「完璧な複製にはならないが、マンモスに似た動物を蘇らせることはできます」ポイナーは語りかける。ここでは、70万ビューを超える Hendrik Poinar のTED講演を訳し、毛長マンモスのゲノム配列の解明と復活について理解する。
要約
巨大な野生動物が再び大地を踏みしめて歩く姿を見ることは、世界中の子どもたちの夢です。その夢は実現できるのか、実現すべきなのか?ヘンドリック・ポイナーが、目前に迫った大革新について語ります。私たちが大好きな毛長マンモスにそっくりな動物を蘇らせる計画です。第1段階である、毛長マンモスのゲノム配列の解明はほぼ完了しました。その体躯と同様にマンモスのゲノムはマンモス級なのです。(TEDxDeExtinctionにて収録)
Hendrik Poinar is a geneticist and biological anthropologist who focuses on extracting ancient DNA. He currently has his sights set on sequencing the genome of the woolly mammoth — and cloning it.
1 幼いころ父の顕微鏡をのぞき込み、琥珀に閉じ込められた昆虫を観察していた
幼いころ 父の顕微鏡をのぞき込み 琥珀に閉じ込められた昆虫を観察しました。昆虫は驚くほどよく保存され 形態的には完璧でした。父と私は いつの日か 昆虫たちが よみがえり 琥珀の中から這い出てきて 飛び立っていく姿を想像しました。
2 絶滅種の復活にも手が届くようになった
絶滅した動物の ゲノム配列について 解読できるかと 10年前に問われたなら おそらく 「無理だ」 と答えたでしょう。絶滅した動物をよみがえらせることが できるかという問いには 「夢物語さ」 と答えたでしょう。しかし今日ここで 意外にも お伝えしたいのは 絶滅種のDNA配列の再現が「可能性」ではなく 現実のものとなったこと。それに加えて 絶滅種の復活にも手が届くようになったことです。琥珀の中の昆虫からではなく ― そういえば 蚊は 『ジュラシック・パーク』のヒントになりましたね。永久凍土の中で良好な状況で保存された 毛長マンモスを復活させるのです。
3 象と私たちには共通点が多い
毛長マンモスは氷河期を代表する 実に興味深い存在です。巨大で 毛むくじゃらで 大きな牙を持っています。私たちは象と同様の親近感を 毛長マンモスに持っているようです。その理由は 象と私たちには 共通点が多いせいでしょう。死者を葬り 子供を教育します。強い社会性を持っています。親近感は太古からのものかもしれません。というのは 象は私たちと同様に約700万年前に アフリカに生まれました。生息地や環境の変化によって 私たちも象と同様に ヨーロッパからアジアへと移住しました。
4 マンモスは気温と環境の激しい変化に耐えて生き抜く適応力に優れた動物
初期の大きなマンモスは メリディオナリスマンモスで肩高は4メートルもありました。体重は10トン 森林地帯に適応した種で 西ヨーロッパから中央アジアに広がり さらに当時のベーリング地峡を渡り 北米に至りました。すると また気候変動が起こり 新たな生息地ができて 中央アジアに トロゴンテリマンモスという 草原帯に適応した種が生まれ メリディオナリスマンモスを西ヨーロッパに追いやりました。ついで北アメリカに開けたサバンナ地帯ができ 北アメリカ固有の巨大な短毛種である コロンビアマンモスが生まれたのです。その約50万年後に長毛種のマンモスが 誕生しました 私たちに とても馴染み深い種ですね。東ベーリング地方から生息地を広げ 中央アジアを抜けトロゴンテリマンモスを 中央ヨーロッパから追い払って 数十万年余り ベーリング地峡との間を往復していました。氷河期の最寒期です。やがて南に生息していた コロンビアマンモスと直接 接触し この2種が過酷な気候変動のもと 数十万年も生き抜きました マンモスは気温と環境の激しい変化に耐えて 見事に生き抜く 適応力に優れた動物です。そして大陸では1万年ほど前まで生きました。驚くべきことにシベリアとアラスカ沖の 小さな島々では3千年ほど前まで生きていたのです。エジプトでピラミッドが建設されていたころ これらの島々ではまだマンモスが生き残っていました。
5 かつて生きていた動物の99%のようにマンモスも絶滅した
そして彼らは滅びました。かつて生きていた動物の99%のように マンモスも絶滅しました。原因は温暖化と 森林地帯の急激な 北上と考えられます。かの偉大なポール・マーティンが提唱したように 更新世時代に大型動物を狩猟した人類に 過剰に殺戮されたせいかもしれません。
6 保存状態は琥珀の中の昆虫同様、驚異的
幸運なことに 現在数百万の死骸が シベリアやアラスカの永久凍土深く 至るところに見つかるので 現地に出かけて 発掘することができます。保存状態は 琥珀の中の昆虫同様 驚異的です。歯 血のついた骨 血は その色までも残しています。体毛 さらには無傷の体や 脳が入ったままの頭部も発見されています。
7 DNAの残存状態は保存中の温度の安定が最も重要
DNAの保存状況と残存状態は 多くの要因に依存します。要因の詳細は まだよく分かっていませんが 生物がいつ死んだか すぐに土に埋もれたか どのくらい深く埋もれたか 埋もれた環境の温度が一定かどうか。それらの要因が地質学的な時間枠の中で DNAの寿命に影響します。皆さんは驚かれるでしょうが 重要なのは時間ではありません。保存されていた期間でもありません。保存中の温度の安定が最も重要なのです。
8 マンモスのDNAは共棲していたバクテリアに攻撃されている
化石化を免れた 骨や歯の奥のDNAは かつては無傷でヒストンタンパク質に しっかりと巻きついていましたが マンモスが生きていた頃に共棲していた バクテリアに攻撃されています。これらのバクテリアは環境中のバクテリアと共に 水と酸素を奪い DNAをより小さなDNAの破片へと 分解しているのです。やがて手に入る破片は 10個の塩基対か最大でも 数百塩基対までです。記録されている化石の大部分は 有機物の痕跡をとどめていません。わずかな化石だけがDNAの断片を 数千年 数百万年の 時を隔ててとどめています。最先端のクリーンルーム技術を使って DNAの断片を汚れた組織の中から 取り出す方法を編み出しました。こんな具合ですから マンモスの骨や歯から DNAを抽出するときには その時代に共棲していたバクテリアのDNAも混ざっている と言っても 皆さんは驚かれないでしょう。さらに事態を複雑にするのは 一緒に生き残ったバクテリアや菌類などの 不要なDNAをすべて抽出してしまうことです。また永久凍土に保存されたマンモスならば そのDNAの約50%は マンモスのものですがより温暖な気候に生息し 温暖な環境に保存された コロンビアマンモスの場合にはDNAの わずか3%から 10%だけが マンモス由来のものです。
9 マンモスとその他のDNAを識別して取り出す方法を開発した
ですが 私たちはマンモスとその他のDNAを 識別し 取り出すという 巧妙な方法を開発しました。さらに解読装置の進歩により 生物情報工学の方法を用いて マンモスDNAの小さな破片を再編して アジアゾウやアフリカゾウの染色体の構造に 重ねることができるようになりました。この方法で マンモスとアジアゾウを 区別する点をすべて把握することができました。ではマンモスについて何がわかったのでしょうか?
10 マンモスのゲノムはほぼすべて解読されたが、再構築は難しい
マンモスのゲノムはほぼすべて解読されました。それは実際にマンモス級です。ヒト科のゲノムは約30億塩基対ですが 象やマンモスのゲノムは さらに20億の塩基対ぶん大きく その多くが小さな反復配列DNAで構成されていて これがゲノム全体の再構築を難しくしています。
11 マンモスとアジアゾウとアフリカゾウは約700万年前に共通の祖先を持っていた
この情報を得たことで マンモスと 現存するアジアゾウと アフリカゾウの縁戚関係に関する 興味深い疑問に答えることができました。3種は約700万年前に共通の祖先を持っていました。さらに約600万年前まではアジアゾウと 祖先を共通していたことがマンモスのゲノムから 判明したのです。マンモスはアジアゾウとより近縁です。
12 氷河の退避地は異種交雑の場にもなった
古代のDNAの解析技術の進歩により 他のマンモスたちのゲノムの配列も わかってきました。そのうちの2つについてお話しします。毛長マンモスとコロンビアマンモスです。この2種は氷河期の最寒期に ごく近接して生息していました。北米大陸が厚い氷河に覆われていたころ 毛長マンモスは氷河のない南方に避難し コロンビアマンモスと出会ったのです。この退避地で共生するうちに そこは単なる退避地というだけではなく 異種交雑の場となりました。これは長鼻類にとっては 珍しいことではありません。大きなアフリカゾウの雄が 競争に勝ち マルミミゾウの雌と交尾することが知られています。大きな短毛種のコロンビアマンモスが 小さな毛長マンモスの雄に勝つこともあったでしょう。悔しいですが 高校時代を思い出しますね(笑)
13 完全な複製にはならないが、マンモスに似た動物を蘇らせることは可能
絶滅種の復活を目指すときに この事実は看過できません。というのは アフリカゾウとアジアゾウは 交雑し子どもを作ることができます。1978年に英国チェスターの動物園で 実例があります。ということは アジアゾウの染色体を取り出して マンモスのゲノムと異なる部分を すべてマンモスのゲノムと入れ替えて 除核した細胞に挿入し 幹細胞へと分化させ それをさらに精子へと分化させ アジアゾウの卵子に人工授精を施せば 長く困難な過程を経て マンモスに似た動物を蘇らせることが可能になります。もっとも 完全な複製にはなりません。先ほど お話ししたようにDNAの断片が短いために 正確なDNAが再構築できていないからです。ですが 見た目も雰囲気も 毛長マンモス同然です。
14 私の中の少年の心は復活を望むが、大人の自分は迷っている
友人と この話をすると そのような動物を一体どこで飼えばいいのか? マンモスの居場所はどこにするか? 彼らに適した気候や生息地はないよと言われます。そんなことはありません。シベリア北部と ユーコン準州の一帯が マンモスの生息に適しています。マンモスは幅広い気候帯に生息した 適応力に優れた動物だったことを思い出してください。この土地であればマンモスは問題なく生きるでしょう。正直なところ 私の中の少年の心は この堂々とした動物が もう一度 北の永久凍土の大地を歩く姿を見ることを 切望しています。でも一方で 私の中の大人の自分が そうするべきかどうか迷ってもいます。ありがとうございました(拍手)
15 私たちの行動の意味や結果について深く考えたい
ライアン・フェラン: まだ退場しないでください。私たちに問いかけましたね。皆さん自問していますよ「復活させるべきか否か?」 あなたは十分な可能性を示唆しながら ご自身の答えを控えられましたね。なぜですか?
控えたのではなく 私たちの行動の意味や結果について 深く考えたいからです。今のような深く意義ある議論を 持つことができれば より良い答えが得られると言いたかったのです。そもそも そのような行為が必要かどうか 共に考える時間を持ちたかったのです。とても良い回答ですね。ありがとうヘンドリック。どうもありがとう(拍手)
最後に
マンモスは気温と環境の激しい変化に耐えて生き抜く適応力に優れた動物。DNAの残存状態は保存中の温度の安定が最も重要。永久凍土で見つかるマンモスの保存状態は驚異的。ゲノムの入れ替えや人工授精を行うことによって、マンモスに似た動物を蘇らせることは可能。科学と倫理の狭間。
和訳してくださった Haruo Nishinoh 氏、レビューしてくださった Mari Arimitsu 氏に感謝する(2013年5月)。