仕切レートを取引別固定方式に変更することで、ALMセクションは対顧客金利の見直し期間と、その期間についてのALMセクションとしての運用レートをつかむことができるからである。

 

ヘッジ目的で実施した取引についての評価

ALMの行動の評価では、ALMセクションがディーリングを除いた円貨の資産・負債の市場リスクをヘッジするために能動的に行った取引のみを取り出して評価すれば、ALMセクションが何もしなかった場合と比較してヘッジ取引を実施した効果が上がったのかどうかを示すことができる。

ALMセクションが能動的に行うヘッジ取引には、一般的に以下の4つがある。①金利スワップ、②金利先物、③キャップ・フロアー/スワップション、④インターバンク資金取引/ユーロ円資金取引である。これらの評価は、ALMの対象資産・負債すべてを評価するよりも格段に容易であるため、ヘッジ取引だけを取り出した評価は先行させて行うべきである。

 

被ヘッジ取引とヘッジ取引を合算した評価

ALMセクションがリスクコントロールの対象とする資産・負債についてヘッジ取引と合算での評価を行うためには、ALMセクションとしての運用・調達金利をつかむ必要がある

すなわち、第一に、対顧客取引の評価は本部と営業店との間の仕切りレートを運用・調達金利として評価すべきである。第二に、ディーリングセクションなど他部門との資金のやりとりは内部取引としてALMセクションの運用・調達に加えなければならない。そうした上で、ALMセクションとしての資金ポジションの現在価値を測定すれば、リスクコントロール運営の成果を定量したことになる。

 

最後に

金利リスクの表現方法には金利感応度分析による方法、マチュリティーラダーによる方法、金利変動に対するセンシティビティーを定量的に算出する方法などがある。戦略的ALMとは、ヘッジ取引実施のタイミングを計りつつ、銀行としての金利観に従って最も収益拡大に寄与するよう市場リスクをマネジメントすること。その評価をするには仕切レートを取引別固定方式に変更することが重要。本支店レートから期間別・取引別仕切レートに再設定せよ

次回は、資産査定と信用リスク管理・計量化・引当 今後の金融機関経営とALMについてまとめる。


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