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ジョン・ハンター 「世界平和ゲーム」

「教師が教室の中のすべての会話と反応をコントロールするということ、それは不可能です」公立学校の教師ハンターは認める。ここでは、75万ビューを超えるJohn HunterのTED講演を和訳し、世界平和ゲームでいかに子どもが学んでいくかを理解する。

要約

ジョン・ハンターは世界中の問題を縦120センチ x 横150センチのべニヤ板の上に広げ、小学4年生の児童たちに解かせます。ジョンは、児童が世界平和ゲームにどのようにのめり込んでいるのかを話します。なぜ教室での授業よりも、自発的な行動や常に予期できないことばかりが起きる世界平和ゲームで深い学びが起こるのでしょうか。ジョンの話を聞いてみましょう。

Teacher and musician John Hunter is the inventor of the World Peace Game (and the star of the new doc “World Peace and Other 4th-Grade Achievements”).

 

1 「なぜこんな古いテーブルを使っているのですか」

この場に立てて幸せです。本当に幸運だ。あたたかい歓迎をありがとう。妻のレズリーに電話でこう言いました 「ここには本当に良いことをしようとする 素晴らしい人がたくさんいる。まるで天使の地に降り立ったようだ」と。心からそう感じています。時間がない、本題に入りましょう。

私は公立学校の教師です。まずは、私の教育長の話をさせてください。彼女はパム・モランという名で バージニア州アルバマール群の ブルーリッジ山脈のふもとに住んでいます。彼女は超ハイテクな人間で スマートフォン、ブログ、ツイッタ―や フェイスブックまで、ありとあらゆる 最先端のものを取り入れていて 技術面でも教育面でもよきリーダーです。しかし彼女の研究室には 古ぼけた、木製の風雨で傷んだダイニングテーブルがあるのです。緑のペンキははがれて、ガタガタのね。 私は訪ねました。「あなたは、最先端を行く人でしょう。なのになぜ こんな古いテーブルを使っているのですか?」と

 

2 何もない場所から何かが生まれることがある

彼女はこう答えたのです。「私はね、バージニア州の南東部の 炭鉱と農場に囲まれた田舎町で育ったの。このテーブルは私の祖父のキッチンにあったもので 私たちが遊んで帰ってくると、祖父は畑仕事から帰ってきて 毎晩みんなでこのテーブルを囲んで座ったの。私は大きくなるにつれて、たくさんの知識や 知恵や教えをこのテーブルで学んだわ。だから私はこれを 学びのテーブルと呼ぶことにしたの。そして祖父が亡くなって、このテーブルは私が研究室用にと引き取ったの 今でも祖父を思い出すわ。何もない場所から何かが生まれることもある、ということに気付かせてくれるの」これから話すプロジェクト は「世界平和ゲーム」といいます。同じく何もない場所で行います。このゲームを 21世紀の学びのテーブルにできないかと、本気で考えています。

 

3 「父さん!僕は悟りを開いたんだよ」

はじまりは1977年のことです。私は若造で 大学を出たり入ったり。両親は とても忍耐強見守ってくれていましたが 私は神秘主義修行のためインドに 短期留学しました。インドから戻ってきたときの私は 白く長い丈の袈裟を羽織り、 長いひげにジョン・レノンの眼鏡をつけ、 父にこう言いました。「父さん!僕は悟りを開いたんだよ」 父は、「もうひとつ、見つけるべきものあるんじゃないか」と 「何それ?」「仕事だよ」両親はとにかく私に学位を取ってほしいと願っていたので だから私は学位を取りました。それが教育の学位だったのです。それは「試験的」教育プログラムで 歯学を勉強することもできたのですが、「試験的」という言葉が入っていたので 教育の学位を取ることにしました。

 

4 「あなたは何がしたいの?」

そして私は首都バージニアにある リッチモンド州立学校の採用試験場へ向かいました。決まりに従って三つ揃いのスーツを着て 長いひげとアフロ、それから厚底靴はそのままで 70年代でしたからね。そうして椅子に座り、面接を受けました。そこで私は彼らが教師がいなくて困っているのだと気づきました。なぜならアナ・アロという名の上司が、 私に英才教育の仕事を与えると言ったからです。私はショックで、愕然とし、我に返って こう言いました。「あ、ありがとございます。でも私は何をすれば?」 当時、英才教育はそれほど知られていませんでした。なので教材や資料は何もありませんでした。もう一度「私は何をすれば?」とたずねました。それに対する彼女の答えに私は驚きました。それは、以後私のすべての教師人生の 指針となりました。彼女はこう言いました 「あなたはなにがしたいの?」と。その言葉がすべてを自由にした。英才教育プログラムには指示書も 参考書も、基準すら ありませんでした。そして彼女はそのような場所を空けたんです。私の生徒のために私が空けようとしてきた 空っぽの場所を空けたのです。それは、生徒たち自身がその場所を作り、自分達が 理解できる意味を持つ場所でもあります。

 

5 「世界平和に向けた4年生の奮闘」

そして、教師となって しばらくたった1978年に 私の友人がクリス・ファリナという若手の映画監督を 紹介してくれました。 彼は今日自腹で来てくれています。クリス、皆に見えるように立ってくれるかな? ある映画を撮った、有望な若手監督です。(拍手) その映画は、「世界平和に向けた4年生の奮闘」。クリスはこの素晴らしい題名の映画を 私に提案してくれました。その時私はこう言いました「あぁ、地元のテレビあたりに出て 友人たちにあいさつぐらいはできるだろう」 しかし、本当に映画は作られました。現在もまだ赤字ですが、クリスは犠牲を払いながら何とか、 映画を世に出せました。 こうして私たちは 私について、一人の教師についての ストーリーを越えた映画を作ったのです。 これは教育や教師の証明のストーリーです。美しいと考えています。

 

6 「私には後ろにも目がありますからね」

その映画での私自身をみると、おかしなことに、 不気味な高鳴りを感じたのです。 それは私の体に、 私の恩師の 先生方の姿が宿っていたのです。 高校時代のチリの教師であったルセル先生の 取っ手のような髭の下にある特有な苦笑い それを今では私が使っています。ジャン・ポロ先生の怒りではなく、 生徒を思う愛情のこもった あの眼差しがありました。時には怒りの眼光もありますよ。毎日、真珠のネックレスに ハイヒールで小学校の教室に入るエセル・J・バンク先生は 古風な先生の上目使いをしていた。こんな風に (笑)。「私の後ろにいるあなた達にも言っているのよ。 私には後ろにも目がありますからね。」というものです (笑)。そんな先生いたでしょう。私自身、その目線はあまり使いませんが、 彼女は私が慕う先生なので レパートリーには入っています。

 

7 私は彼女の教えを引き継ぐ1人だったのです

他に見えたものは 私の最初の先生でもあった両親です。発明的で、特異な考えを持つ父と 右にいるのは弟のマルコム そして私が4年生の時にインスピレーションを 与えてくれた母。バージニア州のアフリカ系学校で、 4年生の私を教えていました。私は気づきました。映画の中で私は 彼女がするジェスチャーをとっていました。私は彼女の行動の続きをみている感覚でした。私は彼女の教えを引き継ぐ1人だったのです。美しいのはですね、 私は小学生の娘であるマデリーンを教えることになったのです。だから私の母の教えは 何代にも受け継がれていくということです。その血筋があるということは 本当に素晴らしいと思うのです。私は多くの人に支えられてここに立っているのです。私は1人ではありません。今ここのステージには多くの人達が立っています。

 

8 世界平和ゲーム

さて、こちらが本日お話させて頂きたかった “世界平和ゲーム”です。 概略はただの縦4フィート、横5フィートのベニヤ板の中に 1978年の小さな都市学校があるわけです。アフリカの学生の授業用に作りました。私たちは世界中で起きているあらゆる問題を 彼らともに解こうと考えたのです。私自身、講義や本を読むのはしたくなかったのです。自らの意思で学ぶ感覚に浸り、その感覚を学びとってほしいと思ったのです。で、児童達はゲームが好きなんだ。相互的とは言っていません― 1978年にはない概念 だけれど相互的な何かを作ろうと思いました。今現在では改良され、4フィート立体のアクリル樹脂の 構造で、4層にも 分けられています。

 

9 宇宙、領空、領土・領海、深海という4層

詳しく申しますと一番上は宇宙層にし、ブラックホールや衛星、観測衛星、宇宙探査などを扱い、綿を敷き詰め雲を模した。二段目では、領空スペース、空軍について扱い、 ゲーム盤のような三段目では地面や海面を表し、 四段目では、深海や深海掘削について扱います。ここでは児童が自らで その国の名前を付けたんです―富んだ国もあれば貧しい国もあります。その国々はそれぞれ異なった資産、産業、軍を持ちます。それぞれの国には議会があります。首相、官房長官、国防省長官、 財務長官、黒幕がいるのです。私と彼らの関係を元に、私が首相を子どもたちと共に決めます。私は子どもたちに仕事を与えますが、彼らはその仕事を拒否できます。そして、彼らは独自の議会を決めるのです。兵器の密売人、国連、世界銀行などもあります。すると、おのずと変動のある株式市場を 制御するドンも出てくるわけです。

 

10 13ページ分の危機文書

それだけではなく、 50もの入り組んだ問題を13ページ分の 危機文書を作りました。そのため、1つが変われば全てが変わってきます。それらをこの複雑な構想に込めると 深く、よりよい関係ができるするので彼らはわたしを信頼してくれます。これらの問題、例えば、 民族間や少数派での確執、化学物質や核物質の漏洩、核拡散、油田流出、環境災害、水争い、各国の独立、 飢饉、絶滅危惧種、 宇宙の危機や地球温暖化。アル・ゴア氏がこちらにおられれば、 この学校の生徒に会ってもらいたいです。なぜなら、この生徒たちは温暖化問題を1週間で解決したからです(笑)(拍手)しかも、何度も解決しました(笑)

 

11 トラブルメーカーをうまく組み込む

時にはサボターという役割を使います。中にはトラブルメーカーな子どもがいます。私はこのトラブルメーカー達をうまく組み込むようにしています。なぜなら、彼らは表面上 世界を救って、ゲームでのポジションを維持しようとするからです。でも、彼らは同時にゲーム全体の土台を壊そうとします。そして彼らは嘘やあいまいで見当違いな情報を 秘密で流して 皆により深く考えてもらおうとするのです。彼ら、サボターは 孫子の兵法書に出てくるような 考えを読み、4年生、9歳にして その仕組みとその特性を 理解しているのです。最初は彼らは 権力と破壊の道を進み 戦争になります。そうすると彼らは視野の狭い反応と 直情的な考えを無視することを学び、長期的でより良い結果を考えるようになるんです。

 

12 誠実に謝り、真剣に受け入れてもらう

スチュアート・ブランド、このゲームのアイデアの一つは彼に由来します。コエボリューション・クオータリーという季刊誌に あった平和の力についての記事からのものです。このゲームでは、生徒は時に平和を維持する力を形成します。私はただ時間の経過を見守っています。私はただゲームを進めやすくするだけです。生徒がゲームを動かすんです。ですので、一度ゲームが始まれば 口出しできません シェアしたいものがあります―

(動画)少年:世界平和ゲームは本格的です。どうやって世界を取り扱えばいいのかといった事を教えられます ね、ハンター先生はそうしたんです。なぜなら、先生は先生の時代は大きな問題があって 先生はその問題を どうやって直せばいいか教えようとしてくれているからです

ハンター:私は彼らに提供しました― (拍手) 実際、答えをわからない私には何も言えません。私は正直にその事実を認め、言います:私にはわからないと。 私が知らないので、生徒たちは自分でより答えをより深く探そうとします。なので私は同時に謝るんです。私は「ごめんね、みんな 本当の事を言うと 私たちがこの世界と本当に悲しく、ひどい状態にしてしまったんだ。君たちがこの世界を変えてほしいと望んでいるよ。もしかしたら、このゲームでその事が学べるかもしれない」と 誠実に謝り、 彼らに真剣に受け入れてもらえるようにするのです

 

13 生徒たちの英知は私のものよりもずっと素晴らしい

複雑ではないかと思われるかもしれません ちょっとこれを見て下さい。ゲームが始まると、

(動画)よし、今から交渉を始めます。はじめ! (おしゃべり)

ハンター:ここで質問なのですが、このクラスの代表は誰? 深刻な問題です。だれが代表か。 私はコントロール力をクラスに 譲ることができるようになりました。そこには、「信用」、「理解」、 理想への努力です。その努力は、私が新米教師としてやらなくてはならない と考えていたことをやらなくてもいいという事でもありました。教室の中の全ての会話と反応すべてをコントロールするという事です。それは不可能です。生徒たちの英知は 私のものよりもずっと素晴らしいからです。その事を彼らの前でオープンに認めるんです。少しいくつかのストーリーを端的にシェアします。すごい事があったんです。

 

14 「なぜそんなことをしたの?」

ある少女がゲームに参加していました。戦車軍や空軍などの権限を持つ貧困国の防衛大臣でした。彼女は戦車や空軍などを所有していました。裕福で、油田保有する近隣国に、 予告もなく、その近隣の油田国を攻撃しはじめたんです。彼女の首相の反対を押し切ってです。油田地域に立ち入り、兵器を使うことなく、確実に 包囲し、保有したのです。近隣国家は燃料需給が全て閉じられたため、軍を動かすわけにもいきません。

私たちは彼女の動きに動揺し「なぜそんなことをしたの? これは世界平和ゲームだよ、どうしたっていうの?」と聞きました(笑)。この女の子はまだ小さくて、9歳でした。彼女は自分の駒を持って「自分が何をしてるかわかってるの」 と、友達に言ったんです。これは違反です。ここでわかったのは、戦車を持つ9歳の女の子を バカにしてはいけないということです(笑)。彼らは頑固な相手であり、 私たちもとても動揺していました。私は自分をダメな教師だと思いました。なぜ彼女はこんなことを?

 

15 各国の進路や情勢、意図を見抜いていた

と考えて数日後、ある指針が見えたのです。それは、チーム内での交渉の順番があるんです― 全てのチームに交渉する期間があります。チームが順番で交渉をして 相手を変えながら交渉を進めていくのです。1日で全チームを相手に交渉することになります。数日後、この主要国家が 軍事攻撃を行って 全世界を征服しようと計画している という事がわかったんです。もし、彼らが燃料供給が行われていれば、です。この子は各国の進路や情勢、意図を 私たちよりもずっと早く見抜いていて 何が起こるか理解していた。そして、平和ゲームの中で攻撃するという 哲学的な決定を下したのです

 

16 大規模な戦争を防ぐために小規模な戦争をした

今、彼女は大規模な戦争を防ぐために小規模な戦争をしました。そこで私たちは立ち止まって、 これは正しいのか、この状態は良いのか悪いのか についてとても哲学的な議論をしたのです。これがこの状況で子ども達に考えてもらいたい事です。私はこの事を前もって計画して教えることはできなかった。子どもたちの英知によって自発的に生じた事です。

 

17 誰かを失えば、すべてが敗者

もう一つ美しいことがありました。ゲームでは手紙を使えます。軍司令官だったら、軍を遂行します。小さなプラスチックのおもちゃです―それを失くしたら 私は手紙を使います。こうなったら彼の両親に手紙を書かなくてはなりません― 想像上の両親と軍隊の話です― 追悼の意を含む手紙を書かせます。すると攻撃に出る前に 少しは考えるようになるのです。するとあるときのことです。実際には昨夏です。アルベマール郡アグノーハート校で 軍司令官の一人が立ち上がり、追悼文を読もうとした時、 1人の生徒が、「ハンター先生、 後ろにいる親に頼んでみようよ」といいました。その日は授業参観で、教室の後ろには親御さんがいました。「あのお母さんに頼んでみようよ。現実味がわくからさ」で、そのお母さんに頼みました。彼女は楽しそうに手紙を取りました。「もちろん」と彼女はいい、読み始めてくれました。彼女は2行読みました 3行目では、彼女は泣きだしました。私も涙が出ました。そこにいた全員が 誰かを失えば、勝者だとしても嬉しくはないとわかったんです。ただ、全てが敗者だと それは素晴らしい理解力の産物でした

 

18 孫子の言葉の中に生きているのは変かもしれない

友人デビッドがこの事について何と言ったのかお見せします。彼は何度も戦地に行きました。

(映像)ディビッド:人々の攻撃を嫌というほど見てきました。私たちはいつもラッキーだったと思う。でも同時に本当におかしいと感じてます。なぜなら、孫子の言葉の中に僕は生きているから。ある週に孫子はこう言いました。「戦いに行った勝者は 戦いに戻り、その敗者は戦いに戻り 勝とうとする」と。僕はこれまでずっと勝ってきた。だから何度も何度も戦場に行った。孫子の言葉の中に生きている というのは変かもしれないと思います。

ハンター:私はいつもこれを見るとゾクっとします。これくらい子どもに没頭してもらいたいと思っていました。計画や設計は出来ないですし テストさえもできません。しかし、これは分かりきった評価です。これは純粋な学びの評価だとわかっています。私たちは多くのデータがあります。しかし、何が本当に起こっているか 知る事で予定外の事が起こることもあります。

 

19 50もの込み入った危機を解決した

三つ目の話をしましょう。私の友人、ブレナンに関するものです。放課後の一時間でゲームをし、 およそ7週間という間をかけ、この課題に取り組みました。50もの込み入った危機を解決したんです。50個の問題が解決され、 各国の資産価値は、 初めの地点よりあがらないとゲームは終わりません。裕福な国、貧乏な国もあります。何十億もです。その時、世界銀行の総裁は3年生でした。彼は「兆はゼロがいくつですか?今すぐに計算しないといけない」と言いました。その時彼は、一緒にこのゲームをしていた高校生と 財政政策を作っていたんです。

なので、最貧国のチームは さらに貧しくなった。彼らがこのゲームに勝つことは無理だった。切り上げ時間の4時が近づいていました。1分くらいしかなかった― 教室に絶望が広がっていました。私は、自分が教師として失格だと思いました。彼らが勝てるようにすればよかったんです。彼らはこんな風に失敗すべきではなかった。この失敗は私のせいです。とても悲しく、投げ出されたような感覚を覚えたのです。突然ブレナンが私の椅子まで来て、議会再開の 合図をするベルを持って彼の席まで戻り、ベルを鳴らしたのです。皆は彼の椅子の周りにより、 叫び、わめき、書類をなびかせていました。この書類は機密書類でした。挙句の果てには走りまわる子まで出たのです。彼らが何をしているのかわからなくなり、うまく統制できませんでした。校長が教室に入ってきて、何もできなくなりました。ただ、親御さんは窓を見るばかりです。

 

20 自発的な情熱は予期せぬところからやってきた

すると、ブレナンが席に戻り、皆はそれぞれの席に戻りました。彼は再びベルを鳴らし「僕たちは― そして残りは12秒です。私たちはそれぞれの国家の基金を統括し、 6千億ドルになるお金を集めました。これを貧困国に寄付することにします。彼らが受けいれれば、彼らの資産価値を上げられ、ゲームが終わります。受けいれますか」と言いました。残り3秒です。みんなの視線は最貧国の首相に注がれました。彼は「はい」といい ゲームは終結したのです。彼らの自発的な情熱は 予期せぬところから 予期せぬ形でやってきたのでした

 

21 子どもたちは私たちを救えるかもしれない

全てのゲームは全く違うものです。社会問題、 経済問題、 福祉問題に関するゲームもあります。私は人間であるという現実を否定しようとしません。子どもたちにその場に行かせ 経験することで、子どもたちが間違っていると思うことを どうやってやらないかを無血の方法で学ぶのです。子どもたちは自分達の方法で 何が正しいのか理解するのです。このゲームで私も 本当に多くの事を学びました。しかし、私は思います。もし 子どもたちが分析力と 発想力を 自らで引き出せ、より良い世界のために使うのなら 子どもたちは私たちを救えるかもしれない。そうなってほしいと願います

これまで私に関わった頂いた方のおかげで 今この場所に立たせえて頂いたこと、 深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

最後に

子どもたちの邪魔をせず、大人もなすべきことをしよう。

和訳をしてくださったTeruri Yamawaki 氏、レビューしてくださった Mariko Imada 氏に感謝する (2011年4月)。

小学4年生の世界平和 (ノンフィクション単行本)


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